第58話:足止め

 道中は特に何事もなく馬車で移動し続けていた。

 2日後。もうすぐ日がくれそうな時に御者のおっさんが声をかけてきた。


「街が見えてきたべ。んだからもうすぐ到着するだよ」


 しばらくしてから町へと入り、馬車乗り場にて降りた。


「へぇ。ここがカルヴィンの町とやらか」


 王都に比べたら広さは劣るが、それでも十分大きい町だ。1日ではとてもまわりきれないだろう。

 ヴィオレット曰く、この町で一晩泊まってから次の目的地へ出発するらしい。なので明日にはカルヴィンの町を離れることになる。

 別に観光しにきたわけじゃないが、ちょっともったいない気もする。まぁどうせギンコの里に行った後にまた来ることになるだろう。だからその時にゆっくりとまわればいい。


 というわけでヴィオレットとギンコと一緒に宿屋へと向かうことになった。ちなみに御者のおっさんは馬の世話をする必要があるとかで、別行動することになった。

 宿屋へと到着し、受付を済ませようとした時だった。


「あの、ご主人様。お願いがあるんですが……」

「ん? どうしたギンコ」

「できれば……ご主人様と一緒のお部屋がいいです」

「はい?」


 いきなり何を言い出すと思いきや……


「な、なんで俺と一緒がいいんだよ? ちゃんと2部屋分を用意するつもりだぞ」

「で、でもぉ……」

「ギンコだって1人でくつろぎたいだろ? わざわざ俺と一緒の場所で寝る必要は……あ。まさか遠慮してるのか?」

「そういうことじゃあ……」

「大丈夫だって。ギンコの分の料金も払うからさ」

「…………」


 この子は何で俺と一緒の部屋がいいんだろうな。

 ぶっちゃけ宿のベッドはそこまで大きくないし、一緒に寝るとなると狭いと思うんだけどな。まぁ王都の時と同じように、カタログからギンコ用の布団を手に入れたらいいんだけどさ。


「んで、お2人さんどうするんだい? 2部屋でいいのか?」


 なかなか決まらないせいか、受付の人が困った感じで話しかけてきた。


「あー、すいません。やはり2部屋で……」

「一緒の部屋になれば……その、私のことを……モ、モフモフしていいですよ!」

「――じゃなくて1部屋でいいです!」


 即答だった。


「なぁヤシロ。『もふもふ』とはなんだ?」

「癒しと幸せな気持ちになれる素晴らしい体験のことさ。んじゃいくぞギンコ」

「はい!」

「意味が分からん……」


 ヴィオレットが納得いかない感じの表情をしていたが、無視して部屋へと向かった。

 その後、モフモフして満足したあと一夜を過ごした。




 次の日。

 準備を終えてから宿を後にし、3人で馬車乗り場へと向かう。

 歩きながらヴィオレットに今後のことを聞いた。


「次は村に行くんだっけ」

「そうだ。到着するのに大体3日ぐらいはかかると思う。そこでまた準備してから森へ入るわけだ」

「ってことはその分の食糧もいるわけか」


 俺はカタログがあるから平気なんだけど、もし普通に行くとしたら食べ物確保だけでも大変なんだろうな。

 ほんと便利な能力だ。


「ある程度の食糧は必要になるな。だから準備するなら今のうちだぞ? 村にはそういうのは期待できそうにないからな。この町になら色んな物が売っているだろうし」

「それは大丈夫。道中の食事なら心配する必要はないよ」

「……そういえば気になっていたのだが、ヤシロが持ってきた食材はどこから手に入れたんだ?」


 やっぱりそこを突っ込まれるか……


「『ちょこれいと』といい『かれーらいす』といい、見たことのない珍しいものばかりだ。そろそろ調達しないと無くなるんじゃないか?」

「あー、うん。それは大丈夫なんだけど……」


 うーん。どう説明したらいいのやら。カタログのことは話したくないしなぁ。


「まぁそれに関しては気にしなくてもいいよ。カレーとかはルーを溶かしただけだし。かさばるような物じゃないしね」

「よくわからんが、ヤシロがそういうのなら信じよう」

「あ、でも具が欲しいな。今度はビーフカレーとかに挑戦してみようかな」

「びーふかれー? なんだそれは?」

「単に肉を追加したカレーのことだよ」

「お肉……」


 ギンコが反応して物欲しそうな目で見つめてきた。

 そんな顔でこっちを見ないでくれ……


「あの! その『びぃふかれー』というのはいつ食べられますか?」

「えっ。いやあの、まだ決めてないんだけど。そもそも本当に作るかどうかも分からないし……」

「いつ作るんですか!?」

「だからまだ作るとは……」

「作らないんですか……?」


 しょんぼりとギンコの耳が垂れた。

 分かりやすいなぁ。


「まぁ、そのうち作るよ。…………………………たぶん」

「本当ですか!? 絶対ですよ!? 楽しみにしてますからね!」

「お、おう……」


 なりゆきで作ることを確約されてしまった。思いつきで変なこと言うんじゃなかった。

 まぁいいか。そこまで大変じゃないだろうし、なんとかなるだろう。たぶん。


 そうこうしている内に、馬車乗り場へと到着した。

 が、御者のおっさんが困惑した表情でこっちにやってきた。


「た、大変だべ! 困ったことになっただ!」

「ど、どうしたんです?」

「さっき聞いたんだけんど、どうやら南方面の通行を禁止にされたみたいだべ……」

「へ? 通行禁止?」


 嫌な予感がする……


「な、なぁヴィオレット。もしかして俺らが向かう方向って……」

「あ、ああ。南に向かう予定だったんだが……」

「マジかよ……」


 ってことはギンコの里へ行けないってことになるな。どうしよう……

 そんなことを考えていると、ヴィオレットがおっさんに寄って行った。


「何だと? どうして南だけ禁止にされているんだ? 説明してくれないか」

「それが、どうやら道中に魔物たちが道をふさぐように湧いて出たみたいなんだべ」

「……!?」

「んだから、危ないということで通行できなくしたみたいなんだべ」


 なんつータイミングの悪い。これじゃあどっちみち行けないじゃないか。


「何とかならないんですか?」

「魔物を退治するために兵を集めているみたいだべ。ずっと通れないというわけではねぇだ」

「よ、よかった……」

「ただ、退治するのに4~5日はかかると聞いたべ。それまで南方面へは行けねぇだ」


 なるほど。ということは5日ほどこの町に滞在する必要があるってことか。

 参ったなぁ。まさかこんなところで足止めを食らうことになるとは。


「どこか迂回できる道とかはないの?」

「できないことはないが正直言ってオススメはしないな。かなり長距離になる上に、魔物と遭遇する危険性も跳ね上がるからだ。確実に5日以上はかかるだろうな」


 つまり大人しく待つしかないということか。急がば回れってわけにはいかないもんだ。


「というわけで、しばらくはギンコの里へ向かえないっぽいな。ごめんなギンコ」

「い、いえ。ご主人様が謝ることじゃないですよ。それに急いでるわけではありませんから」

「そうか……」


 まぁ確かに。急いで行く必要はないしな。


「んじゃ、しばらくはこの町でのんびりするか」

「そうですね。ゆっくり行きましょう」


 というわけで、通行禁止が解除されるまでカルヴィンの町に残ることになった。

 通れるようになったらおっさんが伝えに来てくれるそうだ。それまで宿を拠点にすることにした。

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