第52話:納豆ご飯

 誰かに体を揺さぶられ、目が覚めてしまう。

 そういや昨日はギンコと一緒に寝たんだっけか。ということはギンコが起こそうとしてきたわけか。

 もう朝だから起こしにきたんだな。


 そう思って横を見たが――


「…………」

「…………」


 そこに居たのはギンコではなく、ベッドの横で立っているプリン星人ちゃん(仮)だった。


「なんでお前が居るんだよ……」

「ぷりん」

「…………」


 おかしいな。こいつには今の居場所を知らせていないはずだ。なのになぜこの場所が分かったんだ?

 いや、なんとなく来る予感はしてたんだよな。宿の居たときも突然現れたしな。

 そこまでしてプリンが食べたいってか。


「はいはい分かったよ。すぐ出すからちょっと待ってろ」


 いつも通りカタログからプリンを購入し、プリン星人ちゃん(仮)に渡した。

 そんな時だ。


「……お母……さん……」


 まだ寝ているギンコがそんなことを呟いた。


 今の寝言は……母親と一緒にいる夢でも見ているんだろうか。

 そういやギンコのことは何も知らないんだよな。もしかして、元居た場所に帰りたいと思っているんだろうか。だから母親の夢でも見ているのかな。


「フォルグ、里」

「……は?」


 いきなりプリン星人ちゃん(仮)が意味不明なことを言ってきた。


「な、なんだって? ふぉるぐ? さと?」

「夢」

「へ?」

「…………」

「…………あ、ああ。そういうことか」


 つまり、今のギンコは〝フォルグの里〟という場所に居る夢を見ている……ということだろう。たぶん合っているはず。


 なるほどな。ギンコは〝フォルグの里〟という所からやってきたわけか。でもなんでこの王都にやってきたんだろうな。

 ギンコと出会った時は既に奴隷として扱われていたな。けど奴隷になったのは不本意なはずだ。少なくとも望んでなったわけではないだろう。

 だとしたらなぜ奴隷になっていたんだろう。色々と謎が多い。


「というかどうやって夢の内容を――って居ないし」


 既にプリン星人ちゃん(仮)は姿を消していて、そこにあったのは空になったプリンの容器だけだった。

 ギンコも謎が多いけど、あいつはもっと謎だらけなんだよな。いつになったら成仏するんだろうな。


 そんな事を考えていると、ギンコが目を覚ましたようだ。


「ふぁぁぁ……おはよ~ごじゃいまふ……」


 ふむ。気になってきたし、この機会に聞いてみるか。


「なぁギンコ」

「ふぁい?」

「元居た場所に……フォルグの里に帰りたいか?」

「……ッ!!」


 ギンコは一気に目が覚めたらしく、目を見開いてからすぐにこっちを向いてきた。


「ど、どうしてそれを……? な、なんで私の故郷を知っているんです……?」

「えーと……なんというか……まぁ、色々あってな……」


 本当に合ってたんかい。マジでプリン星人ちゃん(仮)は何者なんだろう……


「私は一言も話していないはず……」

「と、とにかく! 俺はギンコの気持ちが知りたいんだ。話してくれないか?」

「…………」


 うつむいて黙ってしまった。

 やはり思うところがあるんだろう。


「わ、私は……このままでも平気ですよ?」

「…………」

「今のままでも十分幸せですから。だから私のことなんて心配しないでください」

「ギンコ」

「これからもずっとご主人様についていきますから、どこにも行ったりはしませんから。故郷に戻りたいなんて思っては――」

「ギンコ!」

「……!」


 この子は優しい性格をしている。わがままなんて殆ど言わないし、ある程度のことなら我慢してしまうだろう。

 だけどギンコはまだまだ子供だ。そんなことを続けていたらいつか崩れてしまう気がする。


「俺はギンコの本音が知りたい。だから正直に話してくれないか?」

「…………」

「そういえば前に〝捨てられた子〟とか言ってたよな? あれはどういう意味なんだ?」

「それは……私にも分からないんです……」

「分からない?」


 なんだそりゃ。訳もわからずいきなり捨てられたってことか?


「私は……普通に暮らしていたんです。でも、ある日突然、追い出されるように捨てられたんです……」

「思い当たる節とかないのか?」

「いいえ……」

「事前に何か言われてなかったのか?」

「いいえ。全く……」


 うーん。確かに訳かわからんな。

 てっきり親に売られたのかと思ったんだけど、違うみたいだな。

 こんなにも良い子で可愛い子供を捨てるなんて、理由が思いつかない。


 いや待てよ。もしかしたら口減らしの為に捨てられたのかもしれん。

 この子はけっこう大食いだもんな。


「ちょっと聞くけど、食糧で困ってたりしてなかったか?」

「いいえ。いつもは満足する程度にはありましたよ。むしろ私には多く貰えるぐらいでした」


 違ったか。

 うーん。ますます分からんな。

 こんな子を捨てるなんて、余程の理由があったはずだ。けどこれ以上は何も思いつかん。


「ギンコはどうしたいんだ? やっぱり帰りたいか?」

「…………」

「別に怒ったりしないから、正直に話してほしい」


 理由もなくいきなり捨てられたんだ。納得してないはずなんだ。

 もし……もしもだ。ギンコが帰りたいと言ってきたらなら、その時は連れて行ってあげるつもりだ。

 俺といるよりは、親と暮らしたほうが安心だろうしな。


 ギンコはうつむいたまま黙っていた。

 しばらくすると顔を上げて、俺を見据えた。


「私は……このままでも……今の生活は満足していますし、帰れなくてもいいんです」

「…………」

「でも……でも――」


 ギンコは大きく息を吸い、声を出す。


「せめて……せめて捨てられた理由だけでも知りたい……!!」


 気迫のこもった叫びだった。

 こんなにも感情的になった姿を見るのは初めてな気がする。今言ったのは間違いなく本音だろう。


「そうか。なら直接聞きに行ってみるか。フォルグの里とやらに」

「い、いいんですか? 私なんかのために……」

「なーに。ちょっとした旅行みたいなもんさ。元々はいろんな場所に行ってみるつもりだったしな」


 これは本当だ。ずっと王都に居ても飽きるだけだしな。

 だからこそ家を貰うときに、商売は不定期になってもいいのか聞いたんだ。純粋に帰る場所が欲しかっただけだ。


「ところでさ、フォルグの里ってどこの場所なの? 王都からどれぐらい離れているの?」

「ご、ごめんなさい。私には分からないです……」

「分からないって……ならどうやってここまで来たんだ?」

「捕まったあとは、ずっと馬車で移動していましたから……。どこまで移動したのか正確には……」

「なるほど」


『捕まった』というのは、恐らく奴隷商人に捕まったということだろう。

 これは困ったな。フォルグの里に行くとしても、場所が不明だとどうしようもない。

 さてどうしたもんか……


 ぐぅ~


「……あっ」

「ん? 今の音は……」

「…………」


 ギンコの顔が赤くなっていく。


「そういや朝食はまだだったな」

「は、はい……」

「んじゃメシにすっか。考えるのはそれからだ」

「で、ですね!」


 ギンコと一緒に1階に下り、カタログから食材を購入して調理することにした。

 コンロは日本に居た頃と同じ感覚で使えたので、すぐに慣れた。

 軽く調理を済ませ、テーブルの上に皿を並べていった。


「どれも美味しそうです!」

「だろ? 朝食といったらこれだと思ったんだ」


 今日のメニューはこちら。

 ・ご飯

 ・目玉焼き

 ・ウインナー

 ・漬物

 ・味噌汁

 ・納豆


 これぞザ・庶民といった感じの朝食だ。

 質素な感じだとは思うが、これがいいんだ。これこそが俺が求める朝食だ。


「あれ。この小さな豆から変なにおいがするんですけど……」

「ん? ああ、それは納豆っていうんだ。美味しいぞ」

「う、うーん。本当に食べられるんですか?」

「大丈夫だって。見た目はアレだけどちゃんと食えるから」


 納豆が入った容器を手に取り、ぐるぐるとかき混ぜる。


「こんな感じに何回か、かき混ぜてからご飯にかけてみな」

「そ、それ……どんどん粘り気が出てません……?」

「こういう食い物なんだよ」

「糸引いてるし……もしかして腐っているのでは……?」

「んー、まぁ似たようなもんかな」

「えぇー……」


 よし。混ぜるのはこれくらいでいいだろう。

 あとはご飯の上に乗せてと……


「ほら。美味そうだろ?」

「…………」

「ギンコもどうだ? 食ってみろよ」

「わ、私は遠慮しておきます……」

「そうか」


 美味しいのになぁ。もったいない。

 まぁいいや。俺だけでも食べてしまおう。


 納豆を食べている間、変人を見るような目で俺を眺めていたギンコだった。

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