地下



 「そろそろ地上に出たらどうだ」と、木根さんに急かされた。今まで周囲の者に言われてもずっと聞き流していたことを、ついに恩師である木根さんにまで言われてしまうとは…。俺はもうどうすればいいんだ…。


 俺達が暮らすこの地下世界には、両親を失った者や、地上で生きる力のない者達が集まって、暮らしている。俺もその中の一人。両親を失い、生きる目的もわからなかった俺達を、木根さんは快く受け入れ、ここまで育て上げてくれた。

 木根さんはここら一帯の地域を治める長らしく、身も心も寛大なお方だ。食糧に困っている時でも、木根さんは水や食料を分けてくれる。まさに、聖人という言葉が似あうお方だ。


 今まで何不自由なく、充実した地下生活を送ってきたわけだが、この地下世界にはいくらかの制約があるらしく、まず、滞在できるのは7年間までということ。7年以上ここで滞在したら、自立して地上にでていかなければいけないのだ。

 つまり、俺は今年で7年滞在していることになる。本来なら地上に出ていかなければいけない時期なのだ。同期の者達も、まだ見ぬ地上に憧れて、すぐに飛び出していってしまった。もう、残っているのは俺だけだ。


 何故俺が、ここまで地上に出ることを拒んでいるかと言うと、それにはちゃんとした理由がある。もう一つの制約で、地上に出た者は、1週間の間に恋人を作り、一人前になった証として、その恋人と一緒に戻ってこいというのだ。それだけでも無茶な話だというのに、その制約を果たせなかった者は徐々に体が衰え始め、無残に死んでしまうというのだ。恐らく、俺達がここで目を覚ますから、そういう時間差で発症させるウィルスでも仕組まれていたのだろう。こんなの、制約というか、ルールというか、最早呪いに近い。



 悩んでる俺に、木根さんが言ってきた。地下に7年以上いると、制約を果たしたことにはならないから、どの道死んでしまうと。はぁ…全く、そういうのはもっと早く言ってくれ。俺の命、もう後がないのか。あぁ…こんなことになるなら、安全で充実した暮らしが送れていた7年間の地下生活で、もっと時間を大切にして生きていくべきだった。まあ、今更悔やんでも仕方ない。もう残された道は一つだけだ。

 どの道死んでしまう運命にあるなら、やるだけやって大往生を遂げた方がマシだ!そして俺は、地上へと飛び出した。


 初めて見る空、初めて吸う空気、初めて浴びる太陽の光。俺は、初めて、生きているということを実感した。今ならいける、今の俺なら、1週間で恋人だって作ってみせる!



 7年間を地中で過ごし、地上に出てきたからの1週間は、恋人を求め必死に叫び続ける。夏の風物詩とも呼ばれた彼の名を、蝉という。

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