第48話:新たな商品
軽く朝食を食った後、部屋から出て階段を降りようとした時だった。おっさんが渋い表情で腹を押さえながら階段を昇ってきたのだ。
少し気になったので話しかけてみることに。
「あの。どうかしましたか?」
「ん? いやなに。ちょいと食いもんに当たっただけよ。いてて……」
ああなるほど。食あたりというわけか。
「大丈夫ですか?」
「なーに。このくらいならよくあることよ。少し横になって休めばそのうち治るさ。いてて……」
壁に手を付き、ゆっくりと歩きだすおっさん。
どうやらおっさんもこの宿の客みたいだな。もしかしたら休む場所が欲しくて宿に入ったかもしれない。
それにしても食あたりか。ふーむ……
あっ。そうだ。
「ちょっといいですか?」
「……? なんだ兄ちゃん。オレに用か?」
「食あたりに効きそうな食べ物があるんですよ。試しに食べてみませんか?」
「本当か……? そんなのがあるのかよ?」
「まぁ絶対に効くとは限りませんけど。今とってくるんで待っててください」
「あ、ああ……」
部屋に戻ってカタログを出し、とあるものを購入。そしてすぐに部屋を出ておっさの元へと近づいた。
「これです。2つあるんでよかったらどうぞ」
「なんだこりゃ。何かの果物か?」
「まぁそんなところです」
俺が持ってきたのは『梅干し』だ。種を取り除いたやつなので食べやすい。
これを食べれば少しはましになると思う。昔から食あたりには梅干しっていわれてるぐらいだしな。
劇的に治る……というわけにはいかないだろうけど、少なくとも無いよりはマシなはず。
「しかしこんなの初めて見るぞ。なんというんだ?」
「これは『梅干し』っていうんですよ。食べれば今よりはマシになりますよ。たぶん」
「まぁ……くれるってんなら貰うが……」
俺から梅干しを受け取り、そのまま口の中へと入れた。
「うっ……け、けっこうすっぱいんだな……」
「そのすっぱさが癖になりますよ」
「た、確かに……味は悪くねぇかもな……」
へぇ。思ったより好感触だな。
そういやギンコが食べた時も、意外と好評だったっけ。
「初めて食べたが、こういう果物もアリだな」
「なかなかいけるでしょう?」
「ああ。悪いな。わざわざオレのために分けてもらっちゃって」
「これも何かの縁ってやつですよ」
「んじゃ、オレは部屋で休むことにするよ。またな」
そう言い残し、部屋へと入っていった。
それを見届けてから階段を下りることにした。
夕方になり、宿へと戻ってきた。
中に入ると、朝出会ったおっさんと再び遭遇したのだ。おっさんは俺の姿を見るなりすぐに声をかけてきた。
「おお。待ってたぞ!」
「ど、どうしたんです?」
「あの後な。あんたのお蔭で、腹の痛みが嘘のように引いちまったんだよ。それで礼が言いたかったわけよ」
「あ、ああ。なるほど……」
よかった。思ったより効果があったようだ。さすが梅干しパワー。
「しかも力がみなぎる気がするんだ。これもあの果物を食ったからだな!」
「ええ!?」
そんな馬鹿な。梅干しにそんな効果は無いはずだぞ。まさかとは思うがプラシーボ効果なんじゃ――いや待て。そういや似たような効果ならあったな。
梅干しってのは、疲労回復に最適な栄養素が多く含まれているんだっけか。たぶんそのせいで元気になったと感じているんだろう。
「それで相談なんだけど……ちょっといいか?」
「はい? 何か?」
「あの時にオレにくれたやつなんだけどさ。ええと……ウメボシとか言ってたか?」
「それが何か?」
「余ってたら譲ってくれねぇか? もちろんタダとは言わねぇ。カネは払う。少しでいいからわけてほしいんだ」
「……えっ?」
「な? 頼むよ」
まさか梅干しを欲しがる人が出てくるとはな。好き嫌い分かれそうな食べ物なだけあって意外だ。
「そんなに欲しいんですか?」
「ああいうのは旅をしていると一つは持っておきたいんだ。何かあった時のために役に立つからな」
なるほど。ちょっとした薬代わりみたいなもんか。
ふーむ……
…………
……待てよ?
そうだ。露店エリアでも梅干しを売ればいいんじゃないか?
これは考えたことは無かったな。さすがに梅はトレッセル村では植えてなかったはず。
梅干しならこの世界にありそうで不自然じゃないし、どこにも売ってないから独占販売できる。つまりは他店の邪魔にならずに済む。
試してみる価値はあるな。
よし、やることは決まった。
「で、どうだ? まだ余ってるか?」
「ありますよ。いくつか譲りますよ」
「おお。それはありがてぇ。で、1ついくらで売ってくれるんだ?」
「いや。全部タダであげますよ」
「ん? いいのか?」
ここはカネ受け取る場面じゃない。もっと大事なことがあるからだ。
「その代わりに、梅干しのことを広めてほしいんですよ。露店エリアで売る予定なんですけど、まだ誰も知らないみたいなんで」
「確かに。オレも初めて目にしたからな。ここらで商売するなら、ちと厳しいかもな」
そうだ。ここはカネよりも宣伝のほうが大事だ。
さすがに無名のままだとほとんど売れないだろうしな。
「分かった。そういうことなら任せとけ。なるべく多くの人に知ってもらえるように広めてみるよ。知り合いにも自慢してやらねぇとな」
「お願いします」
「しかし助かったぜ。これがあれば、もう食いもんに当たっても怖くねぇからな。味も悪くないしな」
食べ物以外にも、水を飲む時にも効果的と聞いたことがある。
昔は生水を飲む時に、梅干しと一緒に飲めば水あたりになりにくくなる……なんて話もあったぐらいだ。
「さすがに万能じゃないんで、過信はしないでくださいよ?」
「分かってるって。小腹が空いた時につまむくらいだ」
「それと、一日に何個も食べると逆に体に悪いので注意してください」
「へぇ。そうなのか。覚えておくよ」
「それじゃあすぐに渡しますから、部屋の前で待っててください」
「おう。感謝するぜ」
よし。終わった後に、明日から梅干しを売るために準備しないとな。
次の日。さっそく売りに行くために露店エリアへと向かった。
実はというと梅干しには自信があった。なぜならプリン星人ちゃん(仮)のお墨付きだからだ。
とはいっても何か言われたわけではない。梅干しを見せた時にダメとは言われなかっただけだ。つまりは何も言ってこなかっただけ。
でもダメじゃないということは、可能性があるということだ。俺はそう受け取ることにした。
しかし、初日はほとんど売れなかった。
試食とかさせてみたが、それでも反応はイマイチだった。物珍しさ故か、2、3人が1つ買っていっただけだった。
三日ほど粘ってみたが、やはり全然売れない日が続いた。
それでも諦めずに売り続けた甲斐があり、少しずつだが売れ始めた。
そして噂が広まったのか、ある日を境に急に売れるようなっていった。もしかしたらあのおっさんが宣伝してくれたお蔭かもしれない。
気になって梅干しについて客聞いてみたが、色々と噂が広まっていることがわかった。
主に、「食あたりしなくなる」とか「元気が出てくる」とか「肌がよくなった」というのが多かった。中には「病気が治った」なんてのもあった。
噂に尾ひれがつきまってる気がするけど……まぁいいや。
噂のことを抜きで純粋に求めてる人も少なからず居た。
そういう人に話を聞いてみると、どうやら梅干しのすっぱさが気に入ったらしい。
どの世界にもそういう人はいるもんだ。
どこにも売ってないここだけの商品だけあって客が集まり、今では行列ができるようになった。
だがそうなると当然――
「ギンコ! そっち頼む!」
「は、はい!」
俺たちは客の対応に大忙しになるのだった。
こういう時にギンコが居てくれて本当に助かった。俺一人だけだと、とても捌ききれなかっただろうしな。
そして無事に完売し、宿へと戻ってきた。
「ふぅ。今日は一段と客が多かったな」
「で、ですね。こんなにも忙しくなったのは初めてです」
「さて、売り上げはどんなもんかな」
硬貨が入った袋を床に開けて数えはじめる。
「んーと、金貨が2枚で……銀貨が7枚。大銅貨6枚ってところか」
「す、すごい……こんなに売れたんですね!」
「ああ。予想以上だ」
まさか1日の最高売り上げ記録を更新するとは思わなかった。
日給約30万と考えれば、どれだけの大金を稼いだのかが実感できる。
梅干し1つ大銅貨1枚という値段設定も売れた要因だと思う。
他の店では果物が1つ小銅貨1~3枚ぐらいだった。それに比べると、大銅貨1枚というのは強気の値段だと言わざるを得ない。見たことのない食べ物なら尚更だ。
だけどあまり安くしすぎると塩の二の舞になってしまう。けど高すぎると今度は売れない。だからこの値段がベストだと思った。それが功を奏したみたいだ。
しばらくは梅干し一本でやっていこう。というか他の商品を扱う暇がない。梅干しだけでも十分稼げるしな。
次の日も露店エリアで商売するべく、商業ギルドへと向かった。
だが建物に入ろうとした時だった。入口にいつぞやのメイドが立っていたのだ。
メイドは俺の姿を見ると、すぐに近寄ってきた。
「ヤシロ様。パウル伯爵がお呼びです。あちらに馬車に用意してありますので、ご同行お願いします」
「んなっ……」
な、なぜだ……?
もう塩の時みたいな間違いはやってないはずだぞ。
いやいや。落ち着け。また叱られるとは限らないじゃないか。
「あ、あの。俺に何の用なんですか? ここで内容を話してくれませんか?」
「パウル伯爵は直接会って話したいとのことです。私の口からは何も言えません」
ぐっ……
あくまで直接会いたいってことか。
仕方ない。どうせ断れないんだろうし、会うしかない。
「分かりました。案内お願いします」
「はい。では馬車にお乗りください」
メイドが歩き始めたので、そのあとを付いていくことにした。
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