第17話:高級缶詰

 馬車で何時間も移動し続けていたが、日も暮れてきたので今日は道中で野営することになった。野営の準備をしている内に辺りは暗くなり、今はき火と月明かりだけが光源となっている。

 焚き火の近くにはレオナール、ヴィオレット、馬を操っていた御者のおっさんを含めた4人が囲っている。


 焚き火の上には水と具材を煮込んでいる鍋が置いてある。スープみたいなもんか。今日の夜食はこれらしいな。

 ヴィオレットは手に持っている小さい容器にスープを入れ、俺に差し出してきた。


「ほら、お前の分だ。さっさと受け取れ」

「あ、どうも」

「あとこれもな」


 パンを差し出してきたので受け取る。これも食べていいらしい。

 今日のメニューはパンとスープだけか。少し物足りないけど野営で簡単に作れる食事ならこんなもんか。

 さっそくパンを一口かじろうとするが――


「……かてぇ」

「ん? どうした?」

「い、いや。何でもない」


 パンが予想以上に固くて思わず声が出てしまった。このパン固いなおい。

 食べれなくは無いけど固いから何度も噛む必要があるし、何より味がしないのであまり食べた気がしない。この世界のパンってこんなのばかりなのか?


 そういやカミラはメロンパンをすごく美味しそうに食べてたっけ。柔らかいパンは初めて食べたとか言ってた気がする。そりゃこの固いパンに比べたら、メロンパンは美味しくて柔らかいに決まってる。今さらながらカミラの気持ちが理解できたな。


 しかしさすがにこれを食べ続けるのはきついな。慣れれば平気になれるかもしれないけど……う~ん……


 …………


 いや待てよ。もしかしたら……このスープを利用すればいいんじゃないか。

 そう思い、試しにパンをスープに浸してから食べてみることにした。

 ……うん。これならいける。適度に柔らかくなってるし、スープを吸ってるから味も染みている。

 けどスープ自体が薄いせいかやはり物足りない。というかこのスープも味が薄い。なんというか塩だけで味付けしたような感じだ。言わば塩スープってところか。

 具材は小さく切ってあるジャガイモと、ニンジンみたいなのが数個入ってるだけだ。しかし形は不揃いだし、大きさもバラバラだ。


 そしてあっという間に完食。量も少なかったからすぐに食べきってしまった。

 他の3人も既に食事を終えているようで、後片付けを始めている。


 ……だめだ。やはり物足りない。パンと塩スープだけでは腹を満たせない。さすがにもう少し食べたい。

 そうだ。こんな時こそカタログの出番だ。


 一旦その場から離れ、馬車の中まで移動した。カタログを使っている場面を見られたくなかったからだ。カタログ自体は他の人には見えないけど念の為というやつだ。

 さっそくカタログを出してページをめくっていく。さてどれにしようかな。

 今から料理するのは面倒だし、すぐに食べられるようなやつがいいな。こんな時はどういうのがいいかな。んーと……お、これなんかよさそうだ。

 ページ内から目当ての物を購入。ついでに他にも違う種類のを選んで購入した。


 今買った食料――それは『缶詰』だ。これなら手っ取り早く食べられるし面倒な準備も要らない。まさしく野営時にはピッタリなものだと思う。

 計3つの缶詰を手に持ってさっきの場所まで戻ることにした。するとヴィオレットが俺を見ると気になった様子で話かけてきた。


「その手に持っているのは何だ?」

「ああ。これは俺の食料だから気にしないで」

「……そんな物を食べるのか? 見たところ鉄の塊みたいだが……」

「この中におかずが入っているんだよ」

「ず、随分と変わった入れ物なんだな……」


 この世界には缶詰なんて存在しないだろうしね。さぞかし不思議に思っていることだろうな。でも面倒なので詳しくは説明しないことにする。


 とりあえず食べよう。

 缶詰の1つを開け、中身をフォークで運んで口の中へと入れる。


 …………


 う、美味い! すっげぇおいしい!

 この缶詰はなんと1個2千円もする高級缶詰なのだ。中身は牛肉を煮込んだやつなんだけど、黒毛和牛を使っているせいか旨みが凝縮していてすごく美味しい。


 あっという間に1個目の缶詰を完食。続いて2個目を取り出して開けようとした時、

 3人がこっちを見ていることに気付く。


「…………」

「…………」

「…………」


 やっぱり見られている。3人の視線――計6個の目が俺の持っている缶詰を凝視している。

 無視して食べようとするが……やはり気になって手が止まってしまう。

 というかすっげぇ食いづらい。


「あの……何か?」

「い、いや。美味しそうに食べているもんでつい……」


 そんなに顔に出てたかな。確かにすごく美味かったけど。

 まぁさっきの固いパンと薄いスープに比べれば、断然こっちのが美味しいしな。そのせいで思わず顔が緩んでたかもしれない。


 とりあえずさっさと2個目を食べよう。

 次に選んだ缶詰はカニが入っている。今度は1個5千円もするやつだ。こんなの地球にいた頃は食べる機会無かったしな。しかし今は違う。カタログという便利な物があるお陰で、こういうのも手に入るんだから本当にありがたい。


 よし、さっそく食べるとしよう。


「随分と変わった食材だね……」


 今度はレオナールが話しかけてきた。俺の手に持っている缶詰の中身を、興味津々な感じで見ている。


「こういうのは見たこと無いの?」

「少なくとも僕は初めて見るかなぁ」


 3人の中で一番裕福そうなレオナールすら初めて見るのか。ということはカニを食べる文化は無いのかな。いや、この世界にはカニ自体が存在してないのかもしれない。さぞかし珍しい光景だろうな。


 そんなどうでもいいことを考えつつも、フォークですくって口に入れる。

 ……うん。美味しい! 最高!

 こんな高価なカニを食べたのは初めてだしな。あまりの美味しさに思わず感動。

 なんかもうこういうのを食えただけで、異世界にきてよかったと思えてしまう。以前は食事とかこだわる余裕すらなかったからな。


「おいしそうだなぁ……」

「私もあのような食材は初めて見るが……食べた事もないのになぜか美味しいと思えてくる……」


 おっと。顔に出ていたみたいだ。

 レオナールとヴィオレットがすっげぇこっちを見ている。心なしか羨ましそうな表情をしている気がする。

 うーん……これはどうしようかな。もうこれ以上無視するのも精神的にきつくなってきた。なぜかイジメている気分だ。


 ……しょうがない。せっかく馬車で送ってくれているんだ。お礼も兼ねて少しわけるか。


「あーそのー……まだ余ってるし、もしよかったら分けようか?」

「な、なんだと!?」

「い、いいのか!?」


 やっぱり食べたかったのね。今にも身を乗り出しそうなほどの驚いた表情でこっちを見ている。


「ほ、本当に分けてくれるのか!?」

「うん。どうせなら皆で食べたほうが美味しいだろうし」

「随分と太っ腹な少年だなぁ……」

「ちょっと待ってね。今取ってくるから」

「わ、分かった」


 席を立って馬車の中へと移動した。

 まぁ取ってくるとは言ったけど、カタログから購入するだけなんだけどね。でもなるべく見られたくないからこうするしかなかった。


 それから数分後。

 さっき俺が購入したのと同じ缶詰を3個ずつ、計9個を運んで皆の元へと戻った。


「はい。これがさっき俺が食ってたやつだよ」

「ふーむ。やはり見たことの無い容器だな。これは鉄か?」


 缶詰をまじまじと見つめるヴィオレット。


「僕もこんな形の入れ物は初めて見るなぁ。どこで手に入れたんだい?」

「ひ、秘密」

「さすがにそこまで教えてくれないか。残念」


 レオナールは缶詰を手に取ったあと、まるで分析するかのように凝視していている。


「はいこれ」

「へ? オラにも分けてくれるだか?」

「うん。仲間外れにするわけにもいかないし」

「あ、ありがてぇ! 実はオラも食ってみたかっただ! 大切に食わせて頂くべ!」


 御者のおっさんはすごく喜んでいる。ちょっと大げさな気もするけど。


 3人にそれぞれ缶詰とフォークを配り終え、開け方を説明してから元の場所に座った。

 3人とも缶詰を開けてから中身を不思議そうに見ている。


「ふーむ。近くで見るとあまり食欲をそそられないな。本当に食べれるのか?」

「う、うむ。さっきは美味しそうに思えたんだけどな……」

「オラは見た目は気にしないべ」


 まぁ缶詰の中身なんて基本的にそんな感じだしな。見慣れれば美味しそうに思えるけど、初めて目にする人にとってはそうでもないらしい。


「と、とりあえず頂くとしよう」

「そうだな。せっかく分けてくれたんだしな」

「ご馳走になるべさ」


 3人がフォークで中身をすくい、口の中へと運んでいく。

 そしてモグモグと口を動かし――


「……う、うまい! すごく美味しいぞこれ!」

「す、すごい……ここまで柔らかくて美味しい肉は初めてだ……」

「うめぇだ! こんなにうまいメシは食ったことねぇべ!」


 好評でなにより。3人ともすごい勢いで食べ始め、すぐに1個を食べつくしてしまった。

 そして2個目の缶詰を開けだした。あの缶詰はカニが入っているやつだ。


「これも初めて見るな。さっきのとは違う種類なのか」

「赤くて白いな……これは魚の切り身かな?」

「とりあえず食べてみるべ」


 各自がゆっくりと口の中に入れて噛み始める。

 するとすぐに―ー


「お、おおおお! なんだこれは!? 甘い上に身が締まってて美味しいじゃないか!」

「ほほう。これも初めて味合う食感だな。僕はさっきよりこっちのほうが好きかな」

「どっちもうめぇだ! こんなに美味しいメシを食えてオラは幸せだべ!」


 次々と口の中に運び込み、あっという間に2個目も空になった。その勢いで3個目もすぐに食べ尽くし、俺があげた分は全部完食してしまった。

 余程美味しかったらしく、3人とも満足そうな表情をしている。


「どれも実に美味しかった。礼を言うぞヤシロ」

「うむ。まさか野営でここまで上等な食事が出来るとは思わなかった。僕からも礼を言うよ」

「オラの分まで用意してくれて感激ですだ。本当にありがとうごぜーます!」

「いえいえ」


 さすがにパンと塩スープだけでは物足りないし、活力も湧かないだろうしね。

 とりあえず満足そうでなにより。



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