第10話 30ピリオドの魔法
目が一番最初に覚めたのは自分である。
見た処テトラ達はまだぐっすり眠っているみたいだが、右腕は胸に密着しているだけではなく縛り付けるように彼女が抱きしめていた。
俺は彼女が起きないようにゆっくりとそれを引き抜く。
ベッドから降り、ぐっすりと眠ってる筈の皆を覘いたが少し違和感があった。
誰一人として呼吸をしていない、鼻で呼吸していたとしても微動だにしないなんてことは無い筈だが。
「私が時を止めたんだよ」
「誰だ!?」
「やっほー、私の事覚えてる?」
目前に現れたのは長瀬咲だった、しかし何故この場所が……。
いや、どうせまた運が良ければ位置情報なんて分かるさ、とかなんとか適当な理由を付けられる筈だ。
「時を止める事と運が良い事の何の関係があるんだ?」
「言ったでしょ? 私が幸運だと思った事はなんでも叶っちゃうんだよね、今は私とあなただけの二人しか会話には入れてないから安心して」
やっぱりだ、運が良ければ高い威圧値を出せたり時を止めたりもできるってもはや何でもありか。
彼女の赤毛の髪は少しの風に靡なびくと、風景は一変し始め、森林が辺り一面に生えた場所にへと飛んだ。
宙に浮き上がりながら眺めていたのは俺と長瀬咲だけだ。
下を眺めると見えるのは小鹿に、生き物のように動く気。
更には架空上でしか見たことがない黒色の女エルフが樹木を切っていた。
「こっちだよ」
長瀬咲は引っ張るように俺を宙から引き寄せ、生き物が何もない数キロ離れた位置に止まり、ゆっくりと地面に降りていく。
宙から眺めていたが彼女は手から大量の金貨を取り出した。
そしてスコップで掘った訳でもなく地面は勝手に穴があき、土の中にその大量の金貨を入れて埋めた。
長瀬咲は空を飛び俺の元にへと近づく。
「昨日の勝ち分は全部埋めといたよ、お金が必要だったんでしょ?」
「お前は一体何が目的なんだよ?」
「何が目的? 私はあなたを自分のものにしたいとは言ったけど行動は制限させたくないんだ、勿論願いならなんだって叶えてあげるけどね、それとそそのステータスじゃあ何かと不便だろうし少しいじっておいたよ、見てごらん」
「変えただと? す、ステータスオープン!」
不慣れなこの呪文のような合言葉で再び文字が目前に浮かび上がる。
どれどれ……。
吉木番丁(16)Lv134
体力 700
攻撃力 100
耐久力 100
魔力 3000
敏捷性 100
運 1000
威圧 100
「ってなんじゃこりゃあああ!!!」
「私が丁度いいようにステータスを変えておいたんだよ、レベルはそのままだし文句はないでしょ?」
「まあ悪くはないけどな、ていうか威圧値めちゃくちゃ下がってるけど……他のステータスは上がったしまあ別にいいのか」
「力をコントロールできるようにしたんだよ、解放すればあなたの威圧値は限界まで自由自在に引き出せるようになっているわ」
「本当か!? それは助かる」
長瀬咲は照れたように顔を頬を真っ赤にし照れていた。
純粋な気持ちで言った筈なんだがこれも長瀬咲が願ったから出た言葉なんだろうか。
「これで少しは好感度上がってくれると嬉しいんだけど」
「お前の力があれば好感度を上げる事くらい容易いだろ」
「私は普段はこの力を極力使わないようにしてるわ、あなたと同じように普通が面白いって思ってるからね」
「ふーん」
「でも恋路では彼女達に負けるつもりはないわ、勿論あなたには洗脳なんかせずとも私を好きになってもらうつもりよ」
彼女達って一体誰の事を言ってるんだこいつは、
まさかテトラやマゼンタと勝手に恋愛バトルしてる訳じゃないだろうな。
「そのまさかよ、後龍花ちゃんも」
「また心を読んだのか……あのな、俺にそんなロリ趣味は」
「とにかく! しっかり冒険も楽しんでLv上げてきて頂戴ね、ダーリン♡」
「ダーリンって……って……っは!? 今のは?」
正面にいた長瀬咲の姿は唐突に消え、俺はベッドの上から起き上がった。
今のは夢なのだろうか、もしそうなのだとしても昨日の事を気にしすぎて重症だと言えるのだが。
それにしても彼女は本当に日本人なのだろうか、いやそもそも同じ地球人だったとしても異世界人より理解が不能な事だらけである。
「ふあ~よく寝た~」
俺がベッドから目を覚ました数秒後にマゼンタが目を覚ました。
今気づいたが恰好がおっさんのようにTシャツにトランクスのようなパンツ一枚というだらしない姿である。
昼に冒険にでかけた時と全く同じ顔だったが普段は化粧をつけていないのだろうか、だとしたら原形からして可愛らしい顔をしているんだな。
「何じろじろみてるんだよ番丁」
「いやーごめん、寝起きの姿があまりに斬新で面白かったからさ」
「むかっ! それ僕を馬鹿にしてる訳?」
「いやー違う違う、誤解だって」
「もういいよ、それよりもでかけるよ、君は今日から僕の一番弟子なんだ」
「で、弟子? お前は一体何を言ってるんだ」
「いいから」と言うと、マゼンタは僕の手首を引っ張り昨日と同じように外に連れ出そうとする。
「ちょ、ちょっと! マゼンタさん服着替えて!」
「あっ……。それもそうか」
衣服とスカートを赤いスカートを着た後、マゼンタは息を吸って吐いて吸って吐いてを繰り返し深呼吸を始める。
「次元の狭間に沈む扉よ・我が盟約に従いその身を現せ! 魔の鍵扉エンター!!!」
ガチャッ。
扉が開く効果音が部屋内に響くと、マゼンタの右腕は手首ごと姿を消して木の棒ととんがり帽子に漆黒のマントを取り出すと満足そうに「よしっ」と呟いた。
彼女はとんがり帽子を被る、その紫色の髪にフィットしているのかやけに似合っていた。
「訓練を始めようか、この杖は師匠である僕からのプレゼントだ、最高品質だから無くすんじゃないぞ」
「あ、ありがとう」
見た処なんの変哲もないただの木の棒だがこれが何か魔法と関係があるのだろうか。
第一こいつは杖を使わずに魔法を使っていたはずだ。
俺達は龍花とテトラが起きないように扉を開け外を出る。
「何か言いたい事がありそうだね番丁」
「まあそうだな」
「何故僕が杖を使わないかだろ? それは詠唱を言いたいからさ、だって唱えるのはかっこいいじゃないか」
思ったよりしょうもない理由だった、気になった俺が馬鹿だったようだ。
「だったら俺も詠唱を唱えればいいんじゃないか、こんなものいらないだろ」
「それも初心者が簡単に詠唱を使いこなせる程魔法の世界は甘くないんだ、詠唱を唱える時はかなりの精神力と集中力が同時にないといけない」
「なるほどな……」
急にマゼンタはマジの目で俺を見てきた。
マゼンタから漂う魔法に対する熱意、それは誰が見ても遊びのものではないと分かる。
俺もここからは真面目に話を聞く事にしよう。
「それと何より一番の問題は君の詠唱が30ピリオドもある事にある、もし唱えてる最中少しでも気を緩めば死ぬよ」
「え、詠唱で死ぬなんてことがあるのか?」
「ごめんそれは嘘、でもその杖を使えば呪文名を叫ぶだけで発動する事ができるんだ」
「呪文名だけで……そもそもを言えばピリオドってなんなんだ」
「ピリオドは詠唱にできる少しの間がそうなんだ、例えばさっきの『次元の狭間に沈む扉よ・我が盟約に従いその身を現せ』は2ピリオド、最後の『魔の鍵扉エンター』は呪文名だね」
たったそれだけで2ピリオドなのか、だとすれば30ピリオドって一分くらいはペチャクチ喋ってなきゃ駄目なのか。
「呪文名を教えてくれ、俺が覚えた呪文の」
「ヒヒッ、君の覚えた呪文は『全ての破滅ゴッドブレスト』、言っとくけどこれに触れるだけでもう駄目だ、仲間に間違えて当たっちゃったなんてことがあればただじゃ済まないから気を付けて撃とうね」
「あ、ああ」
マゼンタの目がやたら怖い、魔法に対して熱心なのか変態なのかのどっちかだろう。
「丁度いいここで今放ってよ、大丈夫だ、ここから20km先に魔界があるせいで誰もここを通る事はないよ」
「そうか……」
息を吸い、ゆっくりとゆっくりと吐き出す。
マゼンタと同じ要領でこの杖に全てを注ぎこむ気持ちで呪文を唱える。
「全ての破滅ゴッドブレスト!!!!!!」
大気が揺れ始める、そこら中にある岩や空気に雲、あらゆるものがこの杖に吸い込まれてゆく。
なんて力だ……力を抜けば俺までその杖に飲み込まれそうなくらいの力である。
「うわあああ」
「どうしたマゼンタ? ってええ!?」
何故か杖はマゼンタの服をひきちぎって吸い込んだ。
杖は自然の怒りを表すような人間ではない唸り声を数回上げ始める。
「感じるぞ……何かが出る!!!!!」
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン……ドオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!
何キロ先まで飛んだのだろうか、ひょっとして20km先にある魔界にまでぶち当ててしまったのでは。
キノコ雲ができあがり轟音が鳴り響き爆風で俺もマゼンタも数メートル後ろに飛ばされる。
「へへへ……成功したね番丁」
「みたいだな」
魔法を出せたはいいが全身ボロボロで力が出なかった、立つのでやっとだ。
俺とマゼンタはしばらくの間仰向けになりながらキノコ雲を見上げていた。
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