王都ルーアラス編

第16話:馬車は辛いよ

 馬車に乗り込むと、中には20代ぐらいの女性が座っていた。

 その人は俺に気付いたのか、顔をこっちに向けてきた。


「お前が救世主とやらか」

「えっと……どちらさん?」

「ああ、私は〝ヴィオレット〟という。道中の護衛を任せられている」


 なるほど。そういや馬車だと護衛が付くとか言ってたっけ。

 ヴィオレットは体に大きな黒いローブを身に纏っている。髪は肩まで伸びたセミロングの朱色をしていて、ツリ目でこっちを睨んでいる。ちょっと怖い。

 まるでヘビに睨まれたカエルの如き威圧感だ……

 しかしその表情は凛々しくもあり、同時に頼もしくもあるな。


「俺はヤシロといいます」

「ヤシロか。聞いた事のない名だな」

「そりゃまぁ……初対面だしね……」

「そういうことではない。村を救うほどの魔術師なら、それなりの実力はあるはずだからな。ならば私の耳に入っていてもおかしくないはずなんだが……」


 あれ? 

 俺が魔術師だって言ったっけ?

 魔術師――という設定にしたのは、つい最近のことなんだけどな。


「なんで俺が魔術師だと思ったの?」

「? おかしな事を聞くんだな。村を救えるといったら魔術師ぐらいしか出来んだろう。まさか違うとでも言うのか?」

「い、いや。合ってるけど……」

「それならばどこかで名前ぐらい聞くはずなんだが……まぁいい。さっさと座れ。そろそろ出発するぞ」

「は、はい……」


 背負っていた荷物を降ろし、座席に座ることにした。

 レオナールも乗り込み、すぐに出発することになった。





 ケ、ケツが痛い……

 別に変な意味じゃないぞ? 本当に尻が痛いのだ。

 なぜなら座席は硬い上に、馬車自体がゴトゴトと揺れるからだ。道中は整備されていない土の道だし、馬車には振動を和らげるサスペンションなんて便利な物はついていない。なので振動がダイレクトに伝わるのだ。


 対面にはレオナールとヴィオレットの2人が腕を組みながら座っている。でも何事も無いような感じでじっとしている。

 この人たちは尻が痛くなったりしないのかな。それとも慣れれば気にしなくなるのか?

 鍛えればなんとかなるもんなのか?


 ……ダ、ダメだ。限界だ。

 これ以上座っていると痔になってしまう。

 そうだ。こんな時こそカタログの出番だ……!


 すぐカタログを出現させてページをめくっていく。

 ……あった。これだ。


 目的の品を選んで購入。すると大きなクッションが目の前に出現して落下した。


「な、なんだ!? 突然物が出てきたぞ!?」

「こ、これは一体何だ……!?」

「あ……えっと、俺の魔法なんで気にしないで」

「そ、そうか。お前も魔術師だったな……」


 やっべ。さすがにいきなり物が現れたらビックリするか。

 これからは注意しないとな。


「し、しかし……こんな魔法は見たことがないぞ……」

「私も始めて見るな……。一体どういう系統なんだ?」

「…………秘密です」

「そ、そうか……気になるが仕方ない……」


 というか説明したところで意味不明になるだろうしな。今後同じ質問されても黙っておくことにしよう。


 購入したクッションを尻の下に置いて座った。

 ……おお。これはいい。クッションがあると全然違うな。

 選んだのは8千円もする少し大きめのタイプだ。それなりの値段だけってかなり座り心地がいい。これなら何時間でも座っていられるな。


 ウエストバッグから暇つぶしの道具を取り出す。馬車で移動中はこれに集中することにする。

 暇つぶしの道具――それは『ゲーム○ーイ』だ。しかも大きい初期型だぞ。乾電池を4本使うのでそれなりの重量がある。このレトロな感じがいいんだよな。


 本体のスイッチを入れてしばらく没頭しようとするが――


「…………」

「…………」


 対面にいる2人がこっちを凝視している。すっげぇ見られてる……

 なんだなんだ。この手に持った機械がそんなに気になるのか?

 でもこればかりは説明のしようがない。この世界には携帯ゲーム機なんてものがあるはずがないだろうしな。


 とりあえず無視して集中しよう。


「な、なぁ……」

「……何か?」

「それって……そんなにいい物なのか?」

「それ?」

「さっきの魔法で作り出した物のことなんだが……」


 ああ。さっきカタログで購入したクッションのことか。

 どうやら手に持ったゲーム機よりもクッションのが気になるらしいな。


「まぁ、かなり座り心地はいいけど……」

「そ、そうなのか!?」


 なぜかすごい食いついてきた。


「これを敷いてあると尻は痛く無いし、有ると無いとでは全然違うと思うけど……」

「ふ、ふーん……なかなか珍しい物を持っているんだな。いや、この場合は魔法で作ったというべきなのか?」

「どっちでもいいよ……」

「…………」


 会話が終わって再び集中しようとするが…………やっぱりこっちをすごく凝視している。


 …………


 ……ああもう! これでは気が散って仕方ない! 集中できん!


「もしかして同じ物が欲しかったり?」

「!? あ、あるのか!?」


 やっぱり。そんなにクッションが欲しかったのか。


「ちょっと待ってね。今取り出すから」

「ぼ、僕の分も頼む!」

「はいはい」


 カタログからさっきのと同じクッションを2つ購入。両方にそれぞれ手渡す。

 2人は座席に敷いてから座った。


「おお……これはすごい。確かに座り心地はいいな」

「こんなに柔らかい感触は初めてだ! 素晴らしい道具じゃないか!」


 すごい喜びようだな。そんなに気に入ったのか。


「こんな便利な物を用意してくれるとはな。礼を言うぞ!」

「僕も感謝するよ。まさかここまで楽になるとは思わなかった」

「いえいえ」


 よかった。これでもうジロジロ見られることはないだろう。

 2人はさっきと違って、まるでリラックスしたみたいに和らいだ表情になっている。

 あ。もしかしてさっきから表情が固かったのって、ずっと尻の痛みを我慢していたからか?

 というかやっぱり我慢してたのか。やはりこの世界の人でも辛かったんだな……

 まぁそれも解決してよかった。これで心置きなくゲーム○ーイに専念できる。


 しばらくの間、馬車に揺られながらゲームに没頭した。

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