第44話:予期せぬ人物

 俺とギンコは今、馬車に乗せられて街中を移動中である。対面にはメイドさんが座っていて、俺らを監視するかのごとく睨んでいる。

 この馬車は他とは違ってやたら豪華だ。外見はあちこちに塗装が施されているし、紋章のようなものまで彫られていた。いわば高級馬車といったところか。


 なぜこんなことになったんだろう……


 たしかメイドが塩を販売を止めろ!って言ってきたんだよな。

 訳も分からず混乱しているといきなり付いて来いって言われて、拒否ろうとしたら『貴方に拒否権はありません。もし断ったり逃げたりするのであれば、投獄された後、王都から永久追放することになります』と脅されたんだ。

 メイドの後ろには衛兵らしき人が居たし、さすがにただ事ではないことは分かった。ここまで言われたらさすがに断るわけにはいかず、仕方なく従うことになった。

 メイドの後を付いていくと、待機してあった豪華な馬車に乗せられて今に至るわけだ。


 この馬車は一体どこへ向かっているんだろうか。

 なぜ塩ごときでこんなことになるんだ。

 俺が何をしたというんだ。


 しばらく馬車の外を眺めていると、あちこちで立派な建物があるのに気付く。どうやら王都の中心部に近づくにつれ、裕福な層が暮らしているみたいだ。

 そのまま馬車に揺られ続けて何分か経った後、ようやく目的に到着したらしく馬車が止まった。

 降りてから周りを見渡してみると、城みたいにでかい建物が目に入った。


「すっげぇ……」


 なんだよここ。どうしてこんな場所に連れてこられたんだ?

 俺みたいな一般人が来るような所じゃない。貴族が住んでそうな建物だ。

 物珍しそうにキョロキョロと見回していると、メイドから声を掛けられた。


「案内しますので、私の後をついてきてください」

「あの……どこに行くんですか?」

「とある方のもとです。今回、貴方を連れてくるよう指示した人物でもあります」

「それは一体誰なんです?」

「到着してから説明します」


 あくまで今は秘密ってことか。本当に誰が俺を呼んだのか分からん。

 とりあえず今は従うしかないな。


 メイドの後についていくと、建物の中へと入っていった。中はかなり広く、迷子になりそうなほどだ。

 建物の中を歩いていくと、途中でギンコと別れることになった。どうやら用があるのは俺一人だけらしいな。

 ギンコだけ別の部屋に入っていった後、俺は再びメイドの後をついて行った。

 しばらく歩いていくと、メイドが両開きドアの前で止まった。そしてノックした後、中から声が聞こえてきた。


「誰だね?」

「例の人物を連れてまいりました」

「おお、早かったな。入りたまえ」


 中にいるのは誰だろう。男の声だったけど……


「こちらの部屋になります。先にお入りください」


 そう言うとドアから1歩後ろに下がった。

 ドアを開けると――


「来たか。ふむ、ヤシロ君で間違いないかな?」


 中に居たのは、椅子に座っているヒゲの生えたおっさんだった。


「そ、そうですけど……」

「まぁとりあえず中に入りたまえ」

「は、はい」


 そのまま部屋の入ると、メイドがドアを閉めてからおっさんの横に移動した。


「あの、なんでここ連れて来られたんですか? というか貴方は一体誰なんですか?」

「こちらの方はパウル・スヴォルベリ伯爵様です。今回は直にお会いたいとのことなので、私がお連れした次第です」

「……へ?」


 伯爵……?

 ってことは、王様の次の次ぐらいに地位がある人ってこと……?


 おいおい……マジかよ……

 なんでそんな人が俺なんかを呼び出したんだよ!?


「ほっほっほ。まぁそう固くならんでもいい。楽にしたまえ」


 無茶いうなぁこの人は……


「そ、それで。わた――俺に何の用なんです?」

「いやなに。いくつか聞きたいことがあるだけだ。わしの質問に答えてくれるだけでよい」

「聞きたいこと……?」

「ああ。単刀直入に聞こう――」


 次の瞬間、おっさん――パウル伯爵の顔つきが変わり、真剣な表情になった。


「ヤシロ君が持ってる塩はどこで手に入れたものだ?」

「し、塩……? それがどうかしたんですか?」

「君の販売している塩は質が良く、簡単には手に入らないほど貴重なものだ。それをどうやって入手したのだ?」


 そういうことか。

 確かに俺の売ってる塩はそれなり良質みたいだしな。出所が知りたいってわけか。

 けどこればかりは言うわけにいかない。というか言えるはずがない。


「そ、それは秘密です。こっちも商売ですから――」

「『秘密』では困るのだよ」

「はい?」

「こちらとしても、得体のしれないものを販売させるわけにはいかんのでな」

「い、いや! 間違いなく本物の塩ですよ!」

「それはこっちでも調べさせてもらった。正真正銘、紛れもなく本物の塩だ」


 調べた……?

 いつの間にそんなことしてたのか。


「だが同時に疑問が湧いてくる。そこまで良質な塩なのに、なぜあんなにも安値で販売できる? いくらなんでも不自然だ」

「……!」


 やっべ。

 とにかく沢山売ろうとして相場より安い値段設定しちゃったからな。まさかその弊害がここでくるとは思わなかった。

 いくらなんでもやり過ぎたか……


「実はな。ここ最近、王都にある店の塩の売り上げが全体的に落ちていると聞いてな。不自然だと思い調べてみると、露店エリアに良質で安い塩を売っている店があるという噂を聞きつけたんだ」


 なるほど。それで俺に辿り着いたのか。


「この状態が続くと、路頭に迷う人が出てくるだろう。それどころか相場が崩壊する可能性もある。さすがに見過ごすわけにはいかんのだよ」


 そういうことか。俺が他店の客を奪っちゃったわけか。

 まぁ相場より安い上に良質な品が置いてあれば、みんなそこしか行かなくなるだろうしな。


「なぜあそこまで安く販売できるのか。その理由を答えてもらおうか」


 どうしよう……

『カタログからいくらでも手に入るから安値にできるんです!』なんて言えるわけないじゃないか。

 まずいな。安値にできる言い訳を考えておくべきだった。


「どうした? 答えられないか?」

「えっと……その……」


 やべぇ。マジでどうしよう。

 いっそのこと『知らない人から買い取った』なんて言ってみるか?

 ――いや、これは墓穴を掘るだけな気がする。


 相場を知らなかったことにしてみるか?

 ――無いな。今更すぎる。いくらなんでも通じるはずがない。


 なら俺の能力カタログのことを話してみるか?

 ――駄目だ。それは悪手にしかならない。


 くそっ。いいアイディアが思い浮かばない。


 どうする……? どうする……?


 何かいい言い訳はないのか?


 説得力のある理由なんてあるのか?


 このままだと牢屋行きになりかねないぞ……


 何かいい方法はないのか……?


 何でもいい……


 何か……


 …………




「パウル様。私に心当たりがあります」


 声を上げたのはメイドだった。


「安く販売できる理由をか?」

「いえ、頑なに答えない訳をです」

「ふむ。なら申してみよ」

「憶測も混じりますがよろしいですか?」

「構わん」

「承知しました」


 なんだなんだ。どうなってる?

 何故あんなことを言い出したんだ?

 まさか本当に秘密を知ってるのか……?


「恐らく〝言わない〟のではなく〝言えない〟のではないでしょうか?」

「ほう。それはどういうことだ?」

「とある地方には、外部との交流を絶っている集落があると聞き及んでいます。そのような場所には、入手困難な食材や調味料などが豊富に抱え込んでいるらしいのです。恐らくはこの方も、そういった場所から入手したのではないでしょうか?」


 へぇ。そんな場所があるのか。


「中には我々にも知らないような技術や知識もあり、それらの秘密を守る為、外部との接触を避けているとの噂を耳にしたことがあります」

「ふむ」

「以上の理由により、その場所を特定されぬよう、秘密にせざるを得ないのではないでしょうか?」

「なるほどな……」


 おお。メイドさんナイス!

 予想外なところから助け舟が来たもんだ。よくわからんが都合よく解釈してくれたみたいだし、これに乗っかるしかない。


「そ、そうなんですよ! 仕入れ先を口外しないことを条件に安く手に入れた塩なんですよ。安くできたのはそういう事情があったわけで……」

「ほう……」


 この言い訳はわりといいかもしれない。今度同じこと聞かれたらこの手でいこう。


「ふむ……」


 パウル伯爵はヒゲを触り始め、考えるような表情で黙ってしまった。

 そして2分ほど経った後、こっちに視線を向けてきた。


「一つ聞きたい」

「は、はい。なんでしょう?」

「何と呼ばれている所から仕入れてきたんだ? 詳しい場所は言わなくてもよい。せめて名だけでも聞かせてくれんか?」

「で、ですから。それも秘密でして――」

「言えぬか? さっきから秘密ばかりではないか。何一つ喋らんのならばこちらにも考えがある」

「……っ!」

「これでも最大限譲歩したつもりなんだがね」


 あ、駄目だ。これは答えないと解放してくれないパターンだ。


「わ、分かりました。名前だけでいいんですね? 他言無用でお願いしますよ?」

「安心したまえ。無暗に広めたりはせんよ」


 ちくしょう。なんでこうなった……

 たかが100円ぐらいで買える塩を売ってただけなのに、ここまで大事になるとは思わんかった。

 こうなりゃ架空の地名をでっち上げるしかない。さすがに聞いたこともない名前が出たら諦めてくれるはずだ。


 さてどういう名前にしようか。絶対に被りようもないやつがいいな。

 う~ん……


 …………


 よし。


「塩はですね、〝ヒャック・エーン・ショップ〟という所から仕入れてきたんですよ」

「ヒャック・エーン・ショップ……とな。初めて聞く名だな。少なくともイムルース周辺では聞いたことがない」

「私も聞き覚えがありませんね……」


 そりゃそうよ。たった今思いついたんだもの。


「もうこれで勘弁してくれませんか? 俺だって悪気があってやったわけじゃないんですよ……」

「…………」


 頼むからこれ以上追及しないでくれよ……?

 俺だって精一杯なんだよ。


「……よかろう。今回の件は不問とする」


 よかった……

 さっきまではどうなるかと思ったよ。


「ヤシロ君が所持している塩は今どれだけあるのかね?」

「それならまだ荷物の中に残ってますよ」

「ならばそれらを全部買い取らせて貰おうか。そうだな……5倍の値でどうだ?」

「ご、5倍!?」


 わお。なんつー太っ腹。


「ただし、今後ヤシロ君がこの王都で塩を販売することは禁止にさせてもらう。当然、無償で譲り渡すのも無しだ。よいな?」


 そうきたか……

 まぁ仕方ないか。むしろこの程度で済んだことを喜ぶべきだろう。


 あ、そうだ。そういや塩だけじゃなくて、石鹸も売ってたんだった。

 これは露店エリアではなく、まとめて銭湯に売りこんだわけだけど。

 この事も話してしまうか。後でバレたらまた厄介なことになりそうだしな。


「あの、すいません。実は石鹸も大量に販売してたんですけど――」

「ああ。その事か。そっちは特に口を出す気はない」

「……へっ?」

「今まで通り続けるとよい。ただし、やり過ぎない・・・・・・ようにな・・・・


 あれ。どういうことだ?

 俺は一言も石鹸のことは喋ってないはずだぞ。

 なぜ知っているんだ?


 ……あっ。

 ま、まさか……

 ここ最近、妙な視線を感じると思ってたけど……あれはこの人達の仕業だったのか。つまりずっと尾行されてたってことか。

 なるほどな。道理で色々知ってたわけだ。


 恐らく今の『やり過ぎないようにな』という忠告も、これ以上安売りして大量に持ち込むなら容赦しない……って意味なんだろうな。


 はぁ……

 まさかこんな展開になるとは思わなかった……

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