第39話:風呂上りにはコーヒー牛乳
「今日は昨日よりお客さん来ましたねー」
「だな。売上げも増えてきてるし、明日はもっと量を増やしてみるか」
今日も塩を販売し終え、ギンコと共に意気揚々と宿へと戻る帰り道の出来事だった。
…………
なんだ?
誰かに見られてる……?
「…………」
「ご主人様?」
足を止めて後ろに振り向いてみるが、数人が変わった様子も無く歩いているだけだった。
「あの……どうかしましたか?」
「……いや、なんでもない。宿に戻ろう」
「は、はい」
気のせいか……?
誰かがこっちを見ていた感じがしたんだけど……
神経質になりすぎてただけか……?
う~ん……まぁいい。早く帰ろう。
その後は何事も無く、宿へと無事辿り着く事ができた。
部屋へと入り、大銅貨が入った袋を取り出した。袋はズッシリと重く、なかなか期待できそうな手ごたえを感じる。
さっそく袋開けて数えることに。
「……56……58……と1枚。ってことは大銅貨59枚か」
「す、すごいじゃないですか! ほぼ銀貨6枚分ですよ!」
「ああ。ここまで稼げるなんて驚いた」
昨日より倍近くの売上げになるとはな。たった1日で10日分の宿代を稼いでしまった。
上手くいけば1日金貨1枚分ぐらい稼げるんじゃないか?
うん、いける。十分可能性はあるぞ。
意外と簡単に稼げたな。目標金額の金貨50枚まではそう遠くないな。
よっしゃ。カネも入ったし、散歩がてら周辺を探索してみるか。
「まだ外は明るいし、散歩でもしてみないか?」
「いいですよ。何処でも付いていきます」
「もし美味そうな飯屋とかあったら、そこで食事しようぜ」
「! そ、そうですね! 私もお腹がすきましたし! 食べに行きましょう!」
うお。めっちゃ食いついてきた。
そんなに飯屋が楽しみなのか。
「私はいつでも行けますよ! 準備は出来ています! さぁ行きましょう!」
「お、おう……」
やたらテンションが高いギンコを引きつれて1階へと降りた時、偶然にもリーズと遭遇した。
「おや、どこかに出かけるんですか?」
「まぁね。ちょっと散歩でもしようかと思ってさ」
「そうでしたか! では行ってらっしゃいませ!」
丁度いいや。リーズにオススメに行き先とか聞いてみるか。俺はまだこの王都にきて日が浅いし、周辺の地理に疎いからな。
「ちょっと聞きたいんだけどさ、オススメの店とかってあるかな?」
「オススメ……ですか」
「うん。時間を潰せそうな店とか、飯屋とかでもいいんだ。何でもいいからお気に入りの場所があれば教えてほしいんだけど」
「う~ん……」
リーズは腕を組んで考えていたが、しばらくした後に何か思いついたような顔をした。
「そうだ。だったら料理屋さんなんかどうです? 肉料理が中心でなかなか美味しい店があるんですけど」
「! お肉……!」
ギンコが耳を立てて反応したけど今は放置。
「あとはそうですねぇ……居酒屋とか、風呂屋とか、腕のいい仕立て屋とかもありますよ」
「ほうほう」
へぇ。さすが王都。いろいろな店があるんだなぁ。
どこも楽しめそうだし、暇があったら行ってみたいもんだ。
…………
……ってあれ?
今すごく魅力的なワードが聞こえたような……
たしか風呂屋とか言ってたな。
「ちょ、ちょっと待って、もしかして近くに銭湯があるのか?」
「もちろんありますよ。私も定期的に通ってますがいい所ですよ。あそこはちょっと遠いかもしれませんけど」
「…………」
そうか……銭湯があるのか。
やはり聞いてよかった。これはまともな風呂に入れるチャンスじゃないか。
「銭湯はどこにあるんだ?」
「えーっとですね――」
リーズから銭湯までの道順を聞き出すことにした。
「なるほど。あのあたりか。教えてくれてありがとう」
「いえいえ」
「んじゃさっそく行くぞギンコ」
「えっ? えっ?」
ギンコの腕をつかみ、外へと駆け出した。
「いってらっしゃーい」
走る事数十分。目的地である銭湯の前までやってきた。
「あ、あの……い、いきなり走り出してどうしたんですか?」
「その……なんというか、銭湯があると聞いて居ても立ってもいられなくってな……」
「はぁ……」
こっちの世界に来てからは、まともに風呂に入ったことが無いんだよな。やはり日本人としては熱い風呂に入りたい。絶対入りたい。
だけど風呂ってのは、毎日入るのは貴族だけってイメージだったんだよな。だからそういう人しか入浴できないような建物にあるって思い込んでた。けどまさかこんな簡単に見つかるとは思わなかった。
「せっかく来たんだ。のんびり風呂でも入っていこうぜ」
「そうですね。私も入ってみたいです」
「んじゃ決まりだな」
おっと、その前に色々買い揃えていかないと。
カタログから必要な物を購入し、ギンコと共に建物の中へと入っていった。
中は意外と広く、一昔前の銭湯をイメージするかのような造りだった。
番台の前には体格の大きい男が立っていて、俺達に気付くと話しかけてきた。
「お。らっしゃい。入るのは2人でいいのか?」
「そうです」
「なら入浴料は合わせて大銅貨2枚だな」
1人大銅貨1枚ってわけか。
へぇ。意外とリーズナブルじゃないか。
「はい。これで2枚です」
「おう、丁度だな。男湯は左側、女湯は右側になってるぜ。ゆっくり疲れを癒していってくれよな」
番台から離れて二手に分かれる前に、さっきカタログから手に入れた物をギンコに渡していく。
「んーと、タオルと石鹸な。これくらいで大丈夫だよな?」
「あ、ありがとうございます。これがあれば十分ですよ」
「よかった。風呂から上がったらここで待ってるよ。だからゆっくり入っておいで」
「はい、分かりました。ではまた後で」
ギンコと分かれて脱衣所へ移動した。
そして服を脱いでから中へと入っていく。
「おー。意外としっかりしてるな」
内装は石造りでなかなか凝っているな。客は俺以外に2人しか居なかったけど、これくらいのほうが開放感があっていい。
軽く体を洗い流し、湯の中へと入った。
「あ~……極楽極楽~……」
心地よくて思わず声が出てしまった。
これだよ……求めていたのはこれだよ。やっぱり風呂はいい。心が癒されるようだ。
というか、まさかこんな立派な風呂に入れるとは思わなかったな。
よし決めた。ここには定期的に通おう。
いや、家を買ってからもずっとここに通い続けよう。ここまで上等な風呂に入れるんだから、通わない手は無い。ギンコだって喜んで賛同してくれるはずだ。
うん、そうしよう。
心に固く誓い、しばらく湯船につかることにした。
風呂からあがって番台前に来てみたが、ギンコは居なかった。まだ入浴中のようだ。
ふーむ。しばらく待つことにするか。
そう思い近くの椅子にでも座ろうとした時、番台前にいる男が話しかけてきた。
「おっ、戻ってきたか。湯加減はどうだった?」
「最高でしたよ。毎日でも来たいぐらいです」
「そうだろそうだろ! ガッハッハ!」
しかしなんというか、この人の筋肉はすごいな。服がはち切れんばかりに大きい。かなりのマッチョだ。もしかしたらボディビルダーでもやってるんだろうか。
「そういや気になってたんですけど、水はどこから引いてるんです?」
「ん?」
この世界には、蛇口をひねれば水が出るような設備は無いはずだし、どっかから水を持ってくる必要があるはずだ。
仮に近くの井戸みたいな所から汲んでくるとしても、あれだけの量を持ってくるのはかなりの大変なはずだ。
あ、もしかして毎日そんな重労働をしてるからマッチョになったのか?
……ありえるな。
「なんだそんなことか」
「まさか毎日汲んでくるとか……?」
「ガッハッハ! アンタ面白いこと言うなぁ。そんなことはしてないぞ」
「えっ?」
あれ? 違った?
「実はな、かなり大きめな〝水の魔封石〟がこの建物内にあるんだよ。そこから湧いてくる水を使ってるってわけよ」
「魔封石? そんなに水が出てくるんです?」
「おうよ。ま、アレはちと特別だろうがな」
なるほどなぁ。
つまり水の魔封石とやらのお陰で、銭湯を経営できるぐらいの水が確保できるってわけか。
ほうほう。結構面白いシステムじゃないか。
「しかし、よくそんな物を持ってますね」
「水の魔封石はオレが偶然見つけたやつでな。アレを手に入れてから風呂屋でも始めようかと思いついたわけよ」
他にも色々な商売が出来そうなのに、あえて銭湯を選ぶとは。この人もなかなかやるじゃないか。
「若い頃は魔物を狩ってけっこう儲けてたんだけどな、今のこういう生活も悪くないと思ってな」
「なるほど。実に思い切った決断ですね」
「まぁな。最初はちと不安だったが、今では客もくるようになったし、あの時の決断は間違ってなかったと自負してるぜ」
「俺もそう思います。性に合ってますよ」
「おっ、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか! ガッハッハ!」
こういった生き方をする人もいるんだなぁ。ちょっと憧れるかも。
「おおっと、連れも上がったみたいだぜ」
女湯側の出入り口からギンコが現れ、近くまで寄ってきた。
「ごめんなさいお待たせしました。気持ちよかったのでつい長湯になっちゃいました……」
「気にしてないって。ギンコが楽しんでくれたなら来た甲斐があったってもんよ」
ギンコもここの風呂が気に入ったようだ。
「じゃあ俺たちはこれで」
「おう! また来てくれよな!」
建物から出て宿に向かおうとして……足が止まった。
「あ、そうだ。ギンコはのどが渇いて無いか?」
「そういえばそうですね。お水が欲しいです」
「あいよ。ちょっと待ってな」
カタログを出して飲み物を選んでいく。
ふーむ。ここはやはりこれだな。
「ほいっと。それとか美味しくて気に入ると思うぞ」
「ありがとうございます。これは……牛乳ですか?」
「うん。やっぱり風呂上りにはこれだと思ってな」
ギンコに渡した牛乳瓶にはフルーツ牛乳が入っている。
ちなみに俺はコーヒー牛乳を選んだ。
「いいか? こういう時は腰に手を当てて一気に飲むんだぞ」
「こ、こうですか?」
「そうそう。そんな感じだ。んじゃさっそく飲もうぜ」
「はい!」
ごくごくごく……
…………
「プハー!」
「ぷはぁ」
かぁ~! 最ッ高!
やっぱり風呂上りといったらこれっしょ!
「牛乳はほとんど飲んだこと無かったんですけど、とっても美味しいんですね!」
「だろ? これを風呂上りに飲むのが最高に美味しいんだ」
「確かにすごく美味しく感じます!」
この魅力が分かってくれたか。やはり見込みのある子だ。
よし、風呂入ってサッパリしたし、明日も頑張ろう!
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