第53話:〝フォルグ族〟

 朝食も終わり、ギンコが後片付けしたあとに対面に座ってきた。


「んで、やっぱりフォルグの里とやらの場所は分からないんだよな?」

「はい……」


 うーむ困ったな。

 地名は判明したのに、距離も方角も不明のままだと行きようがない。

 こんな時にGPSとか使えたらいいんだけどな。さすがに衛星が無いから頼ることもできない。


「私はずっと森の中で暮らしていたんですけど、外には出たことが無かったので……」

「一度も出たことないの?」

「はい。外は魔物がうろついて危険だからってことで、私みたいな子供は里から離れることが許されなかったんです」

「なるほどね」


 森の中に存在しているってことは理解できた。けどこの世界は森だらけだしな。範囲が広すぎて場所を特定するのは無理がある。


「さーて、どうすっかなぁ……」

「あの。わざわざ私なんかのために、そこまでしなくてもいいんですよ? 仮に行けるとしても道中は危険かもしれないんですから」

「……いや。一度決めたんだ。簡単には諦めないよ。このくらいなんとかしてみせるさ」

「ご主人様……」


 そうだ。まだ手段は残されてるはずだ。

 ギンコのためにも、なんとかしてフォルグの里へ連れて行きたい。


「ん~…………あっそうだ」

「?」

「ギンコ。今から出かけるぞ」

「えっ? ど、どこにですか?」

「昨日会ったメイドさんの所だよ」


 もしかしたらあの人なら何か知っているかもしれない。俺よりも地理に詳しいはずだしな。

 用があるなら呼んでくれって言ってきたんだ。ならば頼らせてもらうとしよう。




 家から出て街中を歩いていると、遠くから見覚えがある人の姿が見えた。

 その人は黒いローブを身にまとっていて、髪は肩まで伸びたセミロングの朱色、凛とした雰囲気の女性だ。

 確か名前は――


「ヴィオレットさん!」

「む? おお。ヤシロじゃないか。こんな所で出会うなんて偶然だな」


 そうだ。思い出した。あの人はヴィオレットだ。トレッセル村から王都までの護衛をしてくれた人だ。

 向こうも俺のことを覚えていてくれたみたいだ。


 ヴィオレットの元へと近づき、話しかける。


「覚えていたくれてたんだ」

「そりゃそうさ。あんな美味しいご馳走になったんだ。忘れるはずもないさ」

「ははは……」


 記憶に残り続けるぐらい美味しかったのか。


「そっちの獣人は誰なんだ? 見ない顔だが……」


 ああそっか。ギンコと会うのは初めてだったな。


「この子は俺と一緒に暮らしているギンコと言うんだ」

「ギンコと言います。ご主人様に買われて以来、ずっと一緒に生活しています」

「ああ、なるほど。王都に来てから出会ったわけか。道理で見ない顔だと思った」


 ヴィオレットと一緒だった時は、ギンコとはまだ出会っていなかったしね。


「ご主人様。この方は……?」

「おっと名乗ってなかったな。私はヴィオレットという者だ。ヤシロとは短い間だったが、護衛を務めていた関係だ」

「そうだったんですね」


 ヴィオレットは頼りになる護衛だった。でかい魔物を一撃で追い払っていたし、実力は確かだ。


 ……あっ。そうだ。

 この人ならフォルグの里について、何か知っていないだろうか。

 ダメ元で聞いてみるか。


「ヴィオレットさん。ちょっといいかな?」

「む? どうした?」

「フォルグの里って聞いたとある?」

「ああ。知っているぞ」

「ですよねーやっぱりそう簡単には――って……えっ?」


 マジか。まさかこんな所でいきなり情報を持っている人と遭遇するなんて。今日はツイてる。


「ほ、本当に知ってるの!?」

「こう見えても様々な場所に行ったことがあるからな。旅をしていると色々な情報が聞けるもんさ」

「なるほど」


 まだ若いのに知識が豊富ですごいな。


「それで、フォルグの里がどうしたんだ?」

「あーえっと……」

「……?」

「ふむ。ワケありということか」


 俺がギンコの方を見ていると、ヴィオレットは察してくれたそうだ。


「も、もしよかったら、話を聞かせてほしいんだけど……」

「別にいいが長くなりそうだし、落ち着ける場所に移動しようか」

「ヴィオレットさんはこの後に予定があったりしないの?」

「いや? 特に予定もないし、散歩していたところだったんだ」


 丁度いいタイミングだったわけか。


「あ、あの。でしたらご主人様の家に行かれてはどうですか? 他に人も居ないですし、静かな場所なのでピッタリの場所かと」

「なるほど。それは名案だ。というわけで俺の家で話を聞きたいんだけど……どうかな?」

「構わない。では案内してくれないか」


 というわけで、ヴィオレットと一緒に家まで戻ることにした。

 家の前に到着すると、ヴィオレットが驚いた表情をしだした。


「お、おいヤシロ。こんな立派な家に住んでいるのか?」

「ま、まぁね。つい最近手に入ったんだ」

「初めて出会った頃は、無一文だったと記憶しているが? どうやってここまで成り上がったんだ……?」

「えーと……い、色々あったんだよ。とりあえず中に入ってよ」

「あ、ああ……」


 不思議そうに家を眺めるヴィオレットをスルーして、家へと入っていった。

 広間にあるテーブルへと案内し、俺たち3人が椅子に座るとヴィオレットから話しかけてきた。


「それで? どうしてフォルグの里に興味を持ったんだ?」

「色々あって、そこに行きたいんだ。だから場所を教えてほしいなーと思って」

「別にいいが、フォルグ族に何の用なんだ?」

「フォルグ族……?」

「うん? 知らんのか?」


 初めて聞いたぞ。

 ギンコもなぜか知らなかったような顔をしているし。


「フォルグ族って……聞いたこと無いんだけど」

「あのなぁ、フォルグ族に会いたいからフォルグの里に行くんだろ? どうして知らないんだ……」

「じ、実は俺も今日知ったばかりなんだ。だから具体的にどういう場所なのかよく知らないんだよ」


 情報源はプリン星人ちゃん(仮)なんだけど、ヴィオレットに言っても信じてもらえないだろうな。


「まぁいい。簡単に説明すると、フォルグ族というのは獣人の一種だ」

「一種ってことは……他にも種類がいるの?」

「そういうことだ。獣人にも様々な種族がいて、その中でもフォルグ族は最強の獣人ともいわれている」

「さ、最強? そこまですごいの?」

「私は見たことがないが、戦場に数人いるだけで戦況が引っくり返るほどの強さを誇っていたらしい」

「へ、へぇ……」


 しかし〝最強の獣人〟ねぇ……

 ギンコみたいな可愛らしい獣人が最強だといわれても、イマイチ実感が湧かない。


「ギンコ。今の話は本当なのか?」

「さ、さぁ?」

「さぁ?って……」


 おいおい。なんで本人が知らないんだよ……


「ん? まさかその子がフォルグ族とでもいうのか?」

「たぶんそうだと思う」

「だとしたらなぜこんな所に居るんだ? 普段は森の中で暮らし、外部との交流を絶っていると聞いたぞ……」

「えーと実は――」


 ヴィオレットにギンコと出会った経緯を簡単に説明した。するとヴィオレットは、納得がいかないような表情をしてギンコを見つめた。


「話は分かったが、やはり変だ。さっきも言った通り、今は・・森の外へ出ることが無い種族のはずなんだ。なのになぜ奴隷になっていたんだ?」

「実は俺も詳しく知らないんだよ。ギンコは捨てられたって言ってたけど、本人も理由が分からないって言ってるんだ」

「はい……。どうして捨てられたのか、理由が思いつかないんです……」

「ふーむ……」


 悲しそうにうつむくギンコ。


「ヴィオレットさんは何か知ってたりしない?」

「すまないが、私もフォルグ族の生態ついてはそこまで詳しくないんだ。あまり表に出ない種族だから、見かける機会が無くてな。今日初めて姿を見たぐらいだ。本当にフォルグ族だったらの話だが」

「そうか……」


 謎が多い種族というわけか。ますます気になってきたな。


「やっぱり実際に行ってみるしかないか」

「本当にフォルグ族に会いに行くつもりか? 外部との接触を避けるような種族だ。行っても門前払いされるのがオチだと思うぞ」

「それでも行くよ。この子を――ギンコを元居た場所に連れて行ってあげたいんだ」

「ご主人様……」


 ずっと森に引きこもってるような連中なのに、ギンコを捨てるなんて理解できない。余程の理由があるはずだ。

 せめてそれを解明するまでは力になってあげたい。


「……決意は固いようだな」

「ああ」

「そういうことなら私も同行しようじゃないか」

「えっ? いいの?」

「道中は魔物がいるし、どっちにしろ護衛は必要だろう? なら対処法を知っている私が適任だと思うが」


 確かにこの人なら頼りになる。実力は前に見たから信用できるしな。付いてきてくれるなら有難い。


「どうだ?」

「うん。ヴィオレットさんなら頼りになるし、一緒に来てくれるならすごい助かるよ!」

「うむ。任せておけ。あと私のことはヴィオレットでいい」

「じゃあ……これからよろしく。ヴィオレット」

「ああ。よろしく頼む」


 手を伸ばし、互いに握手をした。


「私のために……真剣なってくれて本当に……ありがとうございます!」

「気にすんなって」

「これは私の意志でもあるからな。実はフォルグの里には一度行ってみたかったんだ」

「そうなの?」

「ああ。もしかしたら………………。――が見つかるかもしれないからな」

「えっ? 何?」

「いや、なんでもない」


 ボソッっと何か言ってたような気がするが……まぁいいか。


「それでだな。ヤシロに聞きたいことがあるんだが」

「うん? 俺に?」

「あ、ああ。その……なんというか……き、期待していいのか?」

「は?」


 意味が分からない。何が言いたいんだろう。

 ってあれ。こんな展開、前にもあったような――


「そのだな……あれだ。道中で野営するだろう? だから……その時に……私の分も用意してほしいというか……」

「ハッキリ言ってくれないと分からないんだけど……」

「ほ、ほら。前にご馳走になっただろう? あれのことだ」


 ……あーそういうことか。


「もしかして缶詰のこと?」

「そ、それだ! カンヅメというやつだ!」

「あれくらいならいくらでも用意できるけど、そんなに食べたかったの?」

「い、いやそうではない! なんというか……その……そ、そうだ! 士気に関わるからな! だから美味い食事というのはそれぐらい重要なんだ! うん」

「はぁ……」

「ほ、本当だぞ!? べ、別に私が食べたいというわけじゃないからな! 勘違いするなよ!? いいな!?」

「あーはいはい」


 まさかとは思うが、一緒についてくる本当の目的は缶詰じゃないだろうな……?

 とりあえず今は、食事のメニューを考えることが重要みたいだ。士気に関わるみたいだしな。


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