終末の夜明け


明日、地球が滅亡する。その言葉が世界に届き渡り、世界が混沌の渦に陥るのは、そう時間はかからなかった。


 最初の内は皆、デマや工作だと鼻で笑ったが、大国の大統領が直々に、全世界への演説を行ってからは、誰もが言葉を失った。


 地球に巨大隕石が接近している。それは、1カ月程前からニュースで騒がれていたことだった。しかし、予言で地球が滅亡するとか、隕石接近とか、そんなことは前々から何度も話されていて、結局いつも、どうにかなっていたのだ。だから皆、今回も大丈夫だろう。きっと大国がなんとかしてくれる。と、いつものように笑って過ごしていた。でも、違ったんだ。


 『我々は全力を尽くしました。しかし、残念ながら隕石を食い止めることはできなかった。三日後、隕石は地球に衝突します。残された時間をどう過ごすか…最期をどう過ごすかは、皆さんの自由です。私は、これまで生きていられたこと、大統領になれたことに感謝しています。もう充分です。思い残すことはない。私から言えることは、もう何もありません』


悲しそうに、悔しそうに話す大統領の声は、言葉がわからなくてもその感情が伝わってきて、とても真実味があった。これが現実だ。これが本当に最後。本当に、地球滅亡の日がやってきたんだと、誰もが実感した。



 そして今日は、地球最後の日。今更こんなことを思ってもどうようもないが、本当に…つまらない人生だった。平凡な容姿、平凡な能力を持ち、平凡な会社で同じような日々を繰り返してきた。何の思い出もない。


 最後の時間をどう過ごすかと考えた時、大抵の人は、大切な人と一緒に過ごすことを思い浮かべるだろうが、俺にはそんな人はいなかった。両親は既に他界し、彼女なんて当然いない独り身。友人と過ごそうかとも思って誘いはしたが、どうやら彼らには、それぞれ俺より大事な人がいるらしい。相手も少し申し訳なさそうだったが、俺もそっちを優先してもらった。こんな平凡でつまらない男と過ごすよりは、よっぽどマシだろう。そうして最後の時間の過ごし方を探して二日。ついには最後のこのときまで、独りになってしまった。昼間、淋しさを紛らわそうかと散歩に出かけてみたが、外の様子は酷いものだった。全裸で走り回る若者、祈りを捧げる老人、予言者や救世主を名乗り演説する狂人。見てる内にだんだん気分が悪くなって、人気の無い場所へ逃げた。すると今度は、心の枷がはずれて殺人を犯す者や、口に出せないような淫行に及ぶ者たちがいた。その中に、ただのヤクザや不良ではなく、ごく普通の格好をした一般人まで混ざっているのが、世界の終末を物語っている。見てられなくなった俺は、すぐに自宅である寂れたアパートへと戻った。


 はぁ…。溜息をついて夕日を眺める。ここまで哀愁が漂う瞬間はそうそうない。いや、もうこないんだ。夕日を前に黄昏ながら、少年期の淡い思い出でも振り返ろうかと思ったが、何故か全然具体的な情景が浮かんでこない。まさか俺は、子供の頃からこんなつまらない日々を送っていたのだろうか。…だから、いくら思い出そうとしても、頭の中は灰色の霧に包まれたままなのだろうか。

 夕日に照らされて夢うつつになっているところで、再び狂った騒がしさで目が覚める。どうやら、どうやら、終末の毒気が俺の近所にまで及んできたようだ。部屋に戻り、カーテンを閉める。


 何か面白い番組でもないかと、いつもの習慣でテレビをつけたが、当然何の番組もやっていなかった。映るのは真っ黒な画面か、よくわからない同じCMだけ。呆れてその場に横たわる。さて、どうしようか。本当に、何もやることが思いつかない。いや…まだ俺にはやり残したことがあるはずだ。まだ俺は、何も成し遂げていない。仲の良い友人と、必死にお金を貯めて、旅行でもしてみたかった。恋人と時間を共にして、愛を感じたかった。手に入れた車で海まで走って、水平線に夕日が沈むのを、見てみたかった。あぁ…こんなことなら、ペットでも飼っていればよかった。犬を抱きしめて、命の温もりを感じながらこの部屋で最後を迎えるのも、悪くないと思った。しかし、もう一つの命を買う余裕なんて俺にはなかった。

いろいろと考えている内に、目に涙が滲んでくる。いけない。もう最後なんだ。独りで泣きながら死ぬなんて空しいことは絶対に避けるべきだ。

 そうだ。ここからいくら足掻いたって、もうどうにもならないんだ。いつものように過ごそう。休日を過ごすように、ゆったりと。無駄な感傷に浸って焦ったり悔んだりするより、そのほうが、俺らしい最後の過ごし方でいいじゃないか。

温かいココアを作り、何も映らないテレビをつける。何も放送されていなくても、録画していた番組は映るだろう。懐かしいアニメ、笑ったバラエティ、まだ見ていない映画。目につくものを再生し、穏やかな時間を過ごした。



 気付くともう夜だった。寝る前に、夜空でも…いや、止めて置こう。カーテンを開けて、また混沌とした景色が目に入ったりしたら、せっかくのムードが台無しだ。


 テレビを消し、布団を敷いて、また明日があるかのように、床に就く。もう明日なんてこないのに、いつも一日を終えるのと同じように。電気を消した部屋で独り、目を閉じた。



 真夏のような暑さで、目を覚ます。

当たり前のこと過ぎて、それが異常な事態だと気付くのに、少し時間がかかった。寝ぼけていた俺は、目を擦り、台所で顔を洗おうと起き上がったところで、目に飛び込んできた光景に息を呑んだ。マグマの如く真っ赤に染まった灼熱の大地。巻き上がった粉塵と熱気に覆われる赤黒い空。ここは本当に、俺が元居た地球なのか。いや、そんなことよりも異常な事態が身近に起きているじゃないか。何故俺は生きている?前を見るだけでわかる。この地で生命が生き延びることなどありえない。例え隕石の落下地点から大幅にずれた場所にいようとも、衝突時に溶けた岩石が全てを焼き尽くす蒸気となって溢れ出し、一日にして地球上の命を根絶やしにするはずだ。なのに俺は、死んでいないどころか、火傷一つ負っていない。

 どういうことだ…わけがわからない。もしかして、俺のように奇跡的に生き残った人間が他にも存在するのか?いや、この景色を見ると、とてもそんな奇跡は考えられない。もしそうだとしても、この灼熱の大地を歩き、他の生存者を探しに行く気など到底起こらない。


 俺は…本当に孤独になってしまった。滅亡した世界でたった一人。助けなどこない。助けられる命もない。希望の光も、この先生きていく自信もない。現実を受け止めきれなくなった俺は、その場に蹲った。



 「おい。何してんだ。ほら、こんな危なっかしいとこいないで、さっさと星に帰るぞ」


聞きなれない声に肩を叩かれ、顔を上げる。そこには、人に似て人ならざる者が立っていた。


 青白い肌。縫い目のないピシッとしたスーツのような衣服。白目のない黒い眼球。綺麗な銀白の髪。明らかに人ではないが、この地球上の知識で例えるなら、最も人間が近い。そんなところだ。まさか、こいつ宇宙人ってやつか?こんな状態の地球であんなに余裕かましてるんだから、少なくとも人間でないことは確かだろう。


「お前…誰だ?もしかして、宇宙人か?」


「あ?何言って…あ、そうか…記憶も改竄されてたんだったか。可哀想に…。星に帰ったら、すぐに記憶を戻してやるからな!」


「え?記憶?星?さっきから一体何のことを言ってるんだ」


「あぁ…まあ、星までちょっとあるし、せっかくだから、話しとくか」


男は俺に背を向けると、手首についた機械のような物をいじり出した。すると、今まで何もなかったはずのところから、景色が歪み、UFOと思われる物体が現れた。凄い…これが映画なんかでよく見る光学迷彩ってやつか…。


 男がUFOのドアを開け、中に入るように俺に促すと、そのまま混乱している俺に説明を始めた。


「まず先に言っておくが、お前は人間じゃない。俺達と同じ、別の星に住んでいた者だ」


「えっ!?お前だけじゃなくて、俺も宇宙人だってのか!?で、でも…俺の姿はどう見たって人間だし、人間として生きてきた記憶がある」


「…まあ、混乱するだろうが、順を追って話していこう。お前は、俺達の星にある元いた国で、革命を起こすべく立ち上がった先導者だったんだ」


「え…?この俺が?」


「そう。革命運動のリーダーとして、常に前線にいたお前は、敵に確保され、『星流しの刑』に処された」


「星流しの刑?何だそりゃ。島流しを惑星規模でやったみたいなもんか?」


「まあ、そんなところだ。捕らえられたお前は、記憶を改竄され、姿も人間と同じにされた後、この星の住民として、約三十年過ごすという罰を与えられた。でも、隕石が衝突して星が滅んじまったんじゃ、もうどうしようもない。こうして、お前の友人であり、戦友だった俺が、助けにきたわけだ」


なるほど…俺の少年期の記憶が曖昧だったのは、元々この星の住民じゃなかったからか。


「でも、安心してくれ。お前がいなくなった後も、俺が後を継ぎ、皆を導いた。そして見事、国民を弾圧していた支配者とその部下共を追い詰め、お前と同じように星流しの刑にしてやったよ。人数が多すぎて、記憶の改竄とかは、不十分になっちまったけどな。でも、奴らは無期懲役。どっちにしろ、永遠に星に帰ってこれねぇよ」


「そう…なのか…」


記憶のない俺には、その支配者達に憎しみや怒りを覚えることはないが、ただ、この状態の地球に取り残されるのは、とても気の毒だと思った。 


 「じゃ、出発するぞー。あ、ついでに、上空から滅亡した地球でも眺めながら飛びたいから、大気圏出るまではゆっくり飛んでみっか」


「そうだな。確かに、刑罰としてこの星にいたとしても、少し名残惜しさを感じるし」



 男が言った通り、UFOは普通の飛行機より少し遅いぐらいの速度で飛び立った。


 この星とも、もうおさらばか…何だかんだ言って、何気ないあの日常が、地球での俺の大切な思い出だったのかもな…。


 地球での思い出に浸りながら窓の外を眺めていた時、俺は見てしまった…。こちらに向かって助けを乞うように手を振る生存者達を。それは、紛れもない、かつて全世界へ演説を行っていた大国の大統領と、その部下達ではないか。

 そうか。彼らもまた、俺と同じように星流しにあい、この地球で生きていたのか。彼らが俺の故郷でどんな悪事を働いたかのかを、俺は知らない。ただ、彼らは少なくともこの星では、国を、人類を、星を守るために尽力していた。


 俺の後を継いで革命を成功させてくれたという友人は、後ろでUFOの操縦をしているが、あいつらを助けてやってくれなんて、とても言えっこない。


 俺にできるにはただ、彼らに救いがあることを、願うだけ。

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