第46話:それぞれの価値

 次の日。

 起きてから特に何もせず、ベッドの上で横になっていた。


「ご主人様、いつもの場所に向かわないのですか?」

「今日は休業かな。売れないと分かってるのに行く意味は無いしな」

「そうですか……。でも何でお客さんは来なかったんでしょうかね?」

「さぁな」


 本当になぜ売れなかったんだろうか。何時間も待って全て売れ残ったのはショックだった。

 もしかして商品が悪いんだろうか。通行人に何度かアピールしてみたけど、それでも買う人は居なかったんだよな。


 となると……値段の問題か?

 いやいや。砂糖はともかく、ビー玉とビニール袋はそれなりの価値はあるはずなんだ。銀貨5枚(約5万円)でも欲しい人は出てくると思ったんだけどな。

 かといって無暗に安くすると、塩の二の舞になってしまう。


 ならばいっその事、諦めて別の物にしてみるか?

 でもなぁ。それだと根本的に解決したことにはならない。それに、変えたところで売れるとは限らない。同じことを繰り返すだけな気がする。

 やっぱり原因を解明するしかないのか。


「さーて、どうすっかなぁ……」


 とはいってもすぐに思いつくはずもなく、天井を眺めながら時間だけがすぎていった。


「あの、今日はどこにも行かないんですか?」

「ん~……そうだなぁ……」


 部屋の中に居ても何も思いつかないし、気分転換に外に出てみるか。


「んじゃ、テキトーに外をブラついてみるか」

「散歩ですね。分かりました」


 というわけで、宿から出て街中を歩きまわることにした。


 しばらく歩き続けていると、とある店の前までやってきた。その店を見たとき、思わず足が止まってしまった。


「開いてる……」

「はい? どうかしましたか?」


 その店とは、以前も訪れたことのある質屋のことだ。

 何日もずっと閉まったままだったが、どうやら今日は営業しているようだ。


 ……そうだ。あの人に相談してみようかな。

 質屋をやってる以上、商品の価値について詳しくなるはずだからな。もしかしたら全く売れなかった原因が分かるかもしれない。


「ギンコ。あの店に入るぞ」

「え? 何か買うんですか?」

「いや。ちょっと会いたい人が居るんだ。昨日、客が来なかった原因が分かるかもしれん」

「そんなに詳しい人なんですか?」

「行ってみればわかるよ。とりあえず中にはいるぞ」

「はい」


 一緒に質屋の中に入って声をかける。すると、カウンターの向こうに座っているレオボルトが反応してくれた。


「おお、坊主。来たか。今日はいい天気だな。はっはっは」


 わお。すげーニコニコしてる。気持ち悪いぐらい笑顔満点だ。

 この前のプラスチックのグラスが、けっこうな値段で売れたっぽいな。


「そ、そうですね……」

「はっはっは……ん? そこ嬢ちゃんは誰なんだ? 前に来たときは居なかったが……」

「なんといいますか。この子は――」

「いや待て。その首輪は……奴隷がつけてるやつと一緒だな。ということは……」


 レオボルトに見つめられて、ギンコは俺の後ろに隠れてしまった。


「あの時に、急いで金貨40枚も必要だった理由ってまさか……」

「あー……」


 さすがに察しがつくか。


「まぁ、そういうわけなんです」

「なるほどな。別にカネの使い道についてとやかく言うつもりはないが、あまり散財せんようにな」

「肝に銘じておきます……」

「ご主人様? この人は一体……?」

「……また今度話すよ」


 なんとなく話しにくい内容だしな。


「それはそれとして、今日は何の用だ?」

「ああ、ちょっと相談があって来たんですよ」

「ほう?」

「実は――」


 露店エリアで3種類販売したが、何一つ売れなかったことを話した。


「ふーむ。そういうことか」

「はい。なので原因が分からなくていろいろ考えてたんですけど、何も思い浮かばなくて……」

「ワシでよければ知恵を貸してやるぞ。ただし、役に立つとは限らないけどな」

「! ほ、本当ですか!?」

「内容にもよる。ほれ。話してみろ」


 よかった。やっぱりここにきて正解だった。

 この人なら有用なアドバイスが貰えるはずだ。


「えーとですね。砂糖を置いてみたんですけど、誰も買ってくれなかったんですよ」

「……砂糖だぁ? よくそんなもん手に入ったな」

「まぁ、色々ありまして……」

「まさかとは思うが、それを露店エリアで売ろうとしたわけじゃないだろうな?」

「そ、その通りですけど……」

「おいおい……」


 なぜかため息をつくレオボルト。


「あのなぁ。砂糖なんて高い物は、普通のやつは買おうと思わんだろ。買うとしても露店エリアに置いてある物じゃなく、ちゃんとした店に訪れるだろうよ」

「やっぱりですか……」

「多くの客は、砂糖を買う金で塩がどれだけ買えるか?という考えになる。砂糖よりも、塩のほうが無くなったら困るからな」


 予想はしてたけど、やっぱり高いのが原因か。でもこればかりは値下げしようがないしなぁ。

 そういや受付嬢も変な反応してたっけ。あれはこういう事情を知っていたからなんだろうな。


「ならば塩でも売ったらどうだ? そっちのが儲かるだろうに」

「そ、そうですね……考えときます」


 取扱い禁止にされたことは黙っておこう。


「じゃあこれなんてどうです?」


 取り出して見せたのはビー玉だ。これならば綺麗だし欲しい人も出てくると思ったんだけどな。


「それは……ガラス玉か?」

「はいそうです」

「これはまた難しいもん持ってきたなぁ……」

「へ?」


 難しい?

 どういうことだ?

 高すぎて値が付け難いってことか?


「それは一体どういうことです?」

「ふむ。これは実際に見せたほうが早いな」


 そういって近くにある物入れから探し出し、その中から何か手に持って俺に見せてきた。

 手の平にあった物は――


「なっ……」


 そんな馬鹿な……


 レオボルトの手に持っているあれは――


 ビー玉じゃないか!


 表面が少しデコボコしている気がするが、見た目はビー玉そっくりだ。


 なんでこんなところにあるんだ?

 いや、質屋だからそういう物があっても不思議じゃないのか?


「そ、それはまさか――」

「言っておくが、これがガラス玉じゃないぞ」

「!? いやいや。これはどう見ても……」

「これはな。〝廃魔石はいませき〟を加工したやつなんだよ」

「廃魔石……?」


 なんじゃそら。

 初めて聞く言葉だな。


「あの、廃魔石ってなんですか?」

「おいおい。まさか廃魔石を知らんのか?」

「えっ……あの、その……なんというか……」


 もしかして誰でも知ってる物なのか?


「えーと……す、すみません。知らないです。田舎からやってきたもんで……」

「廃魔石も無いとか。どんだけ人里離れた場所に住んでたんだよ……」

「は、ははは……」

「まぁいい。教えてやる」


 まだまだこの世界には、知らないことだらけだ。


「いいか? 魔封石ってのは、いつまでも使い続けられる物じゃない。中にある魔力が減っていくと、徐々に色が薄くなっていくんだ。魔力が無くなり枯渇すると、最後には透明になるんだ。透明になり、魔力が無くなった石を〝廃魔石〟と呼ばれている」

「なるほど……」


 へぇ。つまり魔封石は使い捨てというわけか。


「ほら。これが廃魔石だよ。ここまで色が薄くなるともはやただの石だ」


 そういって別の物を見せてくれた。


「確かに透明な石って感じですね」

「だろ?」


 面白いなこれ。見た目はプラスチックの石によく似ている。

 けどゴミみたいな物が混ざっているせいで、少し濁ったような感じになっている。


「廃魔石は商品としての価値は無いに等しい。タダ同然で手に入るからな。子供の遊び道具になるぐらいしか使い道はない」

「子供なら喜びそうな見た目をしていますしね」

「けどな。見方によっては宝石やガラスと似てなくもない。そこに目を付けたのか、本物そっくりになるように加工して売る奴が居るんだよ。ガラス玉みたいにするのは簡単に加工できるみたいで、よく出回ってるんだよ」

「な、なるほど……」


 そういうことか。前々からおかしいとは思ってたんだよな。

 初めてここに訪れた時にプラスチックの宝石を〝偽物〟だと看破されてしまったが、よくよく考えてみるとおかしい。つまり『偽物』という概念が存在していることになる。

 ここの世界だと、本物そっくりに作ることさえ一苦労するはずだ。だからすぐに偽物だと断言されてしまったのか納得がいかなかったんだよな。


 だからずっと不思議に思っていたんだけど……なるほど。こういうことだったのか。

 タダで手に入る物が宝石並の値段で売れる可能性があるんだ。そりゃ加工して儲けようとする人が出てくるはずだよ。


「ま、本物に比べたら輝きが数段落ちるし。なにより普通の石より脆いからな。だからこういうガラス玉みたいのは、本物だとか関係なしに避ける人が多いんだよ」


 道理で売れないはずだ。

 今後は似たような商品は出さようにしないとな。


 さて。砂糖とビー玉が売れない理由が分かった。でもビニール袋はどうだ?

 こればかりは廃魔石とやらで作れないだろうし、似たような物は無いはずなんだ。

 けど実際には売れなかった。正直いって、一番の謎だ。


 ビニール袋を取り出して見せることにした。


「これなんてどうです? 似たような物は無いはずですよね?」

「ほう。それならワシも持っているぞ」


 うそん。あるんかい!


「ほ、本当にあるんですか? こんな感じで半透明な袋なんですよ?」

「疑り深いな。なら今見せるからちょっと待っていろ」


 すると立ち上がり、近くにある物入れから何かを取り出してから戻ってきた。


「ほら。坊主が持っているのはこれのことだろ?」

「…………」


 マジであったよ。そんな馬鹿な……

 レオボルトが手に持っているのは紛れもなく半透明の袋だ。形が少しおかしい気がするが、見た目はビニール袋によく似ている。

 まさかビニール袋が存在する世界なのか……?


「そ、それはどういう素材を使っているんですか?」

「これはな、とある魔物の一部を加工した物なんだよ」


 ほうほう。魔物の体から取れる物を使ったわけか。

 でもあんな半透明になるような部分ってあったっけ?


「魔物のどこの部分を使った物なんです?」

「ん? 膀胱ぼうこうを使った物だそうだ」

「…………はい?」

「その魔物はな。膀胱が半透明で出来ているという変わった体質らしくてな。加工すると軽くて丈夫な袋になるんだよ。持ち運びに便利だからか、水を入れる人が多いな」


 ……なるほど。確かに水を持ち運ぶにはこれ以上ないほど最適だろうな。


「ちなみにいくらぐらいで買えますか?」

「大きさにもよるが、銀貨2枚もあれば十分なのが手に入ると思うぞ」


 ビニール袋は銀貨5枚で売ろうとしてたんだよな。

 そりゃ売れないはずだよ。半額以下で同じ物が買えるんだもの。


「どうだ? 少しは参考になったか?」

「ええ。十分なりましたよ……」

「ま、そう落ち込むなって。こういうのは経験を積んで慣れていくもんだ」


 そもそもこういう商売すら、ほとんど経験なんだよな……

 とりあえず原因は分かったし、帰ってから新しい商品を考えないとな。


「今日はありがとうございました。お蔭でいい勉強になりましたよ」

「いいってことよ。また困ったことがあれば寄ってこい」

「はい。じゃあ俺はこれで……」


 背を向けて外に出ようとし――


「おっと。ちょい待った!」

「はい?」

「うっかり忘れてた。坊主に聞きたいことがあったんだった」


 聞きたいこと?

 なんだろう?


「何でしょう?」

「前に坊主が持ってきたグラスのことなんだが……」


 ああ。プラスチックのやつか。


「それが何か?」

「あの後にふと思ったんだがよ。もしかしてあれって〝アルゼストの遺産〟だったりするのか?」

「はい?」


 あるぜすと? 遺産?

 なんじゃそら。


「えっと、意味が分からないんですけど……」

「…………いや、知らんのならいい。止めて悪かったな」

「はぁ……」


 よく分からん。

 まぁいいや。とりあえず宿へ戻ろう。

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