第30話:貴様の名は。

 質屋を後にしてから走り出し、奴隷屋に到着。すぐさまドアを開けて中へと入った。


「ほぉ。逃げずに帰ってくるとは大した度胸だニ」

「…………」

「出て行ったっきり、もう帰ってこないと思ったニ。庶民にしては勇気があるじゃないかニ」

「…………」

「今なら土下座して謝れば許してやらないこともないニ。ほれ、すぐに――」


 性悪貴族を無視して歩き出し、店主の目の前で立ち止まる。そして持っていた袋を手渡した。


「ほら。金貨40枚持ってきたぞ。この袋に入れてある」

「ま、真にございますか!?」

「!? ば、馬鹿な……本当に用意できたというのかニ!?」


 さすがに40枚ともなるとちょっと重かったけどな。


「い、いや……ありえないニ! きっと銅貨とか入れて誤魔化してるに違いないニ! ちゃんと中身を確認するニ!」

「は、はい! ただ今……」


 店主は袋を開け、1枚1枚確認しながら数えていった。


「38、39、40……全部で40枚。確かに全て金貨で間違いありません」

「な、なにぃぃ!? そ、そんな馬鹿な……」

「約束だ。これであの子は俺が貰ってく。いいよな?」

「は、はい! ただ今準備してまいります!」


 店主は慌しく店の奥へと去って行った。


「あ、ありえないニ……。庶民ごときが手軽に集められる金額じゃなかったはずだニ。一体どうやって手に入れたニ!?」

「言ったろ? 友人に預けてあるだけだって」

「ま、まさか本当だったのかニ……」


 まぁ嘘なんだけどね。けど結果オーライだし、本当のことを言う必要もないだろう。


「これであの子は俺が買わせてもらう。これで文句は無いよな? まさかとは思うが約束を破る気は無いよな?」

「ぐにに……!」


 さすがにこれ以上は何も言ってこない……よな?


「……ふん! もういいニ! あんな小汚いガキなんざくれてやるニ!」


 よかった。さらに倍額を吹っかけられたらお手上げだった。


「おい貴様!」

「ん?」

「名前は何というんだニ!?」

「は? 何でそんなこと聞くんだ?」

「貴様には関係ないことだニ! さっさと名乗るんだニ!」

「俺の名前は――」


 いや待て。なんでこのデブに名乗らなきゃならないんだ?

 馬鹿正直に教える義理もないし、これ以上関わりたくない。答える必要はないよな?

 かといって答えないとそれはそれで面倒なことになりそうだ。

 ふーむ……そうだなぁ……

 よし。


「おう! よく聞いてくれた! 俺の名前をしっかりと覚えておくんだな!」

「いいからさっさと名乗るニ!」

「そう急かすなって。よーく聞いておけよ?」


 大きく息を吸った後、口を開いた。

 そして――


「俺の名前は『寿限無じゅげむ寿限無じゅげむ五劫ごこうの擦り切れ海砂利かいじゃり水魚すいぎょの水行末、雲来末、風来末、食う寝る処に住む処やぶ柑子こうじ藪柑子ぶらこうじパイポパイポパイポの――」

「ちょ……ちょっと待つニ!」

「ん? なんだよまだ途中だぞ?」

「そのふざけた名前はなんだニ!? 真面目に答えるニ!」

「ふざけてなんかねーよ。これが本名なんだよ」


 嘘だけど。


「う、嘘を付くんじゃないニ! そんな長ったらしい名前なんて聞いたことないニ!」

「嘘じゃないって。俺の一族はみんなこのくらい長い名前なんだよ。これでも短い方なんだぜ? ちなみに続きは『シューリンガン、シューリンガンの――」

「も、もういいニ! それ以上聞きたくないニ!」


 えー、せっかく覚えたんだから全部言いたかったのになー。


「今日は散々な日だニ! 時間の無駄だったニ! もう帰るニ!」


 そういってドスドスと歩き出し、ドアを乱暴に開けてから出て行った。


 ふぅ。とりえあえずなんとかなったな。これで二度と関わることはあるまい。


「おう兄ちゃん! やるじゃねーか!」

「あいつを追い払うなんてすごいじゃない」


 この店に居た奴隷の人たちが嬉しそうに近づいてきた。


「オレはあの貴族が気に入らなかったんだよな」

「私もよ。毎回くる度に嫌味を聞かされてウンザリしてたところよ。でもボウヤのお陰でスカッとしたわ」

「は、はぁ……」


 どうやらこの人たちもストレスを溜めていたみたいだ。


「しかし本当に金貨40枚も用意してくるとはなぁ。意外と金持ってるじゃねーか」

「その調子でついでに私も買ってみない?」

「あ、いや。もうこれ以上増やす気はないし……」

「あら残念」


 というかもう買えるだけの金は無いな。

 そうこうしている内に店の奥から店主がやってきた。


「準備が整いましたのでこちらまでどうぞ」


 奴隷の人たちと別れ、店主と共に奥まで移動した。

 檻の前までやってくると、中に入れるように檻の扉が開いていた。

 獣人の女の子は相変わらず体育座りをしたまま動いていないな。


「まず最初にこちらの奴隷と契約して頂きます」

「契約? なにそれ?」


 サインでもするのか?


「すぐに終わりますよ。自らの血液を首輪の魔封石に触れさせるだけでございます」

「それだけ?」

「はい。それで契約は完了となります」


 へー。よく分からないけど便利な仕様なんだな。

 女の子に近づいて腰を落とし、自分の指を噛んで血を滲ませた。


「ちょいごめんよ」

「…………」


 女の子は何も言わずアゴを上げてくれた。そして血が滲んだ指を近づけ、首輪についているビー玉みたいな魔封石に押し当てた。

 すると――


「おお?」


 触ると同時に魔封石は僅かに光り始めた。そのまま数秒間光り続けた後、光は収まっていった。


「えっと……どうなったの?」

「これで契約は完了でございます。後は私にお任せください」


 そういって首輪に繋がっている鎖を外し始めた。


 本当にすぐ終わったな。

 指を離したあとに魔封石を見てみたが、まるで最初から何も無かったかのように綺麗になっていた。

 おかしいな。確かに血を触れさせたはずなのに痕跡が全く無い。どういう原理なんだろう。

 まぁいいか。考えるだけ無駄だろうな。


 その後は奴隷に関する説明を聞き、女の子と一緒に奴隷屋から出ることにした。

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