第43話:香りつき石鹸

 今日もプリン星人ちゃん(仮)のプリンコールによって起こされてしまう。もはや目覚まし時計代わりとなっている。

 以前はどうやって部屋から抜け出したのか気になって、ずっと監視してみることにした。けど何を勘違いしたのか、さらにプリンを要求されてしまった。どうやら姿を見ている限り、延々と要求され続けてしまうらしい。なので、一度プリンを与えた後は無視することにした。


 軽く朝食を済ませてから準備を終え、宿から出て行く。商業ギルドで手続きを済ませた後、露店エリアにて店を開く。この一連の作業にはだいぶ慣れてきた。

 塩も安定して売れているお陰で、カネもそれなり貯まってきた。今では約金貨4枚分(約40万円)所持している。

 大銅貨は数が多くなってくると重くなるので、ある程度は商業ギルドで両替してもらっている。


 だが売れているのは相変わらず塩だけだった。何故か石鹸は売れ残ってしまうのだ。

 値段を大銅貨5枚から4枚に値下げしてみたが、累計でたった2個しか売れていない。他の店では安くても大銅貨2~3枚、高くても銀貨1枚で販売していたから、値段設定は間違っていないはずなんだけどな。

 塩の売れ行きがいいからこっちが売れなくてもなんとかなる。だけどせっかく店先に置いてあるんだから、ある程度は売れて欲しいんだよな。


 もしかしたら塩の時と同じで販売方法が悪いのか?

 と思ったけど、他の店と売り方は大差ないし、これは違う気がする。


 じゃあ何故売れ行きが悪いんだろう?

 ん~む……分からん。


 原因が分かるまではひとまず現状維持でいこう。その内いいアイディアが浮かぶはずだ。




 そんなこんなで今日も銭湯にやってきている。風呂につかれば何かアイディアが浮かぶと思ったからだ。

 けど結局、何も思いつかなかった。風呂が気持ちよかったからつい満足しちゃったんだよな。


 風呂からあがり、番台から離れた所でギンコが出てくるのを待っている時だった。

 ギンコが女湯の出入り口から姿を現し、こっちに近づいてきた。


「あの、ご主人様。ちょっといいですか?」

「ん? どうした?」

「実は……ご主人様に会いたがってる人がいるんですけど……」

「俺に?」

「はい」


 なんだろう。こんな場所で俺に用があるだと?

 すると、女湯側から1人の女性が出てきた。30台ぐらいの初めて見る顔だ。


「貴方がこの子の主人なのかしら?」

「はい。そうですけど……」

「ちょっと頼みたいことがあるんだけど、いいかしら?」


 なんだなんだ。唐突だなおい。


「頼みたいことってのは?」

「この子が使ってた石鹸のことなんだけど、話を聞くと貴方から貰ったそうじゃないの」

「たしかに俺が渡したやつですけど……」

「実はどこで買った石鹸なのか気になってたのよ。香りもいいし、泡立ちもよくてすてきな石鹸だったわ」

「はぁ……」


 1個100円ぐらいで買える安物の石鹸なんだけどなぁ……


「それで、どこで買ったのか教えてくれないかしら?」

「買ったというか、俺が売ってる商品なんですけど」

「あらそうなの?」

「はい」

「その石鹸ってまだ余ってるの?」

「ありますよ」


 売れなかったから、まだまだ沢山余ってるんだよな。


「なら1つ譲ってくれないかしら。あれだけ質がいい石鹸は他では見たこと無いし、手元に置いておきたいのよ」

「いいですよ」

「あ、そういえばいくらするか聞いてなかったわ」

「いつもは1個大銅貨4枚で売ってるんで、それでよければ」

「あら、意外と安いのね。もっと高いのかと思ったわ」


 やっぱり値段設定は間違ってなかったのか。


「じゃあ2つ頂こうかしら」

「分かりました。ちょっと待っててください」


 リュックサックから石鹸を2つ取り出して渡し、大銅貨8枚を受け取った。

 その後、女性は嬉しそうにしながら去っていった。


「ギンコはなんであの人と一緒だったんだ?」

「石鹸で体を洗っていたところに、偶然近くにいて話しかけてきたんですよ。使ってた石鹸が気になったようで、あの人に貸したんですよ。そしたらすごく気に入っちゃったようで……」

「んで、どこで売ってるのか聞かれて俺の元へと来たわけか」

「そうです」


 なるほどな。ということは需要は確実にあるってことだ。

 じゃあなんで露店に置いてるときは売れなかったんだろう?

 他に考えられる理由はなんだろう?

 あとは……そうだなぁ……


 う~ん……


 …………


 ……そうか。分かったぞ!


 石鹸が売れなかった原因。

 それは『場所』だ。


 さっきの人も言ってたじゃないか。『香りがいい』って。けど露店だと外で販売することになるから、香りとか飛んでしまうんだよな。

 塩と違って、実際に使ってみないと質が分かり難いのも原因の1つだろう


 じゃあどうする?

 このまま露店で置いても期待できないことは分かった。しかし解決策が思いつかん。

 一体どうすれば売れ行きが伸びるんだろう。

 何かいい方法は無いもんか……


 ……まてよ?

 場所が悪いのなら、別の場所で売ればいいんじゃないか?

 例えば……そう、石鹸の需要が高そうなこの銭湯とか……

 あっ。いいかもしれない。やってみるか。

 後は銭湯を経営してるマッチョのおっさんが引き受けてくれるかどうかだな。

 とりあえず話だけでもしてみよう。


 そう思い、番台前まで近づくことにした。


「あの……ちょっと聞きたいんですけど、ここって石鹸は売ってたりしますか?」

「ん? スマンが石鹸は置いてないんだ。使いたいなら他所から買ってきてくれないか」

「ああいや、そうじゃなくてですね――」


 経緯を簡単に説明し、この場所で石鹸を販売してみないかと交渉してみることに。するとおっさんは真剣に話を聞いてくれた。


「なるほどなぁ。確かにここで石鹸売るってのも面白いかもしれねぇな」

「今まではそういうことはしてなかったんですか?」

「基本的にお客さんは何かしら持ち込んでるし、そもそも石鹸使わない人も多いからなぁ……」


 へぇ。人それぞれというわけか。


「じゃあ試しに置いてみませんか? もしかしたら意外と売れるかもしれませんよ」

「確かにやってみる価値はあるかもな。そういやどういう石鹸を取り扱ってるんだ?」

「あ、今見せます」


 持ってきた石鹸を手渡す。おっさんはそれをマジマジと見始めた。


「……ほう。見た目は普通だな……お、結構いい香りするじゃねぇか」

「そうですか?」

「石鹸のことは詳しいわけじゃないが、ここまで香りがいい物は多くないと思うぞ」


 ふーん?

 そりゃあ香りつきのやつを買ったから、ある程度はいい香りがするとは思うけど……もしかしてそこまで貴重なのか?


「これなら人気が出るかもしれん。よし、ここで販売してみるか!」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ。物は試しだ。もしかしたらこれでお客さんも増えるかもしれんからな」

「あ、ありがとうございます!」


 や、やった!

 まさかこんな場所で売れるとは思わなかった。


「じゃあこの石鹸を10個買わせてもらおうか」

「え!? いきなりそんなにいいんですか!?」

「おうよ! こういう時は勢いが大事ってもんだ! 仮に余ったらオレが使えばいいさ! ガッハッハ!」


 わーお。なんつー豪快な人だ。

 もしかしてこの銭湯も勢いで始めたかもしれないな……


「そういやアンタの名前は聞いてなかったな」

「ああ、うっかりしてました。俺はヤシロっていいます」

「ヤシロか、覚えたぜ。オレはバルトロってんだ。まぁ今後ともよろしくな」

「はい。こちらこそ」


 その後の交渉で、俺が1個大銅貨3枚で売り、それをバルトロが大銅貨4枚で販売するということになった。

 ということはこの場で大銅貨30枚分――つまり銀貨3枚分の儲けとなる。これは嬉しい収入だ。やはりここにきて正解だったな。

 売上げも気になるし、しばらくは入り浸ることになりそうだ。




 2日後。

 銭湯に訪れて中に入る。すると俺の姿を見たバルトロがすぐに声をかけてきた。


「おお! 待ってたぞヤシロ!」

「どうかしましたか?」

「聞いて驚け。前にヤシロから仕入れた石鹸が完売したんだよ」

「! 本当ですか!?」

「ああ。オレもこんなに人気が出るとは思わなかったぞ」


 露店ではほとんど売れなかったってのに、売る場所を変えただけでこんなにも違うのか。

 実は俺の方でも同じ石鹸を売ってたんだけど、1個も売れなかったんだよな。客の手に取らせて香りとかをアピールしてみたんだけど、結局誰も買ってくれなかった。

 だからちょっぴり不安だったんだけど……杞憂きゆうだったみたいだ。


「実はな、誰でも使えるように風呂場に1個置いてみたわけよ。それがよかったみたいで、どこから手に入れたのか尋ねてくるお客さんが多かったんだよ」


 なるほどなぁ。

 見ただけでは分かり難いし、実際に使わせてみたわたけか。

 こういうのは銭湯ならではのやり方だろうな。


「かなり好評だったみたいだし、あっという間に完売しちまったよ。オレもビックリしたぜ」

「気に入ってくれてなりよりです」

「だからよ。同じやつをまた買い取りたいんだがいいか?」

「いいですよ。何個要りますか?」

「そうだなぁ……よし、30個くれ!」

「さ、30個!?」


 ってことは1個大銅貨3枚だから……30個で大銅貨90枚。つまり銀貨9枚分かよ。

 わーお。塩の売上げ超えちゃったよ。


「おうよ。まさかここまで人気になるとは思わなかったしな。出来ればこれからも定期的に仕入れたいんだが……」

「も、もちろんいいですよ。俺としても大歓迎です」

「おお。そりゃよかった。まぁ今後ともよろしく頼むな!」

「はい!」


 まさかこんな展開になるとは思わなかった。何が起きるか分からんもんだ。

 もう露店で石鹸を置く必要が無くなったな。売上げもこっちのが上だし、しばらくは塩一筋でやっていこう。




 その後は風呂に入ってから銭湯を後にし、宿の部屋に戻ってきている。

 床に硬貨を並べ、現在の所持金額を確認中である。


「んーと、小銅貨8枚、大銅貨は55枚、銀貨24枚、金貨5枚か」

「ということは……おおよそ金貨8枚分くらいですかね?」

「そういうことになるな」


 大体80万円ぐらいか。そう考えると結構な大金だ。


「そういえば前から気になってたんですけど、こんなにも稼いで何をするつもりなんです?」

「ん? いやな、家を買おうと思ってるんだよ。この街はなかなか住みやすいし、悪くないしな」


 更に言えば銭湯もあるし。それだけでも住む価値はある。

 あ、今はギンコもいるわけだし、専用の部屋も用意してあげないとな。そう考えたら購入費用も少し高くなるかもしれんな。

 ……まぁいいや。実際に家を買う時に考えよう。




 今日も塩を売りに露店エリアにやってきている。

 順調に売れ行きも伸びてるお陰でだいぶ稼げたし、家を買える日もそう遠くないだろう。

 おっと、さっそく客が来たようだ。


「いらっしゃ――」


 いつのものように対応しようとして顔を上げる。


 するとそこには――



 メイドが立っていた。



「――いませ……」

「…………」


 な、なんでこんな所にメイドが居るんだよ!?

 どう考えても場違いとしか思えない。周りの人比べたら明らかに浮いている。

 いやいや落ち着け。相手が誰だろうと客には変わりないんだ。いつも通りに接客すればいいだけだ。


 すぐに営業スマイルに戻してメイドと顔を合わせる。


 メイドは置いてある塩をチラリと見た後、俺に顔を向けてきた。


 しばらく見つめ合い、先にメイドから口を開いて一言喋った。


 だがその内容はあまりにも予想外なものだった。




「即刻、塩の販売を停止してください。これは命令です」

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