第21話:質屋の鑑定眼
店の扉を開けての中へと入ると、カウンターの向こう側で1人のおっさんが気だるそうに座っていた。
「……坊主、何の用だ?」
おっさんは頬杖つきながらこっちを睨んできた。意外と迫力がある。
年齢は50代ってところだろうか。
「あ、えっと……ここって物とかを買い取ってくれたりするんです?」
「……ああ。別にいいぞ」
よかった。ここは質屋で間違いなかったみたいだ。
「それで? 坊主は何を持ってきたんだ?」
「これなんですけど……」
おっさんに近づき、ポケットからさっきカタログで買った物を置いた。
それを見た瞬間、おっさんは目が見開いてから体勢を変え始めた。
「……!」
やはりな。この反応は明らかに驚いている。
これは期待できるかもしれない。
俺がおっさんの目の前に置いた品物。
それは――『宝石』である。
「ふむ」
「ど、どうです?」
「……す、少し時間をくれ」
そう言って宝石を手に持ち、様々な角度からジロジロと食い入るように見始めた。
ふふふ。さすがに驚きを隠せないか。
そりゃそうだ。いきなり宝石が出てきたんだから、誰だって動揺するに決まってる。
ちなみにあの宝石は本物ではない。本物は高くて買えなかったのだ。
じゃあどうやって手に入れたのかって?
それは――
おもちゃの宝石を買ったからだ。
つまり偽の宝石だ。
しかしプラスティック製のおもちゃといえ、見た目は本物そっくりだ。だからこの世界の人なら騙せると思ったんだ。
どうせプラスチックなんて物は存在しないだろうしな。きっと本物だと勘違いするはずだ。
これは我ながら名案だと思う。なんたって数百円で買った物が数万円で売れるかもしれないからだ。
もしかして金策はこれで十分なんじゃないか?
そうだよ。これからはこの手でカネを稼ぐ事にしよう。
これでこの世界の通貨については心配要らない。一時期はどうしようと思ったけど、思った以上に簡単に解決したな。
あとはそうだな。
住む家を買うための資金を――
「…………大銅貨2枚ってところか」
「……へ?」
な、なんだと……?
大銅貨2枚だって?
つまり……約二千円?
「な、なんでそんな安いの!?」
「ふん。ワシはこれ以上出す気にはならん。それだけだ」
そ、そんな……
数百円の物が二千円になったんだから儲かったといえば儲かったことになるけど……
やはり納得いかない。足元見すぎだろ!
まさかとは思うけど、俺がガキだから舐められているのか?
くそっ。若返った弊害がここで出るとは思わなかった。たしかに俺みたいな若い奴は絶好のカモだろうな。
「納得いかないって顔だな」
「そりゃそうだよ! いくらなんでも大銅貨2枚は安すぎる!」
「どうしてそう思うんだ?」
「どうしてって……そりゃあ……」
説明しても意味不明だろうな。
『プラスチックの素材なんて見た事ないだろうからもっと高値のはずだ』なーんて言っても通じるわけがない。
「はぁ……だったら理由を言ってやろうか?」
「理由……? それは納得できる理由なの?」
「ああ。ワシだって根拠も無しに判断したわけじゃない。確たる自信があるからこそ、この値段にしたんだ」
やけに冷静だ。
堂々としていて嘘をついているようには見えないが……
「じゃあ聞かせて下さいよ。理由とやらを」
「そう睨むな。今説明してやるから」
自信たっぷりな表情だ。
さすがに気になってきた。
「1つ目の理由は、『見た目』だ」
「見た目? どこも悪くないだろ?」
「悪くないからおかしいんだ」
「は?」
意味が分からん。それなら問題ないはずだ。
「いいか? 宝石ってのは基本的に何かしらの『不純物』が混じってるはずなんだ。しかしこれにはそういったのが見当たらない」
「ぐ、偶然だよ。不純物がない種類かもしれないし……」
日本のおもちゃってのは変に力入れてるところがあるからな。技術力が高すぎるせいで逆に不自然になったわけか。
「確かに。中には不純物もない宝石も存在する」
「なら――」
「でもな。そこまで貴重な物は一部の貴族ぐらいしか持ってないんだよ。お前みたいなガキが入手できるとは思えん」
ぐっ……そういやどうやって入手したのか言い訳考えてなかった。
「2つ目の理由は、『感触』だ」
「か、感触……?」
「そうだ。『本物』だったら持ったときひんやりと冷たいはずなんだ。しかしこの宝石にはそんな感触は無かった」
そ、そうなのか?
本物なんて持ったことすらないから全然分からん……
「そ、そうだ! ここに持ってくるまでずっと手に持ってからそうなってただけだよ!」
「なら少し時間を置いてから触ってみるか? 断言してもいいが、どれだけ待とうが変わらないと思うぞ」
「うっ……」
駄目だ。うまい言い訳が思いつかない……
「そして3つ目の理由、これが決定打になった」
「け、決定打……? そこまで自信あるのか?」
「これは自信を持って言える。3つ目の理由、それは――」
「それは……?」
ゴクリ……
「それは――『重さ』だ」
「重さ……?」
「本物だったらもっとずっしりしてるはずだ。しかしこれはいくらなんでも軽すぎる。宝石にしては変だ」
しまったな。だってプラスチックだもん。軽いはずさ。
なんでこんなことに気付かなかったんだろう。そりゃ疑うに決まってる。
というか重さの時点で偽物だって見抜いてたわけか。
「けどこれは何処で手に入れたんだ? 偽物とはいえ、ここまで精巧な物は見たこと無い。どんな素材で作られているのか検討が付かん。ガラスではないことは確かなんだが……」
さすがにそこまでは分からないか。
「これはまるで……そう、
「……!」
す、すごい……!
合成樹脂とか初めて見るはずなのにそこまで見抜いてたのか。この人の鑑定眼は本物だ。
何者なんだよ……
「まぁいい。こういうのはワシとかじゃなくて、貴族相手に売ったほうが高値がつくと思うぞ」
さらに高値が付く方法までアドバイスしてくれるのか。言わなければ気付かなかっただろうに。
目利きも知識量もかなりのものだ。このおっさんは
「で? どうする? 買い取るなら大銅貨2枚になるが」
どうしようか。ぶっちゃけ今は無一文だから大銅貨でも嬉しい。
しかしなぁ……
「……やっぱ止めときます」
「そうか」
おっさんからおもちゃの宝石を受け取ってポケットにしまった。
これは今売らないほうがいい気がする。なんとなくそんな予感がした。
さてどうしよう。ならば変わりに何を売ればいいんだろう。このおもちゃの宝石なら高値が付くと思ってから、他に売るものは考えてなかったな。
う~ん。何か高値が付くような代物はないものか……
なるべく分かりやすく、このおっさんでも納得できるような物は……
…………
あっ。そうだ。
「ちょ、ちょって待ってて! 他に売るもの取りに行くから!」
「構わんぞ」
急いで店を出てから物陰に隠れた。さすがにカタログを使ってる場面を見られたくないからな。
そして購入した品を持って店へと戻り、おっさんの元へと近寄った。
「こ、これとかどうです?」
「……なんだそりゃ、随分とデカいな」
俺が持ってきた品物。それは馬車で移動中に使ったクッションだ。
これはヴィオレットとレオナールが絶賛してたからな。こういう物なら需要が高いはずだ。何せ馬車移動が当たり前の世界だしな。
「それは何に使うんだ?」
「これはですね――」
クッションについての簡単な使い道を説明した。これについての有用性の高さは身をもって証明済みだ。おもちゃの宝石よりは高値がつくに違いない。
「――というふうに使うんですよ」
「ほう」
おっさんもさっきとは違う様子でクッションを触っている。やはりこういう物は珍しいんだろうな。
「ふーむ。確かに柔らかいな。こんな感触は初めてだ。どういう素材で出来ているんだ?」
「企業秘密です」
「さすがに教えてくれんか……」
ぶっちゃけ俺もよく分かってないんだけどね。
「これはいくらで買い取ってくれますか?」
「ううむ……」
腕を組んで悩み始めた。さすがにすぐには判断できないか。
「……これはどこで手に入れたんだ?」
「ひ、秘密です」
「なら言い方を変えよう。これはすぐに手に入りそうな物なのか?」
「さぁどうでしょう。少なくとも今はこれ1個しかありませんよ」
「ふーむ……」
ヴィオレットとレオナールに渡した分は既に回収してカタログに捨ててあるからな。世界でこれ1個しか存在してないのは事実だ。
「ならば……銀貨5枚でどうだ?」
おっ、やはりさっきより高値が付いた。
だがしかし――
「もう一声」
「む……」
もう少し高くなるはずだ。なんたって他では手に入らない品物だしな。
「それなら……銀貨7枚」
「もう一声!」
正直この金額でもいいけど、どうせならもうちょい粘りたい。
「ぐっ……ならば銀貨10枚だ!」
「…………売った!」
よっしゃ!
8千円で買った物が銀貨10枚――つまり10万円相当に化けたぞ!
ようやく無一文から脱出できたな。これで今晩の宿は心配要らないな。
この人には感謝しないとな。見たことの無い物だってのに、しっかり判断した上で買い取ってくれたしな。
「銀貨のまま渡してもいいが、金貨にすることも出来るぞ。どうする?」
あーそっか。銀貨10枚で金貨1枚になるんだっけか。
うーん、ここは銀貨のままでいっか。小銭が多いほうが便利なはずだ。
「銀貨でお願いします」
「分かった」
おっさんから銀貨10枚を受け取ってポケットに入れた。
「あーえっと、さっきは怒鳴ったりしてごめんなさい」
「ふん。別に気にしとらんわ。金額に納得できずに喚く奴なんざ腐るほど見てきたからな」
「は、ははは……」
なるほど。質屋ってのは色々と大変なんだな。
「ところで坊主」
「はい?」
「名前を聞いていいか?」
「えっと、俺はヤシロといいます」
「ヤシロか……覚えておこう。他にも珍しいもん持ってそうだからな」
なんか気に入られた様子。
「そちらの名前も聞いていいです?」
「ん? ああ。ワシはレオボルトだ」
この人は信用できそうだしな。覚えておいて損はないだろう。
「じゃあレオボルトさん、ありがとうございました」
「ふん。礼なんざいらん。今日はもう店仕舞いだからとっとと帰りな」
レオボルトは立ち上がり、店を閉める準備をし始めた。
邪魔になりそうだったので急いで店から出ることにした。
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