第3話 異世界に潜む伝説龍

テトラの跡を追っていたが彼女の残した手がかりは跡が地面にくっきりとつけてある事である。

今日は風が酷いみたいで砂もあちこち飛び散り、目に入り込んできそうなくらいだったが余程力強く地面を踏みしめたのか、彼女の足跡はしばらく消えそうに無かった。


 そして彼女の足跡が消え去ったのは走ったり休息を取ったり続けてから役二時間半後である。

着いた先はなんと洞窟だ、あちこちに日本にいるオオスズメバチよりも十倍はでかいと思われる蜂がうようよとあちこちに飛び回っていた。

やばそうな臭いがぷんぷんする……。そもそもこんな大きい蜂、某有名ゲームのモンスター○ンターでしか見たことが無いのだが。


 ぼっと突っ立っていてもし刺されれば即死は免れないので洞窟の中にへと進む事にした。

不思議な事だがもう九割方は俺はここが異世界だと信じ切っていた、残りの一割はほぼ希望なのだが。

これと似た状況を言うならば、昼間はお化けを信じず、夜に怖くなった時お化けを唐突に信じるというご都合的主義になるのと全く同じ事だろう。この洞窟に一体どんな化け物が潜んでいるのかが分からない、もし偶然でも遭遇してしまったらこの世の終わりだろう。


「ねえ」

「っひ!?」


 突如として肩を叩かれたが、振り向くと立っていたのは毛さきがクルクルと肩にかかるくらいしか伸びてない短髪の女の子であり、目と髪共に若紫色で鋭い瞳は決して他人を怯えさせるようなものでなく、あらゆる真理を全て掴み取りそうな本来自分が持ちたかった憧れのものである。


「そんな怯えなくていいだろ~? ははっ僕なんかより君のその変な仮面の方が怖いと思うぞ」

「そ、そうだな、怯えて悪かった」

「別にいいんだよ、それよりも君も呼ばれたのが? ドラゴン狩りに」

「呼ばれた? ああそういえば……」


確かテトラは黒龍と戦うとか言ってたな、すっかり忘れていた……。

あの時は訳の分からん事を言うただのイカレポンチだと思っていたが、ひょっとして本当にここに黒龍が潜んでるのか。


「何か思い当たるふしでもあるのかい?」

「俺じゃないんだけどさっき剣士が一人ここに入った筈だぞ」

「剣士……っち、やっぱり噂は本当だったか、獲物が取られる前に急がないと! ほら、君も行くよ」

「いや何で俺も一緒になって……ってそもそもLv1でそんな奴に近寄ったら殺されるんですがあああ!!!」


手首を掴み取り馬鹿みたいな速さで洞窟を駆け回る僕っ娘少女、本当にここにはおかしな奴しかいないのだろうか。さっきから「止まれー!」やら「俺のLvは1なんだ!」やら言っても全然話を聞いてないではないか。きっと黒龍というからには大した怪物が出てくるんだろう、そんな相手に彼女達は女の子一人で挑もうとしてるなんてこの異世界はどうかしてるぜ……。


彼女に掴まれたまま、俺は宙に浮かびながら辺りを見回していると意外な事に中には魔物という魔物が一体も潜んではいなかった。外にあんなでかい蜂がいたんだから、普通洞窟にも潜んでるものだと思ったのだが。


「彼女がほとんど倒したんだろうね」

「へっ!?」

「ここはまだ人間が牛耳ってる領土テリトリーだからね、いくら魔物アディポサイト達が弱いんだとしてもここまで一掃できる腕は相当なもので間違いないと思うよ、この周辺をうろついてるって事はテトラかバグーン辺りかな」

「お前テトラ知ってんのか」

「え!? 君フリードリヒ・テトラの友達なの?」

「友達じゃないけどさっき会ったってとこだ、聞きたい事があるから彼女の足跡を追ったらここに着いちまってな」


 会話は走りながら喋っているので声が届くのは一瞬であり、少し経つと風と共に消えてゆくばかりだ、俺の話を聞けるくらい冷静なら今すぐその手を放して宙から下して欲しいのだが。


「っていう事はここには魔剣士のテトラが来てるって事なのか、だったら話は早いかも!」


ようやく彼女は足を止め、何とか地面に降りる事ができた。

自慢じゃないが俺は生まれてこの方乗り物酔いした事が無いのだ、まあどんな乗り物よりも彼女の引きずり回しの方がきつかったが。

半分呆れながら立ち尽くしていると彼女は一呼吸し、手の平を突き出すようにし目を瞑る。

俺が日本人だから相撲のつっぱりポーズで異世界におもてなしって訳じゃあるまいな、それにしてもまだ手は放してくれないようだ、なんだか逮捕されている気分である。


「辿る先は汝の元であり・帰り着く先もまた然り・我を導け! サーチ対象、スクワッドソルジャーのテトラ!」


 彼女が呪文のような長ったらしい言葉を呟いたと思うと、手の平に出てきた円が次第に膨れ上がり、彼女と俺を包み込み辺りの景色は一変する。キョロキョロと辺りを見回している俺と一点にしか集中していない彼女の姿は全くの別物で、彼女が見るその先にはテトラの姿が映っていた。


「あ! テトッ……!」

「ッシ……!」


 口を手の平で覆われた後岩陰に連れられ、人差し指を立てて声を押し殺していた彼女だったが、テトラのその先で戦っているのは今まで見たことの無いような怪物。空想上の生き物を目の当たりにして腰が抜けそうだ、その鋭利な角は歪にも一曲がりし、彼女に放つ黒炎は全くもって間を開けずに四方八方にへと放たれていた。

 50mプールがあれくらいの長さだったから体長はそれと同等といった処か、万が一指先一本でも触れようものなら体力3しかない俺は即死だろうな。


「苦戦してるようだね!」

「あっ……バカッ!」


あれだけ黙っていろと言ったにも関わらず出て行った女だったが、どうやら親切にも俺を隠してくれるための配慮だったそうだ。さっきは酷い事をする女だとうっかり思ってしまったが根は優しい奴なんだな、その生き様を高見から見てやろうじゃないか。


「貴様は……!?」

「初対面相手に貴様なんて言葉遣い酷くないかい? まあ、君は休んでこいつを片付けるのは僕に任せてよ」

「ぐっ……誰だか知らないけど仕方がないみたいね、でも援護の方をお願い」


 あの少女の言う通りテトラの身体は俺と会った時とは打って変わりボロボロの姿だった。

そりゃあどんだけ腕にあるかは知らんがあれに一人で勝とうと思う事自体がどう考えてもおかしいのだ、あれは人間が近接で戦える範疇を遥かに超えている。アメリカとかなら核兵器とかで軽くやつけるだろうしそういう連中に任せるべきと思うぞ。


「その身体で本当に大丈夫かい? 君もあの子の後ろで休んでいなよ、僕が後で治癒ヒーリングしてあげるからさ」

「あの子……」


 彼女が指を指した方向は紛れもない俺がいる場所だった、もし黒龍にこの位置がバレたら即死だから余計な事をするなと思ったが、黒龍の目線は立った今あの少女に一途である、良かった……。


「番丁君もここに来ていたのね、黒龍相手に物怖じしないなんてあの子とても勇敢だわ」

「そうかね、ただの調子乗りかもですよ……」


 しかしの黒龍に挑むあの眼差しを見ていればテトラの言う通りあの子は案外強い女の子なのかもしれない。全てはあの自信気な表情が俺達二人に安心感を与えていた。


「ふう……」


 一呼吸置いた後に目を瞑る、これはさっき魔法を唱えた時と全く同じものだ、これが彼女のルーティンみたいなものなのだろう。


「邪心に眠る覇者なる英知よ・汝の力を……ぐはっ!!!」


 ええ……そりゃあそうですわな、そんな長ったらしい呪文を唱えていたら魔物だって特撮ヒーローの変身みたいに待ってくれませんよ。

あの自信はなんだったのかというくらいの速さで、黒龍の黒炎によって彼女は吹き飛ばされたが、死んでは無いみたいだ、それどころかあのボロボロの身体で彼女は立ち上がったのだった。


「はあ…はあ…まずいな…詠唱は他に前線で戦ってくれる人がいてこそ放てるもんなんだけど」


 お前よくそれで魔法使いになれたな、しかも最前線に真っ先に立った奴がそれを言うとはな。


「はあはあ……甘く見ていたわ、このままだと全滅よ」

「彼女には悪いけど逃げるか? 俺達の居場所はとっくにあのドラゴンにばれてるはずなんだ」

「そうもいかないわよ、私は誰も死なせるわけにはいかないもの……番丁君、無関係なあなたを巻き込もうとするのはとても心苦しい処なんだけど一つだけ、私の頼みを聞いてくれないかしら?」

「頼み?」


 彼女はとくに誰に聞かれる訳でもないのに耳打ちをするように小声で提案を伝えた。

どうやらマスクを取って俺の威圧値を利用してあの黒龍を怯えさせろと言ってるみたいだ、確かに延々と心苦しく思ってて欲しい提案だよね……。


「ほいっ!」

「あー! 俺の仮面返して!!!」


 彼女に咄嗟に取られたマスクに反応してしまいついつい大声をあげてしまった。

 そんな声を案の定黒龍が見逃す訳も無く目と目が合ってしまう、生前で俺以外にドラゴンと眼が合った人間なんて絶対いないだろう、一生の思い出だよな。

番丁はこの時死ぬんじゃないかと思った。

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