第55話:ネコ耳幼女
ギンコと一緒に銭湯に入ったあと、その帰り道のことだ。
「今日はあの道を通ってみないか?」
「いつもと違う道ですけど……何かあるんですか?」
「いやな。もしかしたらショートカットできるかもしれないと思っただけだよ」
「しょーとかっと?」
「まぁ近道のことだよ。もう家は手に入ったんだし、この辺の通り道は把握しておきたいしな」
「そういうことでしたか。確かにお風呂まで少し遠くなっちゃいましたもんね」
実は宿に滞在していたときに比べ、今の家だと銭湯まで少し遠くなってしまったのだ。なので出来ることなら近道を通りたいと思ったわけだ。
「んじゃ行ってみようぜ」
「はい」
来た道とは別の道を目指し、歩いていった。
その道は建物と建物の間を通るため狭く、
慣れない道を通っているので周囲を見渡しながら奥へと進んでいく。
しばらく進んでいくと、遠くに人が座っているのを発見した。よく見ると人というより獣人みたいだ。頭にネコみたいな耳が生えてるからすぐに分かった。
ネコ耳の獣人はまだ小さくて子供だ。たぶんギンコより小さいと思う。そんな子が道で体育座りをしていた。
こんな人通りのない場所で座っているからか、少し気になってしまった。
近づいてよく見てみると、服は薄汚れていてボロボロだ。見るからに元気が無さそうだ。
これはまさか――
「なぁ。こんな場所でどうしたんだ?」
「……?」
気になってつい話しかけてしまった。
その子は俺の声に反応して顔を上げたが、やつれていて目が死んでいた。どう見ても普通じゃない。
「お兄ちゃん……だれ……?」
「あー、なんつーか……ただの通りすがりだよ」
声からして女の子かな。でもやはりというか、声から覇気が感じられない。
「んでこんな所でどうしたの? 家に帰らないの?」
「おうち……ないもん……」
「そ、それじゃあ。親はどこにいったの? 一緒じゃないの?」
「…………」
しばらく黙ったあと、うつむいてしまった。
「ご主人様。もしかしたらこの子……捨てられたんじゃないでしょうか?」
「す、捨てられたって……分かるのか?」
「なんとなくですが、そんな気がします」
まぁ子供がこんな場所に1人でいるんだ。何か訳ありかと思っていたが……まさか孤児だったとはな。
そういや初めてギンコを見た時もこんな感じだった気がする。死んだ魚みたいな目をしていて、まるで生きる希望を失ったかのような表情をしていたっけか。目の前にいる子も似たような感じだ。
そんな状態だからか、ギンコは過去の自分と重ねていたのかもしれない。だから捨てられたと察したんだろう。
「これからどうするんです?」
「どうするって……」
「この子……このままだと……たぶん……」
言いたいことは分かる。
このまま放っておいても野垂れ死ぬか、犯罪に手を染めるかのどちらかだろう。どちらにせよ悲惨な結末しかない。
予想外の展開に頭をかかえる。
あーもう。こんなことになるなら近道なんてしなけりゃよかった。誰だよショートカットしようとか言ったやつは。
なんで声をかけたんだろう。今からでも見なかったことにしたい。
しかしこうなってしまったからには仕方ない。とりあえず何とかしないと。
カタログからハンバーガーを購入し、ネコ耳幼女に差し出す。
「ほら。これでも食べて元気だしなよ。腹減ってるんだろ?」
「……? なに……これ?」
「食べてみな。美味いから」
ネコ耳幼女はハンバーガーを手に取り、物珍しそうに眺めた。
そしてゆっくりと顔を近づけ、かじってから何度か口を動かすと――
「……!!」
おお。勢いよく食べ始めた。そういやギンコの時も同じ反応してたっけか。
ハンバーガーをあっという間に食べ尽くしてしまった。
「あたし、こんなおいしいの初めて食べた!」
「おお。そりゃよかった」
「…………」
「…………」
じ~
「……まだ食べる?」
「えっ!? もう1個くれるの?」
「うん。はいどうぞ」
「!!」
なんとなくこうなるとは思ってたし、3個購入してたんだよな。
その後も2個目、3個目もすぐに胃の中に収まってしまった。
「お兄ちゃん。ありがとう! 何日も食べてなかったからすっごくおいしかった!」
「そ、そうか……」
「…………」
「…………」
じ~
「じゃ、じゃあ俺はこれで……」
「えっ……」
「ギンコ。行くぞ」
「は、はい」
すぐに背を向けてその場から立ち去ることにした。
それから何分か経ち、路地裏から出て表通りへと出た。
が――
「ご主人様……」
「…………」
「あの……」
「…………」
別に耳が遠くなったわけじゃない。言いたいことが分かるから無視しているだけだ。
「あのぅ……」
「……なんだ?」
「さっきの子、ずっとついてきてますけど」
「知ってる……」
そう。さっきのネコ耳幼女が後ろからついてきているのだ。本人は隠れているみたいだが、ぶっちゃけバレバレだ。
「どうしましょう?」
「さすがに無視するわけにはいかないか……」
ため息をついた後、ネコ耳幼女の元へと歩いていく。
俺が近づくまでの間、ネコ耳幼女は逃げるわけでもなくジッとその場で留まっていた。
「どうしたの? 俺に何か用?」
「えっとね、さっきおいしい食べ物くれたから……お礼しようと思ったの」
「だったらすぐに話しかけてくればよかったのに」
「そうしようと思ったの。でもね、どんなお礼をしたらいいのか何も思いつかなくて……」
「なるほどね」
だから話しかけるわけでもなく尾行していたのか。
さてどうしようか……
「そういや名前聞いてなかったね。なんて名前なの?」
「あたしはナルっていうの」
「ナルね。とりあえずお礼なんていいからさ、もう帰りなよ」
「帰る場所なんて……ないもん」
「そうだったな……」
本当にどうしよう。こうなってしまった以上、見過ごすわけにはいかないよなぁ。
いっそのこと俺の家に泊めようかと考えたけど、近いうちに王都を離れる予定なんだよな。さすがにナルまで連れて行くわけにはいかないし。
さてどうしよう。マジでどうしよう。困ったな……
何かいい方法は無いもんか……
う~ん……
……あっ。そうだ。
「ナル。とある場所にまで一緒に付いてきてほしいんだけど。いいかな?」
「ど、どこに行くの?」
「ちょっと知り合いの所にね。ひょっとしたら何とかなるかもしれないし」
「……?」
「まぁ付いてきなよ。そのうち分かるよ」
「う、うん……」
ナルを連れて目的の場所まで目指すことになった。
とある建物の前で止まり、出入り口付近でナルとギンコを待機させた。
中へと入ると、見たことのある女の子を発見した。
「あ、いらっしゃいま――って、おやおや。いつぞやのお客さんじゃないですか」
「よっ。しばらくだな」
そう。とある場所とは前に拠点としていた宿のことだ。
女の子――もとい、リーズは俺の姿を見るとすぐに近寄ってきた。
「どうしたんですか? あっ、食事ですか?」
「いや違うんだ。ちょっと用事があってな」
「用事? 何かあったんですか?」
「実はな――」
さっきの出来事をリーズに話す。
するとリーズは真剣に話を聞いてくれた。
「――とまぁ、というわけなんだ」
「ふむふむ。あそこにいるギンコちゃんの隣に居る子がそうなんですね?」
「そうそう。んで俺の家で預かろうと思ったんだけどさ。近いうちに家を何日も空ける予定があるんだよ。だからしばらくの間、ここで預かっててもらえないかなと思ってさ」
「なるほどー」
ここなら寝る場所もあるし、数日間なら泊められると考えたわけだ。
「カネは払うからさ。何日か泊めてやってくれないか?」
「う~ん……」
腕を組んで考え込むリーズ。
名案だと思ったんだけど、駄目だったかな?
「だ、駄目か……?」
「ん~……」
「ご、ごめん。やっぱりで厳しいよな?」
「……決めました」
「えっ?」
なんだなんだ。何を決めたというんだ。
リーズは何かを決意したような表情で、ナルを呼び寄せた。
ナルは恐る恐る中へと入り、近くまで寄ってきてからリーズが話しかける。
「ええと。あなたがナルちゃんですね?」
「う、うん。そうだけど……」
「もしよかったらですけど、ここで働きませんか?」
「え……?」
おお? これは思わぬ展開になったぞ。
「で、でも……あたしは、そういうのよく分からないし……」
「大丈夫ですよ。そのうち慣れますよ」
「いっつも役立たずだと言われてたから……何もできないと思う……」
ナルが捨てられた理由がなんとなーく分かった気がする。
「平気ですって。誰でも最初はそんなもんですよ」
「それに、帰る場所もないし……」
「ならここに住めばいいじゃないですか。宿なんですから部屋はたくさんありますよ。もちろん食事も出しますよ」
「い、いいの?」
「ええ。ナルちゃんさえよければ、ですけど」
そうきたか。
やっぱりここに連れてきて正解だったな。
「どんどん話が進んでいくけど、勝手に決めていいの?」
「ああ。大丈夫だと思いますよ。一応、お上さんにも伝えてみますけど、断ったりはしないはずです」
「本当に?」
「ほぼ間違いなく許可してくれますよ。私だって昔は孤児でしたけど、今でもこうやって働けているんですから」
重い過去をさらっと話しやがった。
「不安なら今から伝えてみますよ」
そういって奥のほうに入っていった。
その後、10秒くらい経ってから戻ってきた。
「ナルちゃんはここで引き取ってもいいそうです」
「はやっ! 即決かよ!」
「だから言ったでしょう? 大丈夫だって」
それにしても早い。ほぼノータイムで決まった。
「実はですね、ここ最近は忙しくて人手不足なんですよ。ナルちゃんの手も借りたいぐらいに」
そういや時間帯によっては、リーズは忙しそうに動き回ってた気がする。
「だからナルちゃんが来てくれたのはいい機会でした」
「あたし……ほんとにここに居てもいいの?」
「ええ。だから安心してください」
「あ、ありがとう!」
無事に決まったようだ。よかったよかった。
「なんか悪いな。丸投げしちゃって。本当なら俺の責任なのに」
「いえいえ。こっちにとっても新しい人が来てくれたので有難いことですよ」
「お兄ちゃん!」
「ん?」
トコトコとナルが近寄ってきた。
「お兄ちゃんもありがとう! お兄ちゃんのおかげでごはんも食べられたし、おうちに住めるようになったし」
「気にすんな。俺は大したことはしてないよ」
「あのねあのね。ちょっとかがんでほしいんだけど」
「うん?」
言われてその場でしゃがんだ。
するとナルがさらに接近して――
「ちゅっ」
「んなっ!?」
頬に柔らかい感触……これはまさか……
「今はこれくらいしかできないけど、いつか大きくなったらちゃんと恩返しするから!」
「……そっか。楽しみにしてるよ」
「うん!」
ここで断るのは失礼だし、今は受け入れることにしよう。
「おやおや。お客さんもモテモテですね~!」
「あのな……まだナルは子供だろうが」
「そのうちおっきくなるもん!」
「だそうです」
「う……」
ここに居ても更にいじられそうだし、もう帰ろう。
「と、とりあえず俺は帰るよ。またな」
「またね、お兄ちゃん」
「またいつでも寄って下さいね」
「おう」
宿の外に出ると、ギンコがなぜか俺を睨んでいた。
「ご~しゅ~じん~さま~」
「うおっ。な、なんだよ」
「さっきの子と……キ、キスしてましたよね!?」
ぐっ……見られてたか。
「あ、あれは向こうからしてきたんだ! つーか頬だからノーカンだ!」
「う~……」
「そ、それよりもう帰るぞ」
「むぅ~……」
その後も家に帰るまでの間、ずっと不機嫌なギンコだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます