第26話:謎のおっさん
看板を立てて店先に塩の入った革袋を10個並べ、開店すること約15分。未だに1つも売れていない。
通行客の何人かはこっちを見て足を止めていたが、すぐに去ってしまった。
うーむ。開店初日はこんなもんなのか?
今日は様子見を兼ねている為、多少売れ行きが悪くても気にしないつもりだった。けど1個も売れないってのは精神的にくるものがある。
まだ始めたばかりだし、ゆっくり待つとするか。さすがに1個ぐらいは売れるはずさ。
ウエストバッグからゲー○ボーイを取り出す。しばらくはこれで暇を潰そう。
…………う、売れない。
あれから1時間ぐらい経過したが、やはり1個も売れなかった。
おかしいなぁ。何か間違ってるのか?
値段が高すぎたのか?
―ーいや、相場よりは安いはずだ。
需要が無いのか?
――そんなはずはない。俺以外にも露店で塩を売っている店もあったからな。
場所が悪いのか?
――何人も行き交ってるからあまり関係ないはずだ。
う~ん。やっぱりおかしい。原因はなんだろう。
ちゃんと看板も見える位置に立てているから問題は無いはずだ。なのに1個も売れないのは何故なんだ。
特に変わったところの無いごく普通の塩なんだけどな。商品自体は問題ないはずだ。
他に考えられる原因はなんだろう。フリーマーケットなんて小学生の頃に一度経験したぐらいだしな。こういう商売の知識はほぼ無いに等しいんだよなぁ。
あとはそうだな……時間帯が悪いのか? ……関係ないか。
駄目だ。分からん。何が悪いのかさっぱりだ。
マズイな。もしこのまま売れなかったら他に稼ぐ手段を考える羽目になる。ヴィオレットも言っていたけど、少し考えが甘かったみたいだ。
仕方ない。とりあえずこのまま待ってみよう。もう1時間ぐらいして1個も売れなかったらその時に知恵を絞ればいい。
そんなことを考えている時だった。
「ここは塩を売っているのかね?」
「……え? あ、はい」
顔を上げると、そこにはバッグを背負ったヒゲの生えたおっさんが立っていた。
「ふ~む」
や、やっとお客さんが寄ってきたぞ。念願のお客さん第一号だ。
とりあえず販売物が何なのかは分かっているみたいだな。もしかしたら看板に書いてある文字が間違っている可能性も考えたが、しっかり意味は伝わっているようだ。
「その袋の中に入っているのかね?」
「は、はい。そうです」
「中を見せてはくれないか?」
「いいですよ」
並べてあった袋の1つを取り、中を開けておっさんの手の平に少量の塩を振った。
「……ほほう」
手に持った塩を見てからおっさんは驚いたような表情をし始めた。
「これはこれは、なかなか質のいい塩だな……」
「そ、そうですか?」
「うむ。これほど上品な塩は他では手に入り難いだろうな。少なくともここら一帯では一番質がいい」
そんなに珍しいのかな?
カタログから買ったのは、1kg数百円で買えるごく普通の塩なんだけどな。つーか塩なんてどれも似たようなもんじゃないか?
「粒が1つ1つきめ細かい上に、手触りもよくサラサラしている。しかも不純物が無く、白くて綺麗だ。ここまで見た目のいい塩はほとんど出回らないだろうな」
なんかやけにベタ褒めしているけど、そこまで変わってるか?
変な人だなぁ。お客さん第一号がこんな評論家みたいな人だとはな……
「味見してもよいかね?」
「どうぞ」
おっさんは手に持った塩を口に含み、舌で味わうように口を動かした。
「……うむ。間違いなく塩だ」
当たり前だっての。まさか疑ってたのか?
おいおいカンベンしてくれよ。そこまで疑うことはないだろ……
「しかもまろやかで上品な味わいだ。辛味も少ない」
本当に変な人だ。塩の味なんてどれも一緒だろうに。まさか塩マニアなのか?
「この塩は本当に1つ大銅貨1枚なのか?」
「そうですよ。どの袋も中身は一緒で同じ量が入ってます」
「ふーむ……」
腕を組んで悩むような表情をするおっさん。
何を悩んでいるんだろう。さっきから変なことばかり言うし、考えが読めん。
「……なら買わせてもらおう」
お! やったぜ!
ようやく売れたよ。でも1時間で大銅貨1枚と考えるとあまり効率はよくないな。ここに来る時に大銅貨1枚の出費があったからな。金貨50枚までは先が長そうだ。
袋を1つ渡し、硬貨を受け取るが――
「あ、あれ? これ銀貨ですよ? 間違えてますよこれ」
「うん? 1つ大銅貨1枚と聞いたが?」
「いや、でもこれはどう見ても銀貨で――」
「ならば問題ないな」
どういうことだ?
何か勘違いしているのか?
あっ、まさか……
「も、もしかして10袋全部買うつもりですか!?」
「そうだが? 何か問題でも?」
「い、いえ……」
おいおいマジかよ。まさか買い占めるとは思わんかった。どんだけ太っ腹なんだこの人は。
でもありがたい。正直さっきまでは全部売れ残ることも覚悟していたからな。いきなり完売とは嬉しい誤算だ。
おっさんは背負っていたバッグを降ろし、その中に俺から買った物を入れていった。
「実に有意義な買い物だった。やはり片っ端から歩き回ってみて正解だったな。ではこれで失礼するよ」
「は、はい。ありがとうございました」
バッグを背負い、そのまま去って行った。
なんだ。やっぱり塩は売れるじゃないか。値段も適切みたいだし、俺の予想は正しかった。
じゃあなんでさっきまで1個も売れなかったんだろう。やり方が間違っているのか?
……分からん。
とりあえず今日はもう引き上げるか。予想よりもかなり早く完売したからな。
カタログから追加で塩を買うのもありかもしれないが、このままだとさっきの二の舞になる気がするしな。
どっちみち今日は様子見の予定だったし、明日から塩の数を増やしてまた売りに来よう。
店の撤収作業をしていると、隣から声が聞こえてきた。
「あら? もう売り切れたの?」
「は、はい。お陰さまで」
隣で露店を出していて看板に文字を書いてくれた女の人だ。
「よかったわね~。これで両親から褒めてもらえるんじゃないかしら?」
「さ、さぁ……どうでしょうね」
いくら外見が若く見えるからといっても、そこまで若返ってはいないはずなんだけどな。
見た目的に向こうのが年上だと思うけど、だからといって子供扱いすることないだろうに。
「でも全部売れたのは貴方が文字を書いてくれたお陰ですよ」
「そうかしら? 私はただ言われた通りに文字を書いただけよ」
実際助かっている。この人が居なかったら看板に何も書けなかったし、売れなかっただろうしな。
よし全部片付け終わったし、あとは帰るだけだな。
リュックサックを背負い、看板とビーチパラソルを両手に抱えた。
ちょっと荷物が増えたけど、これくらいなら何とかなるかな。
「じゃあ俺はこれで。本当にありがとうございました」
「いえいえ。困った時はお互い様よ~」
再び礼を言った後、この場から立ち去ることにした。
おっと。首から下げてる販売許可証は返さないとな。
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