第51話:広すぎる家

 特に変わったこともなく数日が過ぎた。

 そしてある日のこと。宿の部屋で過ごしていたらメイドがやってきたのだ。

 話を聞くと、梅干しが本当に作れることを確認できたので、約束の住家まで案内してくれるとのこと。


 というわけで部屋の整理をしたあと、宿から出ることにした。

 荷物抱えて出入り口まで移動したとき、偶然にもリーズと遭遇した。


「あっ、もう出て行っちゃうんですか?」

「うん。自分の家が手に入ったからね。今後はそっちに住むことにするよ」

「そうですか~」


 リーズは少し寂しそうな表情をしながら近づいてくる。


「お客さんが居なくなっちゃうと寂しくなちゃいますね。ここまで長居した人は初めてですから」

「まぁ名残惜しくもあるな」


 俺もある程度は長居する予定だったけど、いざ出ていくとなると寂しくなるもんだ。


「でも家は王都内にあるんだし、会おうと思えばいつでも会えるさ」

「そうですね。二度と会えないってわけじゃないですもんね」

「んじゃ、そろそろ出発するよ。世話になったな」

「いえいえ。こちらこそありがとうございました。また気が向いたら寄ってください。ギンコちゃんもお元気で」

「はい」


 互いに別れを済ませ、外に待機していた馬車に乗りこむことにした。この馬車で家まで連れて行ってくれるとのことだ。




 馬車で移動中に、これまでの経緯などをメイドが話してくれた。

 梅干しについては作り方が分かったので、本格的に量産していくとのこと。そこで梅に関する注意点や、いろいろなアドバイスを教えてあげることにした。


 あれこれ話をしていると、突然馬車が止まった。どうやら目的地についたらしい。

 降りてから目の前にある建物を眺めてみるが……


「こちらがお望みの家屋です。今後、ヤシロ様の所有物になります」

「……マジで?」

「わぁ……」


 メイドが手を差し伸べた先には、立派な家が建っていた。その光景に思わず唖然としてしまう。

 これは予想外だった。まさかここまで大きい家が貰えるとはな。しかも2階建てだし。


「ほ、本当にここに住んでいいんですか?」

「はい。こちらがヤシロ様のご希望に近い物件かと判断致しました」

「そ、そうですか……」


 確かにそうかもしれない。

 前に会った時にどんな家が欲しいのか聞かれたんだけど、俺は『店の部分は小さくもいいから住めるスペースは少し広めがいい』と答えたんだよな。その結果がこれだ。


「他にもっと小さい家は無いんですか?」

「これより小さめとなると、今度はお二人が住むには厳しくなるかと思います」

「もっとこう……丁度いい大きさの家はないんですか?」

「申し訳ありません。すぐに用意できるものとなると限りがあり、こういった物件しか残されておりませんでした」

「な、なるほど……」


 とは言ってもこれは貰い過ぎな気がするが……


「ご主人様はこういった家はダメなんですか?」

「いやそういうわけじゃないんだ。単に掃除が大変そうだと思って……」

「それなら大丈夫です。私が頑張ってお掃除しますから!」

「ギンコが? 本当に平気なの?」

「任せてください!」


 ああそうか。今はギンコが居るんだったな。

 本人もこういってるし。ならギンコにも手伝ってもらうか。


「じゃあ、この家に住むことにします」

「承知しました。では中にご案内致します」


 そういって家の中へと入っていった。続いて俺たちも入ることに。


「わお。本当に広いな」

「ですねぇ……」


 外見からある程度は想像していたが、やはり中は広々としていた。家具とかが無いせいで余計に広く感じられる。


 周りを見つつ歩いていると、メイドがとある場所で止まった。


「台所はこちらになります」

「……えっ? ここが?」

「はい」


 ここは予想していたキッチンと少し違っていた。なぜならかまどが無かったからだ。

 というか日本のキッチンに似ているかもしれない。


「随分とスッキリしてるんですね」

「このタイプの台所は使った経験はありますか?」

「使ったことはないです」

「それでは使い方を説明いたします」


 メイドが台に近づき、説明を続ける。


「火を使う場合には、この箇所で行います」

「ここで……?」


 軽く見回したが、火が使えそうな場所がない。

 こんな場所でどうやって火を起こすんだ?


「こちらには新しい火の魔封石が設置されています。使用する際にはフタを開けてから火を付けてください」


 よく見ると台の上にはフタらしき物が被さっていた。

 メイドがフタを開けると、テニスボールくらいの大きさの穴が開いていた。穴の周りには出っ張りみたいのがいくつかついている。あの形はガスコンロに似ている気がする。

 穴を覗いてみると、中には石みたいな物が存在していた。あれが火の魔封石ってわけか。


「火を付ける場合は、この色が変わった部分を押して魔力を送ります。そうすることで中にある魔封石に魔力が送られ、点火します。実際にやってみますか?」

「は、はい」


 ボタンみたいに色が変わった部分に手を置いてみる。

 5秒ほど経過すると――


「おお。火が付いた。でもこれどうやって消すんです?」

「使用しない場合はフタを閉めた状態にしてください。そうすることで火が消えます。もしくは時間が経過すれば自然に消えます」


 言われた通りにフタを閉めた。すると中の火も消えたようだ。

 すげぇなこれ。まさかここまでハイテクな装置があるとは思わなかった。下手すりゃガスコンロよりも便利かもしれない。


「すごいですねこれ。もしかしてどの家庭にもこういうのがあるんですか?」

「いいえ。貴族か、一部の方達しか設置されていませんね。なんせ専用の設計になっている上に、火の魔封石も交換する必要がありますから。それだけ費用が掛かります」

「な、なるほど」

「魔封石は数年持つと思いますが、もし交換が必要になりましたらお声掛けください。無料で交換させていただきます」


 アフターサービスもばっちりだ。

 料理する時はカセットコンロを使おうと思ってたけど、ここまで便利な物があるなら必要ないな。嬉しい誤算だ。

 ふと思ったけど、この家が誰も買い手がない理由って、値段が高すぎるせいなんじゃないだろうか。どう考えても金貨100枚は超えてそうだしな。


「台所の説明は以上になります。続いてあちらの照明についてですが、基本的には日の光を浴びせるようにしてください」


 次にメイドは壁際まで近づいた。壁には穴の開いた小さな箱みたいな物が設置されていて、その中にはまたもや石みたいな物が存在していた


「あれはもしかして魔封石ですか?」

「その通りです。中には光の魔封石が設置されています」


 おっと。聞いたことのないワードが出てきたぞ。

 光の魔封石とな。


「光の魔封石ってなんですか?」

「……ご存じないのですか?」

「あ……その……田舎から来たもんで、そういったのはよく知らないんですよ」

「そうでしたか。失礼いたしました」


 危ない危ない。

 まだまだこの世界については知らないことばかりなんだよな。


「では簡単に説明いたします。光の魔封石は他とは少し違い、光を溜め込む性質があります」

「溜め込む……?」

「はい。日中は日の光を溜め込み、夜になると溜め込んだ光を発光させるわけです」

「へー。面白い魔封石なんですね」

「なので、よく街灯とかに使われますね」


 ……そういうことか。

 前々から外に設置されてる街灯は、なにが光っているのか気になっていたんだよな。電球が無いならどういう物が使われているのか不明だったが……なるほど。魔封石が光っていたわけか。

 やっと判明してちょっとスッキリした。


「説明はこれくらいですね」

「よくわかりました。色々とありがとうございました」

「これが役目ですから。お気にせずに。今後、ご用がある際には私をお呼びください」

「わかりました。そういえばなんて呼べばいいんです?」

「ああ、うっかりしてましたね」


 姿勢を正し、俺を見据える。


「私はシルクと申します。以後、お見知りおきを願います」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「では、私はこれにて失礼いたします」


 シルクはペコリと頭を下げたあと、去っていった。


「さて。とりあえず家具を揃えないとな。このままだと不便だしな」

「…………」

「ん? どうしたギンコ?」

「…………」


 ギンコはシルクが去っていった方向を見つめたままボーッっとしている。


「おーい?」

「……あっ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてました」

「考え事?」

「別に大したことじゃないですよ。それでこれから何をするんですか?」

「あ、うん。これから家具を揃えようかと思って」

「それなら布団とかを先に揃えたらどうですか? 寝る場所が無いと困るんじゃないかと思って」

「なるほど。んじゃ先にベッドから揃えるか」

「はい」


 というわけで、まず寝室を決めることになった。

 せっかく2階建てに住むことになったんだし、寝室は2階にしよう。


 2階へと上がると部屋が4つもあった。それぞれの部屋も広そうだ。

 1つは俺の部屋、もう1つはギンコの部屋にするか。残りは倉庫代わりにしよう。

 そのことを告げると、ギンコは少し驚いた表情をした。


「わ、私なんかが1人で部屋を使っていいんですか!?」

「いやこんだけ広いんだし、むしろ使ってもらわないと困るというか……」

「あ……そ、そうでしたね……」


 この家は本当に広い。完全に持て余している。アパートを丸ごと貰った気分だ。

 まぁその内に有効活用できる方法を思いつくだろうし、今はこのままでいいや。


 大き目のベッドをカタログから2個購入し、それぞれの部屋に設置した。

 その後は椅子やテーブルなどを次々と揃えていったが、カタログの所持金が尽きそうになったので中断。続きは明日以降に揃えることにする。




 夜になり、自分の部屋で寝ようとした時だった。

 ドアをコンコンとノックする音が聞こえてきたので起き上がる。


「ギンコか? 何か用か?」

「えっと……ちょっといいですか?」

「ん? どうした? まぁ中に入れよ」

「は、はい」


 ゆっくりとドアが開き、ギンコが中へと入ってきた。


「こんな夜中にどうしたんだ?」

「えっと……そのぅ……」

「ん?」


 なんだろう。やたら恥ずかしそうにモジモジしているし。

 いつもと様子が違う。


「あのですね……」

「うん」

「その……い、一緒に……寝てくれませんか?」

「へっ?」


 一緒に寝るって……添い寝してくれってことか?

 唐突だな。今まではずっと分かれて寝ていたのに。どうしたってんだ。

 あ。もしかしたら急に環境が変わったせいかもしれない。俺も子供の頃は、旅行先でなかなか寝付けなかったしな。


「まぁ……そのくらいならいいけど……」

「! じゃ、じゃあお邪魔しますね」


 いそいそと俺のベッドに入ってくるギンコ。


「えへへ……あったか~い……」


 ……今日ぐらいはこれでいいか。

 さてと。俺も寝るとしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る