第49話:思わぬ提案
メイドに案内され、パウル伯爵が居る部屋へと入っていった。
ちなみにここにはギンコは居ない。前と同じく、別の部屋で待機している。
パウル伯爵は豪華な机の向こうに座っていて、俺に振り向くとコホンとセキをした。
「ふむ。こうして再び会うとは思いもしなかったな。ヤシロ君」
「ははは……」
いや、そっちが呼び出したんでしょ!と言いたかったが、原因も思いつかないのでグッと我慢。
「まぁ、そう身構えなくてもいい。ヤシロ君にとっても魅力的な話のはずだからな」
「そ、それはどういう意味です?」
「ひとまずそれは置いておこう。まずは今回、呼び出した理由について話そうか」
魅力的な話ってなんだろう?
そんなことを考える暇もなく、パウル伯爵は話を続ける。
「ヤシロ君は、ずっと露店エリアで商売をしているそうじゃないか」
「ええ。それが何か?」
「最近は、やたら荒稼ぎをしているみたいじゃないか。随分と客も増えてきたんじゃないか?」
「確かにそうですね。以前と比べるとそれなり――いや、かなり客も増えましたね。まさかここまで人気が出るとは思いませんでしたよ」
「それでは困るのだよ」
「……はい?」
うん?
客が多くなってきて、人気が出るのが困るだと?
なんだそりゃ。いくらなんでも理不尽だぞ。
こっちだってカネが貯めたいからやってるのに、それを否定されたら何も出来なくなるぞ。
「それってどういう意味なんです? さすがに客が増えたら困るってのは納得できないんですが」
「確かに、普通なら特に問題は無い」
「ならば――」
「だが今回の場合は、露店エリアで商売しているのが問題なんだ」
「……?」
うん? 場所が悪いってか?
いまいち分からん。
どこで売ろうが変わらんと思うんだけどな。
「要するにだ。ヤシロ君の所に客が集中していると、行列ができるわけだろう?」
「そりゃそうですね」
「すると、近くで商売をしている店を妨害しかねないんだよ」
「……あっ」
そういうことか。
行列ができてしまうと、店の前を人で塞いでしまうわけか。
露店エリアはぶっちゃけそこまで広くないもんな。
「商業ギルドで、規則の説明を受けたことがないのかね?」
「あります……」
「ならばこれ以上は、言う必要はないな?」
そういや前に決まり事があるって聞いたな。
その中に『独占販売を防止』というのがあったな。すっかり忘れてた。
あれはこういった事態を防ぐために、設けられた規則だったんだな。
「今ある物だと、露店エリアで販売できないってことですか?」
「できればそうしてほしいが、安易に止めろとは言えん。ヤシロ君だって生活が懸かっているはずだからな」
「で、でも今のままだと――」
「そこでだ。こちらから提案がある」
「提案……?」
「ヤシロ君。自分で店を持つ気はないかね?」
店だと?
唐突すぎてわけからん。
「見たところ、君は旅商人のようだが、この王都で自分の店を持つ気はないかね?」
「まぁ、いつかは家を買う予定でしたけど……」
「ならば丁度いい。ヤシロ君に店を授けようと思っていたところだ。そこに住めばよかろう」
「!! ほ、本当ですか!?」
「ああ。自分の店ならば、露店エリアでの
そういうことか。最初に言ってた、魅力的な話ってのはこれだったのか。
確かにこれは願ってもないチャンス。俺にとってはかなり魅力的な話だ。
まさかこんな展開になるとは予想外だ。
でもなぁ。別にずっと商売をしたいわけじゃないんだよな。
今は家を買うために稼いでいるわけだしな。もし家が手に入ったら、そのあとは自由気ままに暮らしたい。
「一つ聞きたいんですが、店を開けるのはかなり不定期になってもいいんですか? たぶん、閉めている時が多くなると思うんですが」
「そういうことは儂らが口を挟むことではない。自由にやりたまえ」
よっしゃ。マジで自由にやっていいわけだ。
ということはだな。普段は店を閉めといて自由気ままに過ごし、懐が寂しくなったら稼ぐ……といった感じでもいいわけだ。
おお。これ滅茶苦茶よくないか?
そうだよ。これこそが俺が求めていた夢のような生活じゃないか!
まさか梅干しのお蔭で成り上がれるとは思わなかった。梅干し様様だな。
さて。ならば気になることは一つだ。
「店をくれるのは分かりました。ならば、こっちからは何を差し上げればいいですか?」
「ふむ。理解が早くて助かる。実はそれが今回の本題なんだ」
やっぱりね。
さすがに住む場所をくれるというのに、タダってわけにはいかないだろう。何かしらの対価を求められるとは思っていた。
「ヤシロ君が販売していた食べ物のことなんだが……たしかウメボシとか言ってたかな」
「ああ、梅干しのことですか。それが何か?」
「それを定期的に譲ってほしいのだよ」
「……それだけですか?」
「うむ。何か問題でもあるか?」
「い、いえ……」
まさかここでも梅干しの需要が出てくるとはな。
つまり店のローン代わりに、梅干しを収めろってことか。
「もしかして、貴方が食べるんですか?」
「いや、儂ではない。実は兵士たちに持たせようと考えているのだ」
「兵士に? なぜです?」
「ウメボシとやらを口にすれば、疲れが取れやすいと聞いたのでな。それなら兵士たちに持たせるのが、一番役に立つと思ったわけだ」
「なるほど……」
へぇ。なかなかいいアイディアじゃないか。
たしか戦国時代の武士達は、戦の合間に梅干しを食べていたらしいからな。手軽に塩分補給できるし、疲労回復効果もあるから携帯食としては最適というわけだ。
そう考えると、兵士たちに持たせるってのは理にかなっている。
もしかしたらそれが一番の目的だったりするんだろうか。
店をくれるというのも、俺を王都に留まらせて安定供給するのが狙いかもしれない。
なるほど。交渉がしたくて直接会いたかったわけか。
確かに悪い話じゃないし、向こうにとってもメリットがある内容だ。
さてどうしようか。この提案を受けてもいいが、少し変えたほうがいい気がしてきた。
結局のところ、ずっと梅干しを収める必要があるわけで。なんとくなく王都に縛られるように感じてしまう。
かといって、代わりになるようなものは思いつかないし。
ううむ……
…………
あっ。そうだ。
「梅干しの代わりにもっといいものがあるんですが、それでもいいですか?」
「そんなものがあるのか。内容にもよるが、同等の価値があるものなら考えてやらんこともない。是非聞こうじゃないか」
「それはですね『梅の種』と『梅干しの作り方』でどうでしょうか?」
「ほう……」
そう。考えたのは梅干しの作り方だ。
これならば、俺が居なくても供給し続けることができる。
「梅干しというのは『梅』という果実を加工して作られた食べ物なんです。ですからその作り方を知っていれば、そちらで増やすことができますよね」
「確かにな」
まぁ梅のままでも使い道はあるんだけどね。
でも今は言わないでおこう。
「それならば、いちいち俺を頼る必要も無くなると思うんですが。どうでしょう?」
「つまりヤシロ君はウメボシの代わりに、〝知識〟を教えるということだな?」
「そういうことです」
「ふーむ……」
俺が話し終えると、パウル伯爵は顎に手を当て、考え込むように黙り始める。
しばらくしてから、話しかけてきた。
「一つ聞きたいんだが、ウメからウメボシにするにはどれぐらいの期間を要するかね?」
「条件にもよりますけど、早くても10日以上は掛かるんじゃないかと」
「なるほどな。では本当に出来るのか試させてもらう。決めるのはそのあとでもよいな?」
「はい。構いません」
「10日もあれば結果が出せるはずだ。その間、しばらく王都に滞在しててもらおう」
「えっ……?」
いやいや。さすがに10日で出来るなんて無理だろう。
「あの、俺が持ってくるのは梅ではなくて種なんですが……」
「分かっている。それが何か?」
「本当にそれで出来るんですか?」
「ああ。恐らくな」
おかしいな。この人の言っていることが理解できない。
種の状態から育てて実がなるのに数年はかかるはずだ。なのに10日もあれば作れると言っている。
10日じゃなくて10年の聞き間違いか?
「さっき10日って聞こえたんですが、聞き間違いでしょうか……?」
「いや。確かに儂は10日と言ったはずだが」
そんな馬鹿な。いくらなんでも不可能だろう。
どういうことだこれは。
「種の状態からどうやって実を採取するんですか? さすがに無理がありませんか?」
「そうでもない。儂らにはそれを実現する術を持っている……とだけ言っておこう」
「ど、どうやるんですか?」
「それは話すことはできん」
うーん。やっぱり理解できない。
もしかしてタイムふ○しきか何かで、急成長させているんだろうか。
かなり気になるけど、方法は秘密らしいからな。これ以上考えるのは止めにしよう。
「では結果が出てから決めるということで異論はないな?」
「はい。ありません」
「話は纏まったな。では作り方についてはそこに居るメイドに伝えてくれ。後日、迎えを出すから、それまで待機しているように」
「わざわざありがとうございます」
「うむ。あとは任せたぞ」
「承知しました」
待機していたメイドがそう答え、後に付いてくるように指示された。そのまま別室に案内され、そこでメイドに種と作り方を教えることになった。
とはいっても、作り方が載っている本を見ながら伝えただけなんだけどね。
それにしても有意義な1日だった。
家を買うために稼いでいたのに、まさか店が手に入るとは思いもしなかった。
結果が出るまでしばらくかかるみたいだし、しばらくはのんびりと過ごそう。
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