第37話:食いしん坊

 日が暮れ始めたところで店を閉めて帰り、現在は宿に戻っている。


「さーて。今日の売上げはいくらかなー?」


 座ってから硬貨が入った袋を空け、中身を全て床に落とした。


「わぁ。沢山ありますねー」

「えーと、2……4……6――」


 大銅貨を数えつつ、分かりやすいように並べていく。


「32……と1枚か、合計で33枚だな」

「ということは……銀貨3枚と大銅貨3枚分ってことですね」

「そうなるな」


 やはりというか、ギンコは頭がいいな。ちょっとした計算ならこなせるみたいだ。本当に賢い子だ。

 この分なら忙しくなった時に、会計とか任せてもいいかもしれない。


「いつもは今日ぐらいお客さんが来るんですか?」

「いや、昨日は1人しか来なくてさ。全然だったよ」

「そ、そうなんですか……」


 まぁその1人が全部買い占めてくれたんだけどね。今日売れたのはその人のお陰かもしれない。

 しかし大銅貨33枚か。1日で約3万の儲けと考えれば悪くない数字だと思う。塩が安定して売れることは判明したし、明日はもっと量を増やすか。


 けどナイフと石鹸は1個も売れなかったんだよな。ナイフは兎も角、石鹸は1個ぐらい売れて欲しかった。そうなったらもっと売上げも伸びたはずなんだけど……

 もしかしたら塩と同じく売り方が悪いのかもしれない――と思ったけど、最初から中身が見えるように置いてあったからたぶん違うな。となると、やはり金額の問題か?

 ふーむ……まぁいいや。細かいことは明日考えよう。それよりも腹が減った。


「ん~、今日は食堂に行ってみるか」

「1階にある広い場所のことですか?」

「そうそう。あそこの出す料理がなかなかイケるんだよ。ギンコも気に入ると思うぜ」

「! わ、私も付いていっていいですか?」

「モチロンだよ。一緒に食おうぜ」

「や、やったぁ……!」


 おーおー。嬉しそうに尻尾を振っちゃって。

 なんというか、やっぱりこの子は食いしん坊だ。食べ物の話題になった途端に元気になるし。まぁいいけどね。


 ギンコと一緒に1階に下りて食堂へとやってきた。

 開いている席に座り、注文をするべく声を上げた。すると1人の獣人が近づいてきた。


「はいはーい。ご注文はお決まりですかー? ってよく見たら泊まりにきてるお客さんじゃないですかー!」

「ど、どうも……」


 この人は確か……リーズって名前だったな。元気で明るい子だったから印象に残っている。


「おやー? そっちの可愛らしい子は誰なんですか? 昨日見た時は居ませんでしたけど」

「ああ。この子はギンコっていうんだ。今後は一緒に泊まるつもりだからよろしくな」

「ふ~ん……」


 ジロジロとギンコを凝視するリーズ。


「あの……私に何か……?」

「…………」


 なんだなんだ。ギンコのことが気になるのか?


「ギンコちゃんって言うんですか……」

「は、はい……」

「へぇ~」


 さっきからどうしたんだ。やけにギンコを見ているけど、そんなに変わったところでもあるのか?

 と思ったら、リーズは突然笑顔になった。


「ギンコちゃん」

「な、なんでしょう?」

「抱きついていい?」

「………………えっ?」

「ちょっとだけだから。というわけで――」


 わお。いきなりギンコに抱きついちゃったよ。


「ひゃん!」

「いやぁ~。まさかこんなに可愛い子に会えるなんて思いませんでしたよ~!」

「あ、あの! なんでいきなり……あぅ!」

「いいですね~この触り心地。私もギンコちゃんみたいな可愛い妹が欲しかったんですよね~! でも一人っ子だから居なくて……あーもう羨ましい~」


 ギンコはリーズ抱きつかれたまま撫でられ、頬ずりされ、耳をモフモフされたりと、もみくちゃにされている。

 こうして見ると本当の姉妹みたいだな。リーズもギンコみたいなケモ耳だし、尻尾もよく似ている。仲が良さそうな光景で実に微笑ましい。

 さて、そろそろ助けてあげるか。腹も減ってることだしな。


「楽しんでるところ悪いけど、注文いいか?」

「……あ! ご、ごめんなさい! つい夢中になっちゃって……」

「はぅぅ……」


 開放されたギンコは少し顔を赤くしているみたいたけど……特に問題はないかな。


「ああああ……ごめんねギンコちゃん。私ったら可愛いものを見ると止まらなくなっちゃうから……」

「い、いえ。私は大丈夫でしゅ……」

「えっと、ご注文は何にしますか?」


 昨日食べた野菜スープがなかなか美味しかったし、それにするか。確かトスカーノというやつだっけか。


「トスカーノのパンセットを2つ頼む」

「わっかりました! お詫びにパンをもう1個追加して持ってきますね!」


 元気良く言い終わった後、小走りで去っていった。

 そして数分後、パンを乗せた皿を2つ持って戻ってきた。


「はい。トスカーノお待ちどうさまでーす! ごゆっくりどうぞー!」


 リーズが去った後、ギンコは目の前に置かれた料理に目を輝かせていた。


「な、なかなか美味しそうですね……!」

「だろ? 量もそれなりあるし、ギンコも満足すると思うぜ」

「こ、これ全部食べていいんですか?」

「ああ、いいぞ。好きなだけ食え。遠慮しなくて良いぞ」

「じゃあ頂きますね!」


 ギンコも食べ始めたし、俺も食べることにするか。


 その後、2人前はありそうな量をギンコはすぐに完食し、なんと3杯もおかわりしたのであった。

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