第28話:人種差別

 店主に案内され店の奥に入って行ったが、辺りはどんどん薄暗くなっていった。光源は小さな窓から照らす日の光だけだ。

 そんな中歩いていくと、鉄の檻が見え始めた。


 ……嫌な予感がしてきた。


 そのまま進んでいくと店主が檻の前で止まった。どうやらこの檻の中に居るらしいな。


「あちらの奴隷でございます」


 そういって手を差し伸ばした先には、檻の中に小さな女の子が座っていた。

 だけどあの子は普通の人間じゃないことはすぐに分かった。

 なぜなら――


「……まさか獣人?」

「左様でございます」


 女の子にはケモ耳と尻尾が生えていたからだ。

 腰まで伸びた銀髪のストレートロング、頭から生えている犬のような耳がペタリと垂れている。そんな小学生程の子が体育座りしている。


 その子は俺らに気付いたのか、こっちに顔を向けてきた。けどその表情はどう見ても元気が無い。まるで人生に絶望したかのような表情だし、目にハイライトが宿っていない様子だった。

 しばらくこっちを見ていたが、興味を無くしたのかすぐに顔を背けられた。


「あの子だけ待遇が違うのは何故なんだ?」

「それは獣人だからでございます」


 女の子にも首輪がついているが、さっきいた奴隷と違って鎖が付いている。その鎖は壁の方に伸びていて、壁に繋がっていた。あれでは例え檻が開いていたとしても逃げられないだろうな。


「いやでも……さすがに鎖で繋ぐのはやりすぎなんじゃ……」

「獣人というのは人間よりも力が強い種族故、仕方の無いことなのでございます。あのくらいの子供でも、大人を投げ飛ばすぐらい容易にやってのけるでしょうな」


 へぇ。それは初耳だ。


「それに加えて、以前に暴れて逃げようとしたと聞き及んでいます。なのでああして繋ぐのが最善かと思ったまででございます」

「それって大丈夫なの……?」

「ご安心くださいませ。あちらの獣人には特別な首輪を付けております」

「特別? なんか違いがあるの?」

「はい。あの首輪には力が弱まる魔封石が付いております。さらに主人に対しては絶対に危害を加えられないようになっております」


 ああそうか。首輪についているビー玉みたいなやつは魔封石だったのか。


 しかし本当にあの子だけ待遇が違うな。よく見たら着ているのは服じゃなく、布を身にまとっているだけだし、少し汚れている。

 さっき出会った奴隷とは環境が大違いだ。これではまるでイメージ通りの奴隷じゃないか……


 店主の言い方だと、獣人はああいう扱いするのが当然みたいな雰囲気を出しているな。

 どの世界でも差別みたいなのは存在するんだな……

 くそっ……


「いかがでしょう? 首輪が付いている状態でも、力自慢の男よりも役に立つはずですよ」

「…………」


 偶然入った店でこんな気分になるとは思わなかった。この世界にはまだまだ知らないことは多いけど、こういうのは知りたくは無かった。

 もういいや。さっさと帰ろう。元々買う予定は無かったしな。


「今日はもう帰るよ……」

「そうですか……」


 素早く来た道に振り向き、出口へと向かって歩き出した。

 そしてドアまで近づき外に出ようとした時だった。ドアに触れる前に突然開いたのだ。そして太ったおっさんが入ってきた。


「うおっ……」

「んむ? なんだね君は」


 あぶねぇ。衝突するところだった……


「まぁいい。店主はどこにいるかニ?」


 おっさんがそう叫んだ後、店の奥から慌しく店主がやってきた。


「こ、これはこれは。ミルトン様ではありませんか! ご無沙汰しております……」

「ニッヒッヒッヒ。今日は気分がいいから新しく奴隷を買いにきたニ」

「いつもありがとうございます。お陰さまでこの店も好調でございます」


 このミルトンって人は常連っぽいな。俺の時よりも接客態度に差があるのが一目瞭然だ。やたら腰が低い上に手もみまでしてやがる。

 買われるならこういう富豪層のがいいだろうな。いかにも貴族って感じの豪華な服だし、首から宝石がついたネックレスまでしている。待遇も良さそうだし、そこまで厳しい仕事を押し付けられないだろう。

 そう思っていたが――


「……あれ?」


 奴隷の人たちを見たら全員が顔をそらしていた。

 おかしいな。俺の場合は露骨にアピールしてきたくせに、金持ってそうなミルトンという人に対しては近寄ろうとすらしていない。

 これは一体どういうことだ……?


「ふーむ。今いる奴隷はここに居る者だけなのかニ?」

「いえいえ。とっておきの奴隷を入荷しております。ミルトン様ならきっとお気に召されるはずです」

「ほほう! とっておきとな?」

「はい。ご覧になりますか?」

「もちろんだニ!」

「かしこまりました。ではこちらに……」


 2人は店の奥へと入っていった。さっき見た獣人の所に行くみたいだな。

 それはさておき、他の人たちの態度が気になるな。ミルトンが現れてから余所余所しいし、関わろうとしてこない。


「あの……みんなどうしたの? さっきからダンマリだけど……」


 俺の言葉に反応した女の人が、手招きしているのが見えたので近くまで寄ってみることに。


「えっと、もしかして話し難いことだったり?」


 女の人はうなずいた後、耳元まで接近してきた。


「ボウヤは知らないみたいだけど、あのミルトンって男はちょっとした有名な貴族なのよ」

「やっぱり貴族だったのね。それなら何でアピールしたりしないの? せっかくチャンスなのに」

「ミルトンは確かに金は持っているわ。でもね、黒い噂ばかり聞くのよ」


 黒い噂……?

 なんだろう?


「あいつは奴隷の扱いが乱暴だって聞くわ」

「乱暴? それってつまり……辛い仕事ばかり押し付けられるってこと?」

「そんな生易しいものじゃないのよ。死んでもおかしくない事ばかりやらされるらしいわ……」

「なっ……」


 おいおい。なんだよそりゃ。いくらなんでもやりすぎだろ……


「噂の中には素手で魔物と戦わせる……なんてことも聞いたことがあるわ。あいつは奴隷なんておもちゃにしか思っていないわけよ」

「ま、まってくれよ。さすがにおかしくないか? そういうのは禁止されてるって聞いたぞ……」


 確か酷使して死なせる行為は禁止されてるはずだ。今の話だと明らかに矛盾している。さすがに貴族だけ例外ってことは無いだろうし。


「ボウヤの言う通り、普通はそんなことをしたら捕まるわ」

「だ、だったら――」

「さっき言ったでしょ? ミルトンは有名な金持ちなのよ。かなりの資産があるみたい」

「それと何の関係が……?」

「…………」


 どういうことだ?

 金持ちだから捕まらないってか?

 そんな馬鹿な……


 …………


 ――あっ!

 ま、まさか……


「もしかして……ワイロとか……?」

「所詮は衛兵も人間ってことね……」


 マジかよ……なんだよそりゃ……

 金さえされば殺しても捕まらないってのかよ。ふざけやがって。

 どんな世界でもこういう話はあるもんだな。胸糞悪い……


「だからみんな無視してたのか……」

「そういうことよ」


 そりゃ誰もが関わりたくないはずだ。露骨に顔を逸らしていたのもうなずける。


 女の人が離れると同時に奥の方から声が聞こえてきた。どうやら2人が戻ってきたみたいだ。


「ニッヒッヒッヒ。なかなか可愛らしい獣人だったじゃないかニ」

「左様でございますか。ミルトン様ならきっとお気に召されると思っておりました」

「うむ。大変気に入ったニ。よし決めたニ! あの獣人を余の物にするニ!」

「ありがとうございます。ではさっそく手続きを進めてまいります」


 どうやら買われたようだな。

 しかしこのデブのおっさんが奴隷を平気で使い潰すような奴とはな。もしかしてあの獣人の女の子もそんな目に遭わされるのだろうか?

 いや……ただの噂らしいし、もしかしたら普通に扱われるかもしれない。

 そう思っていたが――


「クヒヒ……あの獣人は楽しめそう・・・・・だニ・・……」

「……!」


 俺は見た。こいつが悪い顔で薄ら笑いをしていたのを。

 今の表情はどう見ても大事に扱うような奴に見えなかった。あれはまるで奴隷を物みたいに扱いそうな雰囲気だった。


 やはり女の人が言ってた噂は本当だったのか?

 買われた獣人の子も噂通りの扱いをされるのか?

 悲惨目に遭わされた挙句に殺されるのか?


 …………


 ならばいっそのこと俺が――


 いやいや、馬鹿なことを考えるんじゃない。

 あの子を助ける義理なんて無いじゃないか。

 そもそも俺には買う金なんて無いし、出来るわけが無い――とも言えないのか。


 いやでも……あの子を買ったところで……


 しかし……今なんとかしなければあのデブに買われてしまう……


 そうなれば手遅れだ……


 けど助けたところで……


 …………


 ――ああもう!


「その売買契約待ったぁぁぁぁぁ!」

「は、はいぃぃ!?」

「な、なんだニ!?」


 やっちまったよ……つい叫んじゃったよ……

 くそったれ。もうヤケだ!


「あの女の子は俺が先に目を付けたんだ! だから俺が買わせてもらうぞ!」

「!? おい店主! 今のは本当なのかニ!?」

「え、ええっと……そのぅ……なんといいますか……」


 ここまできたらもう後戻りはできん。押し切るしかない。


「俺が先に見つけたんだ。なら優先権は俺にあるはずだ」

「そんな話聞いてないニ!」

「わ、わたくしもてっきり買わずに帰るのかとばかり……」


 初めはそのつもりだったから間違ってはいない。けど今はそうはいってられない。


「というかさっきからやかましいニ! 貴様は何者なんだニ!?」

「ただの客だよ」

「貴様みたいなガキに奴隷なんざ10年早いニ! とっとと帰るがいいニ!」

「そんなの関係ないだろ」

「というか奴隷を買えるだけの金を持っているとは思えないニ」


 あ、そういや獣人の子はいくらするんだろう?

 値段を聞いてなかったな。


「まだ聞いてなかったけど、さっきの子はいくらするの?」

「そういえば伝えていませんでしたね。しめて金貨20枚となっております」

「き、金貨20枚ぃぃぃ?」


 つまり……約200万円……?

 た、たっけぇぇぇぇ! いくらなんでも高すぎだろ!


「な、なんでそんなにするんだよ!」

「獣人の奴隷はそれだけ価値があるということでございます。それに加えて特別な首輪も付属しています故、高価になるのは致し方ないのでございます」


 マジかよ……そんなに高いなんて予想外だぞ……


「どうされます? お買い求め致しますか?」

「う……」


 やっべぇどうしよ。まさかそんなに高価になるとは思わなかった。

 金貨数枚ぐらいならなんとかなったかもしれないのに……


「ほほう。金貨20枚程度ならすぐに払えるニ」


 だろうな。こいつにしてみればはした金なんだろうな。


「ふ~む……それならば……」

「……?」

「よし決めたニ。ならば余は倍の金貨40枚出すニ!」

「は、はぁ!?」


 金貨40枚!? 

 約400万分をポンと出せるとかどんだけ金持ってるんだこいつは。


「店主! そういうことだから余が買い取るニ」

「か、かしこまりました」

「お、おい! 待ってくれよ! 勝手に話し進めるなよ! 俺が先じゃないのかよ!?」

「し、しかし……私としてもなるべく高値を付けてくださる方に売り渡したいわけでして……」

「ぐっ……」


 確かに正論だ。店としては少しでも利益になる方を優先したいだろうしな。

 だからって倍の値段を吹っかけることはないだろうに。


「まぁ店主よ、余だって鬼じゃないニ」

「はい?」

「先客が居たことは事実だニ。ならばチャンスをくれてやるニ」


 チャンス?

 すげーな嫌な予感がする……


「もし、こやつが金貨40枚支払えるということなら手を引いてやるニ」

「ふ、ふざけんな! なんで俺が倍額を払わなきゃならないんだ!」

「ならばこの話は無かったことにするニ」

「ぐっ……」

 

 いくらなんでも暴利すぎる。そんな大金払えるわけないだろうが。

 いや、もしかしたらローンとか組めば何とかなるか?


「余だって暇じゃないニ。そうだニィ……日が暮れるまでに用意することが条件だニ」

「なっ……」


 今日中に金貨40枚を稼げってか……?

 いくらなんでも無茶苦茶だ!


「ニッヒッヒッヒ。金貨40枚といえば、庶民なら2~3年は遊んで暮らせる額と聞いたニ」

「…………」

「お前みたいなガキがそんな大金を持っているとは思えないニ!」


 俺の全財産は金貨1枚にも満たない。全然足りてないな……


 どうする? 

 諦めるか?

 でもここで諦めたらあの子はどうなる?

 こんな性格の悪いデブに買われても悲惨な未来しか想像できん……


 くそったれ。

 ここまできて引き下がれるか!


「さっきの言葉は本当だろうな?」

「約束は守るニ」

「だ、だったら金貨40枚持ってきてやるから待ってやがれ!」

「ほほう? アテはあるのかニ?」

「あ……えっと……い、今は友人に預けてあるんだよ。だから取りにいくだけだ!」

「……よかろう。そこまで言うなら待っててやるニ。友人とやらに会いにいくだけなら今日中に用意できるはずだニ」


 くそっ。あざ笑いやがって。

 嘘だと見抜いてやがるな。


「ほれ。どうしたニ。さっさと行ってくるんだニ」

「い、言われなくても分かってらぁ!」

「ニッヒッヒッヒ……」


 ドアを乱暴に開け、すぐに店から飛び出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る