第45話:試行錯誤

「ご主人様……大丈夫でしたか?」

「ああ。何ともないさ」


 あの後は特に何事もなく無事に解放されて、今は宿に戻っている。


「それよりギンコこそ大丈夫だったか?」

「私はずっと待っていただけなので、何ともないですよ」

「そっか」


 どうやら本当に待っていただけだったみたいだな。けど一人で待ってる間はずっと不安だったろうな。今でも浮かない表情だし、ケモ耳も垂れている。


「それよりも他に売るものを考えないとな。塩は没収された上に、販売禁止にされたからな」

「えええ!? な、何があったんですか!?」

「まぁ色々あってな。とにかく、これからは塩以外で稼がなけりゃならん」


 一応、石鹸も収入源にはなるが、以前よりは確実に実入りは減る。やり過ぎないように釘を刺されてしまったからな。


「とりあえず何にするか決めないとな。ギンコは何かいい考え思いつかないか?」

「ご、ごめんなさい。特には思いつかないです……」

「まぁ今すぐじゃなくてもいいよ。思いついた時でいいから何か言ってくれると助かるな」

「わ、分かりました」


 さてどうしようかな。

 カタログを出して色々探してみるが、いまいちピンとこない。


 そういやカタログについて他に判明したこともある。

 それは『生き物』が購入できないという制約だ。

 犬や猫などを探してみたことがあるが、一向に表示されなかったんだよな。


 けど加工した物なら平気なようだ。

 例えば『生きている豚』は駄目だけど、『豚肉』として加工された物は大丈夫なようだ。これは以前も購入したことがあるから既に確認済みだ。

 つまり生きていなければOKということになる。


 だが以前に『木』を購入したことがある。木だって一応は生き物だ。これではさっきと矛盾してしまう。

 木だけ例外なのか? それとも別の制約があるのか?

 ……分からん。

 やはりカタログについてはまだまだ不明な部分が多い。


「あっ」

「ん? どうした?」

「以前に頂いた甘い果物を売ってみてはどうですか?」

「……ああ、あれか」


 ギンコが言いたいのは梨のことだろう。

 確かにあれならいいかもしれない。

 だが――


「あれは駄目だ」

「えっ……?」


 前にトレッセル村で色々な果物の木を植えてきたからな。もし俺が下手に売ろうものなら、価値を下げかねない。ああいうのは特産品だからこそ価値がある。

 あの時は調子に乗って何種類も購入したからな。だから何の木を植えたのかよく覚えてないんだよな。もしその中に梨の木があったら迷惑になるし、無かったら無かったで面倒なことになりそうだ。


「ま、色々あってな。だから〝梨〟にするのは〝無し〟だ。梨だけに。なんてな」

「……?」

「ごめん……忘れてくれ……」

「???」


 アホなこと言ってないで真面目に考えねば。さーて何を売ろうかな。

 んーと……そうだなぁ……

 とりあえ売れそうな物を片っ端から出してみるか。


 カタログから色々なものを購入し、床に並べてみることに。


「この中から売れそうな物があればそれに決めようと思う。ギンコも意見があれば言ってくれ」

「えーと……そうですねぇ……」


 なんせ露店エリアだと3種類しか販売できないからな。慎重に選ばないと。


「この透明な袋は何ですか?」

「それはビニール袋だよ」


 半透明のビニール袋なら需要は高そうだしな。


「びにーる……? よくわかりませんけど、軽くて便利そうですよね」

「だろ?」

「でも薄いし、すぐに破れそうな気がするんですけど……」

「それは大丈夫。簡単には破けないよ」


 それでも耐久性に不安がある。他の革袋に比べたらメリット少ない気がする。


「えーと、じゃあ……このお皿はどうです?」

「それも悪くはないとは思うんだけど……」


 ごく普通の陶器の皿だ。けどこっちは簡単に割れてしまう。

 いっそのこと木製にしたらありかもしれん。


「あ、この小さな玉はなんですか?」

「それはビー玉ってんだ」

「びーだまというんですね。綺麗……」


 こういうのも売れるはずだ。宝石みたいで需要がありそうだしな。


「その大きいのはなんです?」

「あれはクッションっていうんだ。座るときに敷くやつだよ」

「へぇ~」


 物珍しさに買う人が居るかもしれないからな。これも一応候補ってことで。


「あれ。それは塩ですか?」

「いや。塩じゃなくて砂糖だよ」

「さ、砂糖って……もしかして甘い味がするやつですか?」

「うん。それで合ってるよ」


 塩が駄目なら砂糖――という安直な発想で選んだ。これも需要が高いはずだ。


「…………」

「ん? どうしたギンコ」

「…………」


 何故か砂糖が入っている容器を凝視している。


「おーい? ギンコー?」

「……あっ。ごめんなさい。ついボーッっとしちゃって……」


 急にどうしたんだろう。そんなに砂糖が気になるのか?

 やたら尻尾をブンブン振ってるし。何があったんだ?


 あ、まさか――


「もしかして……砂糖を舐めてみたいのか?」

「!! えっ、いや、その、なんというか、そいうことじゃなくてですね。べ、別にちょっとだけ味見したいとか全然思ってないですよ? 本当ですよ? ええ、そんなことこれっぽっちも考えてないです。はい」


 ……図星だったようだ。

 甘いものと聞いてついテンションが上がっちゃったんだろう。道理で尻尾が元気なはずだ。

 仕方ない。


「ちょっとだけなら舐めてもいいぞ?」

「! い、いいんですか!?」

「まぁ本当に売れそうかどうか、味見して確かめるってことで」

「で、ですよね! 味見は大切ですよね!」

「お、おう……」

「ではさっそく頂きますね」


 そういって砂糖を指ですくい、口に中へと入れた。

 すると――


「~~~~!! あんま~い!」

「そりゃ砂糖だしな」

「これ売りましょう! 絶対売れますよ! 間違いなくみんな買いますよ!」

「そ、そうだな……」


 というわけで、砂糖を売ることに決定した。

 その後も相談し合い、残りの2枠はビー玉とビニール袋を売ることになった。




 準備も終わり、商業ギルドへとやってきた。ここで受付を済ませてから露店エリアに移動する予定だ。

 いつもなら受付もスムーズに終わるはずだった。だが今日は違っていた。

 ギンコが用紙に記入を終え、受付嬢がチェックした時だった。何故か眉をひそめならが用紙を見ているのだ。


「あの……砂糖とご記入されてますが、本当にここで販売なされるつもりですか?」

「はい。そうですけど。何かマズかったですか?」

「い、いえ。特に問題はありませんが……」


 なんだろう。何か不自然なことでもあったんだろうか。


「それと、この『ビニール』というのはどの様な物でしょうか?」

「あ、今現物を見せます」


 そうか。ビニールなんて物はこの世界には無かったんだった。ついでにビー玉も説明しないとな。


 こうして無事に受付は完了できたが、受付嬢はずっと困惑した表情のままだった。


 さて後は売るだけだ。

 ビー玉とビニール袋は……相場が分からないので銀貨5枚で置くことにする。

 砂糖も相場を調べたが、予想通りというか高価だった。なんと塩より5倍以上がすることが判明した。マジで高い。

 というわけで砂糖も塩と同じ方法で販売することにして、値段は100g大銅貨7枚とした。

 たった100gで7千円もすると思うとかなり高い。けどあまり安くするわけにはいかない。

 既にイエローカードを貰っているんだ。ここで下手に安く設定すると今度はレッドカードになりかねん。だからこそのこの値段設定だ。


 客は減るだろうが、その分利益は上がるはずだから特に問題は無いはず。


 だから大丈夫なはずだ。


 そう思っていた。




「…………」

「ご、ご主人様……そろそろ帰らないと暗くなりますよ……」


 そ、そんな馬鹿な……


 なぜだ……


 どういうことだ……


 まさか……まさか――




 何一つ売れなかったのは完全に予想外だった。

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