脱走


 「僕たち、ここから脱走しない?」


ある日、俺の頭の中にそんな言葉が届いた。 友人のヒロからだ。


 コンピューター端末のウェアラブル化(端末を携帯するのではなく、身に着ける形への変化)が急速に進み、ついにコンピューターが人間の神経とつなげられるようになったのは、もう何十年か前のことだ。

 発表当初は賛否両論が激しかったが、今では、かつてテレパシーと言われた脳内でのコミュニケーションが可能になったほど一般的に活用されている。


 「どうしたんだ、急に」

疲れていた俺は、簡単な言葉でヒロに返事をした。


「もう、こんなところで退屈な日々を送るのは嫌なんだ。 自由もきかないし、たまにやってくるあいつらはまともに話も聞いてくれない」


 このテレパシー機能で会話をする相手は、少人数かつ信頼できる相手に限られている。

何故なら、複数の相手から連絡があるとさすがに人間の頭もショートしてしまうからだ。

 大抵の人間は親族や親友から登録していき、すぐに満員になってしまうが、数年前事故で家族を失ってから人間不信になってしまったヒロは、かつてルームメイトで仲も良かった俺しか登録していないらしい。

まあ、他人のその機能を覗くことはできないので、絶対にとは言い切れないのだが。


 「俺も、この理不尽な世の中で暮らすのは飽き飽きしてた所だ。 その脱走とやら、俺も手伝わせてもらうよ」

「本当!? ありがとう、良かったよ。 僕をここから解放できるのは、もう君しかいなかったから...」


 ヒロの言う通り、彼一人ではあの状況を脱することはできない。 彼が自由になるには、同意を得た協力者が必要になる。 つまり、俺がその協力者になったわけだ。 かといって、俺一人で脱走するのもかなり危険を伴う。 俺にとっても、彼の協力が必要と言えた。


 「じゃあ、詳しいことはまた明日。 今日は君も疲れてるだろうから、おやすみ」

「ああ、おやすみ」


決して他の人間には話せない内容を、何気ない日常の会話のように終えた俺たちは、そう言って眠りについた。



 翌日、その日の仕事を終えた頃に、再びヒロから連絡があった。

「やあ、とりあえず、これが君が脱走するための物がある場所だよ」


 その言葉の後に、彼が閉じ込められている場所の地図と、俺の脱走経路を示すイメージが送られてきた。

 テレパシー機能では、その人が見たものや想像したもののイメージを送ることもできる。

普通は本人が送りたいものを見ながらイメージして送るのだが、想像力も記憶力も良いヒロは、その場所の地図をもとに鮮明な脱走経路のイメージまで送ってきてくれた。


 「でも、お前自身の脱走経路は、もう考えてあるのか?」

「大丈夫、僕の脱走は、何も使わなくても君がいれば成功するから」


 その後、当日の俺の行動やその日時など、さらに詳しい計画を話し合った。

計画をたてている時は、まるで秘密基地で作戦をたてる子供のように、楽しく感じた。



 決行の日、俺はヒロに言われた通りの日時に施設内に侵入した。


 「そこを右...左...。 今なら例の部屋も開いてる、中から盗み出すなら今しかないよ」


 ヒロの的確な指示の元、俺は誰にも怪しまれずにその部屋から脱走に必要なものを盗むことに成功した。


「やったぞヒロ! それにしても、どうしてあんなに完璧な指示がだせたんだ?」

「ここに閉じ込められる前から、ある程度施設内のことは把握しといたからね。 それに、人と話さない分、周りの人の会話や行動はよく観察してたんだよ」


素直に褒められることでもないが、こいつが凄いやつだということは確かだった。


 「これで、君の脱走の準備は整った。 後は、僕と君の脱走の実行だけど、殆ど君の動き次第だよ。 ごめんね、君ばかりに無理をさせて...」

「いいよそんなの。 これが成功すれば俺たちは自由になれるんだ。 どうってことないって」


 そう、これが成功すれば俺の望みもヒロの望みも叶い、自由になれる。

そのためなら、大抵の苦労も惜しまない。 といっても、今のところは特に難もなくきているので、大した苦労はないのだが。



 俺は、週末には必ずヒロに会いに行くようにしている。 丁度今は週末。

俺がヒロの近くにいても不自然に見えることはそうそうないだろう。


 「それじゃあ、後は深夜になるまで施設内で待っていて。 くれぐれも、不自然に見えないようにね」


ヒロの指示と忠告を聞き、俺は決行の時まで待つことにした。



 「そろそろ、時間だよ」


テレパシー機能をONにしたまま仮眠をとっていた俺は、彼のその声で目覚めた。


 椅子から立ち上がり、機械に囲まれて命を拘束されたようなヒロの寝顔を見る。


「そんなに哀れんだ顔しないでよ。 さあ、早く...」

頭にテレパシーの声が届いても、ヒロが動くことはない。


 『僕を解放できるのは、君しかいないから-』


「またな」


テレパシーではなく、自分の口でそう呟くと、彼の命を縛り付けていた生命維持装置を、停止させる。

そして再び椅子に座ると、彼の指示で盗み出した脱走の切符を飲み込んだ。



 俺たちは今日、完全な自由を手に入れた-



 消灯した病室で脱走に成功した二人は、とても幸せそうに眠っていた。

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