第56話:女の子は甘いものが好き
家に帰ってからのんびりしているとヴィオレットが訪れてきた。ある程度、情報が集まったので伝えたいことがあるそうだ。
ヴィオレットは席に座り、一息ついてから話し始めた。
「さて、とりあえずフォルグの里への行き方については調べ終えた。だからこれからどうするか話しておこう」
「悪いな。全部任せちゃって」
「気にするな。これも私の役目だからな」
本当に頼りになる。この人が居なければここまでスムーズにいかなかったと思う。
「と、その前に……君はギンコという名前だったな」
「は、はい」
「ギンコちゃんは本当にフォルグの里へ行くつもりなのか? 前にも言ったが、フォルグ族というのは外部との交流を絶っているような連中だ。会いに行ったとしても門前払いになる可能性が高い。例え同族だとしてもな」
「それは……十分わかっています」
「ならばどうして行こうとする?」
「…………」
ギンコはうつむいてしばらく沈黙したが、顔を上げると真剣な表情になっていた。
「でも私は、知りたいんです。どうして捨てられたのか。それに――」
「それに?」
「お母さんにも……会いたい……」
「…………」
確かに俺も気になる。こんなにいい子なのに捨てられたのか。
ギンコ自身も母親を悪く思って無さそうだしな。だからこそ納得がいかないんだろう。
「君の覚悟は分かった。ならば私も力になろう。無事に里へ届けることを約束する」
「! あ、ありがとうございます」
「うむ」
ヴィオレットはコホンとセキをしてから話し始める。
「まずは里までの行き方を教えよう。最初は〝カルヴィン〟という町を訪れる。馬車で3日もあれば到着するはずだ。そこからまた馬車でとある村まで行く。さらに村を出てから徒歩で移動する。そうすれば里に辿り着けるはずだ」
うへぇ。ある程度覚悟はしていたけど、ちょっとした長旅になりそうだな。
「ん? というか最後は歩いていくの?」
「そうだ。里は森の中に存在するからな。馬車だと道が無くて通れないんだ」
「あ、そうか」
ということは森の中を移動するわけか。予想以上に骨が折れそうだ。
「ギンコはそんな所からやってきたのか。よく王都まで来れたな」
「みたいですね」
「なんで他人事なんだよ……」
「だって……ずっと馬車で運ばれていましたから……。具体的にどれぐらい離れているのか把握できてないんです」
「あー。そういやそうだったな」
運ばれている最中は、逃げられないように檻かなんかの中にずっと居たんだろう。たぶん景色を眺めることも出来なかったんだと思う。
「ごめんなさい。変な場所で生まれ育って……」
「いや、謝ることじゃないよ。ただちょっとばかし驚いただけだから。気にさわったのならごめんな」
「い、いえいえ。ご主人様こそ謝ることじゃないですよ」
「そ、そうか」
いかんな。変なこと言うんじゃなった。
話題を変えないと。
「……あ、そうだ。森の中ってやっぱり魔物とかいるんだよね?」
「はい。里の外は危ないからって、よく言われてました」
「魔物どもは私が退治するから安心するといい。けど里に近いほど安全らしいぞ」
「安全……? なんで?」
「フォルグ族の気配を恐れて、魔物どもは本能的に避けるらしい」
「わーお……」
さすが最強の獣人。その場にいるだけで魔物を寄せ付けないとかハンパないな。変なオーラでも出ているんだろうか。
…………
……ん?
なんだこの違和感。何かがおかしい。
納得できないというか、腑に落ちないというか、矛盾しているというか……
うーん……?
「ギンコって里から出たことないんだっけ」
「そうですね。魔物がいるから絶対に里から離れないように言われてました」
「ふーん……」
あ。分かった。違和感の正体はこれだ。
ギンコには危ないから里から出ないようにと言われている。けどヴィオレットの言うことが正しければ、むしろ里の周辺は安全じゃないのか?
少しぐらいなら離れてもいいはずだ。なのになぜ里から出してもらえなかったんだ?
ギンコの言い方だと、一歩も外に出られなかったみたいだしな。
これではまるで……まるで……
それに里を出たいのなら、魔物退治に慣れている人が同伴すればいい。
そもそもの話、ギンコぐらいの子供でも魔物から身を守れそうなんだけどな。力の強さは身をもって証明済みだし。
いくらなんでも厳重すぎる気がする。
これは一体どういうことなんだ……
…………
――いや、考えすぎだな。
100%魔物が近づかないという保証は無いし、危ないのは事実だ。
誰もが子供を心配するのは当然だし、少しでもリスクを回避するのは自然なことだ。
やめやめ。アホなことに脳のエネルギーを消費してしまった。
もう忘れよう。
「ご主人様? どうかしましたか?」
「……別になんでもないさ。明日のメニューについて考えていたところさ」
「そ、そうですか……」
今は目の前のことに専念せねば。
「出発は明日でいいか? 問題がないようならそのつもりで進めるが」
「うん。俺も特に予定は無いし、明日でも大丈夫だよ」
「分かった。では私も準備しておこう」
いよいよギンコの故郷に向かう日が来た。俺もいろいろと準備しないとな。
「あ、忘れてた。たしか護衛してもらうにはカネを払わないといけないんだっけ」
「ん? ああそうだったな。でも後払いで構わないぞ」
「マジで? いいの?」
「こういうのは内容によって変動するのが基本だしな」
「へー」
ってことは、魔物の襲撃が増えると料金も跳ね上がるってわけか。
やっべ。手持ちは金貨12枚ぐらいなんだよな。これで足りるかな?
不安になってきた……
「そんな顔するな。安心しろ。別にヤシロからむしり取ったりするつもりはないさ」
「よ、よかった……」
「前に言っただろ? 安くしてやるって。だから今は心配する必要はないさ」
そういやそんなこと言ってたっけ。本当に約束を守ってくれるとはな。それなら言葉に甘えさせてもらおう。
翌朝。
ヴィオレットがわざわざ家まで迎えにきてくれた。既に馬車の手配は済ませてくれたそうだ。なので一緒に馬車乗り場へと移動することにした。
到着してからとある馬車の前に行くと、見覚えのあるおっさんが座っていた。
「あれ。あの人前にも会ったことがあるような」
「それはそうだろう。村から王都までくる時にも世話になったじゃないか」
「あー……」
思い出した。トレッセル村から馬車を操っていた御者のおっさんだ。
「おお。来たべか。待ってただよ」
「ど、どうも」
「おんや。あんたは確か……うめぇメシを食わせてくれた人だべ!」
「覚えていたんですね」
「当たり前でさぁ。あんなの食ったのは生まれた初めてだったから、一生の思い出だべ」
「はは……」
そんなに美味かったのか。ただの缶詰だったんだけどな。
というか結局、顔見知りのメンツになっちゃったな。
「おっと、そろそろ出発するべ。はやいとこ乗ってくんろ」
「お願いします」
全員で馬車に乗り込み、王都を後にした。
しばらく馬車に揺られていると小腹が空くのを感じた。なのでここでおやつタイムにしよう。
リュックサックからある物を2つ取り出し、隣にいるギンコにも差し出す。
「ギンコ。これ食ってみないか」
「? なんですかこれ? 茶色い板みたいですけど……」
「これはチョコレートっていうんだ」
俺が持っているのは板チョコレートだ。こういう時に食べようと思って、昨日から用意しといたんだよな。
「どうだ? 甘くて美味しいぞ」
「えっと……本当に食べられるんですか?」
「……どういう意味だ?」
「だ、だってぇ……ご主人様は腐った豆や、卵を生で食べようとしますから。その、なんといいますか……初めて見る物を口にするのは勇気がいるというか……」
信用ないな俺……
つーかどっちも食えるし、美味いってのに。
「これは腐ってもいないし、生ものでもないから安心しろ。ちゃんと食えるやつだから」
「そ、そうですか。なら1つだけ……」
俺から受け取ったギンコは、板チョコを不思議そうに見ていた。チョコを見るのは初めてだったみたいだ。
食べようとせずに、板チョコをあらゆる角度から眺める姿はちょっと面白い。まるで鑑定中みたいな光景だ。
何度かそんなこと繰り返し、ギンコは板チョコをゆっくりと咥えてかじった。そして口をモゴモゴと動かし――
「!! こ、これとっても甘いですぅ!」
「そうだろそうだろ。だから食えると言ったじゃないか」
「はい! 口の中で甘さが広がってすごく美味しいです!」
気に入ってくれたみたいだ。肉を食っている時のように幸せそうな表情をしているしな。
んじゃ俺も食うか。
そう思って口を開けるが――
「……?」
「…………」
対面に座っているヴィオレットがこっちを凝視していた。
「……ど、どうしたの?」
「い、いや。ギンコちゃんが美味しそうに食べるもんだからつい……」
「気になるならヴィオレットも食べる?」
「い、いいのか?」
「うん。まだ残ってるしね」
板チョコを取り出し、ヴィオレットにも手渡した。
「ふむ。これはまた初めて見る食べ物だな。さっき〝ちょこれいと〟とか言ってたな」
「ヴィオレットでも見たことないの?」
「こんな茶色の固形物は見たこと無いな。随分と変わった食糧だ」
色んな場所に旅をしていたヴィオレットでも見たことないのか。ということはチョコ自体が存在しないのかな。
「まぁいい。味わってみるとしよう」
そういって一口食べた。
すると、口を動かす毎にみるみる表情が変わっていった。
「お、おおおおお」
「どう?」
「あ、あんま~い! 何だこれは! 口の中で甘さが広がっていくではないか! まろやかで、舌の上でとろけるような食感がたまらん!」
「いけるっしょ」
好評でなによりだ。準備しといてよかった。
「この〝ちょこれいと〟とやらはどこで手に入れたんだ?」
「えーと……ひ、秘密かな」
「そうか……」
しょんぼりしてしまった。
「な、なぁヤシロ。頼みがあるんだが……」
「うん? 頼み?」
「このちょこれいとはまだ余っているのか?」
「一応、まだあるけど」
「な、なら……その……いくつか分けてくれないか?」
「もっと食べたいの? まだ手元に残ってるけど」
ヴィオレットの手元にまだチョコは残っている。一口分だけ減ってるけど。
「いや、今食べる分じゃないんだ。この護衛が終わった後でいいんだ。できれば残りの分も全て欲しいんだが……」
「ぜ、全部!?」
おいおい。全部手に入れたいとかいきなりすぎる。そんなに美味しかったのか。
「べ、別に甘くてもっと食べたいから――という理由ではないぞ?」
「じゃあなんで?」
「見たところ、この固形物なら日持ちしそうに思えたからだ」
「まぁ確かに、2~3日程度で腐るような物じゃないしね」
「だろ?」
条件にもよるけど、板チョコなら1ヶ月以上持ったはず。
「ならば旅の携帯食には丁度いいと思ったわけだ」
「へ、へぇ……」
「ほ、本当だぞ?」
なるほどね。
こういうチョコなら手軽にカロリー補給できるし、携帯食にはうってつけだって聞いたことがあるな。
「勿論、タダとは言わん。そうだな……よし、ならば護衛の対価代わりでどうだ?」
「なっ……」
マジかよ。今回の護衛料金がチャラになるってか。
「い、いいのかよ? そこまでしてチョコが欲しいの?」
「だ、駄目か?」
「俺は別にかまわないけど……」
「そ、そうか! なら今回の護衛が終わった後にじっくりと話し合おう!」
「わ、分かった」
まさかチョコが対価代わりになるとはな。本当にいいのかなぁ……
「ふふふ……これでちょこれいと食べ放題……ふふふ……」
……まぁ本人は納得しているみたいだし、これでいいか。
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