第50話:モフモフの刑

 無事に家が手に入ることが決まったし、あとは数日間待っているだけだ。

 ちなみにメイドからいくらかの生活費を貰っているので、カネについては心配いらない。つまりもう露店エリアに行く必要も無くなったわけだ。

 というわけで、それまでの間はのんびりと過ごすことになった。


 そんなある日、宿の部屋での出来事だった。

 床に座っているギンコの背後を通ろうとした時のことだ。


「ん? 何か踏んだような――」

「痛ああああああああああああああああああい!!」

「うおっ!」


 やっべ。いま踏んだのはギンコの尻尾だったか。


「ご、ごめん! 大丈夫か?」

「うう……痛いよぅ……」


 涙目で自分の尻尾を撫でるギンコ。

 そんな姿を見ているとすごく心が痛む。いや俺が悪いんだけどさ。


「わ、わざとじゃないんだ。下をよく見ていなかった俺が悪かった。だからごめんよ」

「あうぅ…………」

「ギ、ギンコ?」

「…………」


 余程痛かったらしいな。こっちに見向きもしない。

 どうしよう。さすがにこのままにしておけない。でも俺に何ができる?

 こういうときはどうしたら……


 ううむ……あっ、そうだ。


「ギ、ギンコ! 腹減ってないか? メシでもどうだ? 今日は肉を食わせてやるぞ!」

「お肉……」


 おっ、ギンコの耳がピクピクと反応した。 


「それも食べ放題だ! いくら食ってもいいぞ! どうだ?」

「お肉……食べ放題……」


 食いついてきたか。


「ほ、本当にお肉をいくら食べてもいいんですか……?」

「おう、いいぞ! 腹いっぱいになるまで食わせてやる!」

「……!!」


 さらにヨダレまで出てきてる。肉と聞いて食欲が抑えられないようだ。


「な、なら踏まれたことはもう気にしません」

「よかった。本当にごめんな」

「だから早く行きましょう。すぐに行きましょう。お肉が待ってます。さぁ!」

「お、おう……」


 ついさっきまで痛がってたのに、もう復活してる。尻尾も何事もなかったかのようにブンブンと振っているし。そんなに食いたかったのか。

 まぁいいや。とりあえず元気になってよかった。今後は注意しないとな。


 その後のギンコは、10人前はありそうな量の肉をペロリと平らげるのであった。

 どう考えても小さな体に収まりそうにない量だったんだけどな。獣人恐るべし。

 食べている間はすごく幸せそうだった。




 次の日。

 ギンコの近くを通る時の出来事だった。


「おっと」

「…………」


 危ない危ない。また尻尾を踏むところだった。

 今回は注意して歩いていたから踏まずに済んだ。さすがに昨日みたいな悲劇は繰り返したくないしな。


 でもおかしいな。いま尻尾の動きが変だった気がする。

 まるで、俺が踏みそうな位置に移動させてたような……

 気のせいか?


「なぁギンコ。いま尻尾を踏ませようとしてなかったか?」

「…………そんなことないですよ?」

「そ、そうか……」

「…………」


 怪しい……

 さっきからギンコの目が泳いでいる上に、耳もピョコピョコと変な動きをしている。

 ふーむ……


「ギンコ。正直に言ってみろ。意図的に踏ませようとしたよな?」

「…………」

「…………」


 じ~……


「…………ごめんなさい。ご主人様の言う通りです」

「素直でよろしい」


 やっぱりか。

 ずっと挙動不審な動きをしていたからな。


「一応聞いてみるが、何であんなことしたんだ?」

「昨日みたいなことがあれば……またお肉が食べられると思って……」

「なるほどね」


 そんなことだろうとは思ってた。食欲には逆らえなかったってわけか。

 というか涙目になるぐらい痛い経験をしたってのに、もう一度同じ目にあってでも肉が食いたかったのか。恐るべき執念。

 この子は本当に肉が好きなんだな。


 さてどうしようかな。

 方法はどうあれ、俺を騙そうしたわけだしな。

 でも本人は反省しているみたいだし、もう二度とこんな真似はしないだろう。だから説教するほどでもないんだよな。


 んーと……そうだなぁ……


「ごめんなさい。やっぱりこういうのはダメですよね……」

「そうだなぁ。いくら肉が食いたかったとはいえ、あまり褒められたものではないな」

「そうですよね……」

「まぁ反省はしているようだし、今回は『モフモフの刑』に処すことでカンベンしてやろう」

「……なんですかそれ?」

「これはな、ギンコの耳や尻尾を俺が満足するまで触りまくる刑のことだ! というわけで今から始めるぞ! いいな?」

「はぁ……それくらいならいいですけど……」

「よし!」


 このあと滅茶苦茶モフモフした。

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