第11話:絶対人に向けてはいけません

「な、なんだこいつ!?」


 草むらから姿を現した狼は、全身が黒い毛で覆われている。見たことの無い種類だ。

 つーかでけぇなおい。成長した熊ぐらいあるぞこいつ。


「や、やっぱり……」

「やっぱり? もしかしてあの狼のこと知ってるの?」

「ま、魔物です……!」


 なんだと……? 魔物……?

 この世界にはそんなものが存在するのかよ!?


「と、とりあえずカミラちゃんは俺の後ろに!」

「で、でも……」

「いいから!」

「は、はい……」


 さてどうしよう。

 この状況をどうやって打破すりゃいい……?


『グルルルル……』


 大型の狼――魔物はどう見ても好意的とは思えない。だって俺たちを凝視しながら低くうなってるしな。あれはまるで餌を見つけたかのような態度だ。

 魔物は視線を逸らさずに、距離を保ちながらゆっくりと横に歩き始めている。たぶん襲い掛かるチャンスをうかがっているんだろうな。


 どうするどうする……?

 このままだとあいつに殺されるかもしれない……!

 さすがにこんな所で死ぬのは嫌だぞ!

 つい最近死んだばかりなのに再び死ぬとかゴメンだ。


 そ、そうだ。こんな時こそカタログの出番だ!

 カタログを呼び出し、素早くページをめくっていく。


 えーと、えーと。今すぐこの状況を何とかできる道具は無いのか!?

 あれでもない……これでもない……それでもない……

 ああもう! くそったれ! この状況で使えそうな物が見つからない!

 今なら某ネコ型ロボットの気持ちがよくわかるぜ……


 …………


 ……ん?

 こんな物まであるのか……いや、これならいけるか……?


 カタログから商品を選び、購入して手に持った。それは細長い筒状をしていて手の平サイズの物体だ。

 今購入した物――それはレーザーポインターと呼ばれる物だ。

 すぐにスイッチを入れ、魔物の顔あたりに投射する。


「近寄るんじゃねぇ!」


 レーザー光が目元に入った瞬間――


『!?!?』


 魔物はもだえ苦しむように地面を転がり始めた。


『キャンキャン!』


 そして立ち上がると同時に、犬のような鳴き声で脱兎のごとく逃げ出していった。


「……た、助かった?」

「あ、あれ……? 魔物が突然逃げ出しまたけど……」


 魔物の姿も見えなくなったし、とりあえず一安心か。

 ちなみに今使ったレーザーポインターは普通のやつと違う。これは通常よりも威力が何百倍も強化された『改造レーザーポインター』というやつだ。

 ずっと前に、どこかで害獣退治に使われているという話を思い出して使ってみたんだけど……効果は今見ての通りで、魔物の目に投射した瞬間逃げていった。

 というかこんな物まで売ってることに驚いた。カタログの品揃えはア○ゾン以上かもしれないな。


「と、とにかく! 今のうちに逃げよう! また魔物が戻ってくるかもしれないし」

「そ、そうですね!」


 俺たちも急いで最初に来た場所まで戻り、洗濯物を回収してから家に帰ることにした。




「ふぅ。とりあえずここまでくれば大丈夫だろう」

「…………」


 カミラの家まで戻り、一息ついた。


「しっかし驚いたな。まさかあんなのが居るなんてな……」

「…………」


 まさか魔物なんてのが存在するとは思わなかった。

 この世界ではああいうのがうろついているわけか。野宿してまで町に行こうとしないで正解だったな。知らずに野宿していたら、今頃俺は魔物の胃の中だろう。


「ま、とりあえず無事に帰れてよかった」

「…………」


 おや。さっきからカミラの様子がおかしい。うつむいたままダンマリだ。

 どうしたんだろう。


「カミラちゃん? どうしたの?」

「…………」

「おーい?」

「…………」


 魔物と出会ったのがそんなに怖かったのかな。まぁ運が悪ければ間違いなく大怪我しただろうし、最悪殺される可能性だってあった。だから気持ちはわからなくもないけどね。


「やっぱり怖かった? でも大丈夫だよ。ここまでくれば――」

「……違うんです」

「へ?」


 うん?

 どういうことだ?


「違う? 何が?」

「私……知ってたんです……」

「知ってた? どういうこと?」

「あの辺りが危ないってことを……」


 …………なんとなく言いたい事が分かってきた。


「ヨルゲンさんから川の上流には行かないように忠告されてたんです。昔の話ですけど……。まさか魔物が出てくるなんて……」


 ヨルゲンってたしか村長だっけか。


「だから……ヤシロさんが危ない目にあったのも私のせいなんです! 本当にごめんなさい!」


 そう言って深く頭を下げた。

 なるほどね。村長は俺たちが居た川の上流に魔物が出現するって知っていたわけか。だからカミラにも警告していたわけか。


「ごめんなさい……本当にごめんなさい……」

「ちょ、ちょっと落ち着いて。頭上げなよ!」

「私のせいで……ヤシロさんまで迷惑をかけて……」


 どんどん涙声になっていってる。心が痛くなってきた。


「カミラちゃんのせいじゃないって! 最初に上流に行こうって言い出したのは俺なんだし、むしろ俺が謝るべきだ」

「でも……もっと早く止めていれば……あんなことには……」

「いやいや、俺の責任だって。そこまで気に病むことないよ」

「いいえ、私の落ち度です……」

「いや俺が……」

「私が……」


 お互いに自分を責めあっている。

 これではラチが明かない……


「じゃ、じゃあこうしよう。今回のことは2人とも悪かったってことで。次から気をつけようってことにしないか?」

「でも……」

「もう終わったことなんだし、今さら責めても仕方ないっしょ」

「…………」

「ね?」


 正直こうでも言わないと納得しないと思う。


「…………わかりました」

「とりあえずこの話は終わりってことで」

「はい……」


 とりあえずこれでいいか。

 まだ納得してないって表情をしているけど、あまり自分を責めても仕方ないしな。


 でも……


「…………」

「…………」


 お互いに無言のままだ。

 き、気まずい……


「お、俺ちょっと散歩してくるよ」

「わかりました……」


 さすがにこの空気に耐え切れず、しばらく気分転換をすることにした。

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