第32話:獣人は大食い

 ギンコと一緒に宿に到着し、中へと入った。

 カウンターの向こう側には背を向けたおばちゃんが居て、俺らに振り向く前に話しかけてきた。


「いらっしゃ――おや、お帰り」

「すいません。この子も一緒に泊めてあげたいんですけど、いいですか?」

「あらま。可愛らしい子じゃないか。一緒の部屋に泊めるのは構わないけど、その子の分も料金は頂くよ」

「分かりました」


 ギンコの分も追加で支払い、2階へと上がった。

 部屋の中に入って荷物を置き、ベッド上に座った。ギンコは辺りを見回した後、床にちょこんと座った。


 今日は疲れたな。さすがにもう外出する気は無い。腹も減ったしとりあえずメシにしよう。

 そんなことを思っていると、ぐぅ~っと可愛らしい音が鳴った。音の発生源はギンコからだ。


「あ、もしかして腹減った?」

「……いえ、大丈夫です……」


 う~ん。相変わらず素っ気無い。

 やはりというか、何事も感心が無いようにみえる。まだ子供だってのにやたら大人びてるし。どういう環境で育ったんだろうか。

 しばらくはこんな状態が続きそうだ。


 それよりも今はメシだ。俺も腹が減ったからな。

 さて何を食べようか。とはいっても料理できるような環境じゃないし、こんな場所で食べられる料理なんて限られてるんだよな。

 いっそのこと食堂に行くのもありだけど……もう今日は部屋から出たくないしなぁ。


 というわけで、本日の夕飯はハンバーガーということになった。これなら手っ取り早く食べられるし、スペースを取らないしな。

 カタログからハンバーガーを2つ手に入れ、片方をギンコに差し出す。


「はいこれ。ギンコの分」

「……え?」

「腹減ってるんでしょ? これ食べてみなよ。美味しいよ」

「で、でも……私なんかが頂いても、いいんですか?」

「ん? どういうこと?」

「その……私は、ご主人様の奴隷ですから……」

「ごしゅ……」


 ああ、そういや俺の名前は伝えてなかったな。というかご主人様って……


「あの、俺はヤシロって名前があるから、出来ればそっちで呼んで欲しいな」

「ヤシロ様……ですね。分かりました……ご主人様」

「いやだから……」

「……? どうかしましたか? ご主人様」

「…………」


 もうこれ以上言っても平行線なままな気がする。

 なんだろうな。この子は真面目というか、変なところで譲れない部分があるなぁ。

 まぁいいや。たぶん今は何を言っても無駄だろうし、時間をかけてゆっくり直していけばいいさ。


「と、とりあえずこれ食べなよ」

「ですが……」

「大丈夫だって。このくらいならいくらでも出せるから」

「…………」

「だから気にしなくても平気だって」


 どうせ数百円で買えるしな。


「……分かりました。では頂きます……」


 ハンバーガーを両手で受け取ったギンコは物珍しそうに眺めた後、くんくんと匂いと嗅ぎ始めた。

 その後はしばらく見つめてからひとかじりして、何回か口をもぐもぐと動かした。

 すると――


「!!」


 おお。いきなり勢いよく食べ始めた。

 手に持っているハンバーガーはみるみる内に少なくなり、あっという間に食べ切ってしまった。

 うーむ。どっかで見た光景だったなぁ。


「どう? なかなかいけるっしょ」

「は、はい。こんなに美味しいものを食べたのは初めてです」

「そっか。口に合ってよかった」

「…………」


 さてと。俺も食べるか。

 そう思い、口を開けて食べようとするが――


「…………」

「…………」


 ……見られてる。ギンコがすげーこっちを見ている。

 ああそうだ思い出した。確かカミラと初めて出会った時もこんな感じだったっけ。


「もしかして……まだ食べたいとか?」

「……!! い、いえ。そういうわけでは……」


 口ではそう言ってるが、目をキラキラしながらこっちを凝視している。さっきまで垂れていたケモ耳もピンと立っているし、尻尾もブンブンと振っているのが見える。

 なんというか……分かりやすいなぁ。


「なら俺の分も食べていいよ」

「え!? で、でも……」

「だ、大丈夫だよ。まだ沢山あるから」

「…………じゃあ頂きます」


 持っていたハンバーガーをギンコに渡した。それを受け取ってから美味しそうに食べ始め、すぐに食べ尽くしてしまった。

 そして再び俺をジーっと凝視するギンコ。


「……まだ食べ足りない?」

「あっ……いや……そ、そういうわけじゃ……」


 相変わらず尻尾はブンブン振っているし、よだれまで垂らしている。


「ちょっと待ってね。今同じやつ出すから」

「…………あぅ」


 カタログからハンバーガーを手に入れ、ギンコに差し出さす。


「ほら。遠慮しないでこれも食べていいから」

「い、頂きます」


 こんなやり取りが何回か続き、なんと合計10個のハンバーガーを食べ尽くしてしまった。

 もしかしてこの子って俺より大食いなのでは……?


「も、もう大丈夫です。美味しいものをこんなに食べられたのは生まれて初めてです。本当にありがとうございました」

「う、うん。それはよかったね……」


 あの小さな体のどこにハンバーガー10個も入ったんだろう? 獣人ってのは胃がブラックホールで出来ているんだろうか。

 とりあえず満足してくれたみたいだし、俺も食べないとな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る