第6話脱出②

○南阿蘇村・長陽庁舎・駐車場(朝)

   赤いブロック壁の庁舎前は人でごった返している。

   5,60台は停めることのできる広さの駐車場はほぼ満車である。

   メンバーのバンが徐行しながら駐車場へと入っていく。

   ×  ×  ×

   フロントガラスからの光景。

   行き交う人々はセーターやカーディガンを着込んだ一般人から、

   スーツを着た役所の人間。消防服を着た者まで様々。

   ×  ×  ×

   バンは駐車場の空きスペースに停める。


○車内(朝)

   マサが降りようとドアを開ける。

マサ「それじゃあ俺、聞いてくるから」

ヨーヘイ「あ、僕も行きます」

   ヨーヘイも腰を浮かす。

マサ「1人で大丈夫やで」

ヨーヘイ「いぇ、この辺りは勝手知りたる土地なんで」

マサ「そう……?」

   2人は車外に出る。

チョー「私も行くぞっ!」

   チョーも車から出る。

   残りのメンバーは大人しく車内に残ったまま。

   マンキーはダルそうに座席に深くもたれている。


○南阿蘇村・長陽庁舎・玄関前(朝)

   ヨーヘイ、マサが玄関へと向かって歩いていく。

  (チョーは辺りの様子を窺いにどこかへ行ってしまった)

   スーツ姿の男らが消防団の男らが何やら熱く口論している。

   庁舎の傍らには小型の散水車が数台並んでいる。

マサ「入っていいんかな? 俺らみたいな外の人間が……」

ヨーヘイ「でも、道聞かないとどうにもなんないでしょう?」

   ヨーヘイがさっさと入っていく。マサがついていく。


○同・一階ロビー(朝)

   玄関をくぐるとすぐに待合室と手続きカウンターが見えてきた。

   手続きカウンターは建物の奥まで延々と20m程続いている。

   手続きカウンターの向かいにはパーテーションが立てかけられている。

   パーテーションとカウンターの間は人がすれ違って肩が触れ合ってしまう程の

   広さしかない。カウンターの上には段ボールが4,5段積み上げらえた壁が、

   ほんのわずかな小窓のような隙間がチラホラ空けて積み上げられている。

   カウンター前の通路を事務員の女性やスーツ姿の男や住民が忙しく行き交う。

   ヨーヘイが人波を縫うように通路の奥へと入っていく。マサが不安そうな表情

   でついていく。

   段ボールの壁の隙間から内部の様子がうかがえる。やはり消防団員と役所の人

   間とがなにやら熱く討論をしている。

   ヨーヘイ、隙間から顔を覗かせる。

ヨーヘイ「すいませ~ん!」

マサ「(小声)おぃ、いいんか?」

   反応がない。辺りの喧噪がけたたましい。

ヨーヘイ「すいませ~~~ん‼」

声「はい⁈」

   と、事務員の女性が出てくる。

事務員の女性「どうされましたか?」

   マサ、ヨーヘイを見る。

ヨーヘイ「僕達、昨日、大阪から観光に来てたんですけど、どちらに行けば阿蘇から

 出れそうですか?」

事務員の女性「あらら、それは残念ね、こんな時に来ちゃって……でもね、ごめん

 ね。役場でも、まだ道路とか被災した状況とかを、集めてるとこなんよー」

ヨーヘイ「そうですか……」

事務員の女性「でも、今分かっていることは、そこのボードの地図に随時書き込んで

 いるから、それを見て何か分かればいいんだけど、よかったら参考になさい」

   と、通路入口前のホワイトボードを指差す。

ヨーヘイ「そうですか、分かりました!」

マサ「ありがとうございます!」

   と、2人は会釈し踵を返す。

事務員の女性「ごめんね~、また大丈夫な時に、また来てね~」

   と、女性は手を振り、内部へと消えていく。

   ×  ×  ×

   ヨーヘイとマサは通路入口前のホワイトボードの前に佇む。

   南阿蘇村の白地図に、赤、黄、青などの色付きシールが無数に張られている。

   ところどころ赤い矢印と走り書きが書かれている。

   ヨーヘイとマサ、腕を組んで考え込んでいる。

ヨーヘイ「さっぱり分かんないっすね」

マサ「ほんまやな……」

ヨーヘイ「やっぱ人に聞いた方が早いっすね」

   ヨーヘイ、辺りをキョロキョロしだす。不安そうな表情のマサ。

   ヨーヘイの目の前をスーツ姿の役場の中年男性が通りかかる。

ヨーヘイ「すいませ~ん、ちょっとお伺いしていいですか~?」

   と、あざとく笑顔を作り、腰をかがめて役場の男性に声をかける。

   マサ、目を丸くして見ている。

役場の男性A「はい、どうされました?」

   役場の男性の顔面は太っていないのに汗と油で光っている。

ヨーヘイ「僕達、大阪から来た旅行者でして……非常時ですし、早めに阿蘇から出た

 方がいいと思いまして……通れそうな道とか、ご存知じゃないですか?」

役場の男性A「おぉ、それはお気の毒でした……でも私達も被災の状況を把握してい

 るところですし……困ったなぁ……」

マサ「(小声で)ヨーヘイ、邪魔したらあかんて」

   とヨーヘイのコートの袖を引く。ヨーヘイ、無視する。

ヨーヘイ「普段阿蘇から出る道って、どことどこにあるんですかね? 僕達、そんな

 ことも知らなくって」

役場の男性A「そうですか。私たちが普段使うのは3本しかなくって、西に出る阿蘇

 大橋と、阿蘇をぐるっと回る国道265号線で北に向かうのと、東の宮崎方面に向か

 う国道325号線です」

ヨーヘイ「宮崎って、高千穂の方面ですか?」

役場の男性A「はい、よくご存じで」

ヨーヘイ「はい、半年ほど前にそこまで車で行ったんです。あの道ですね?」

役場の男性A「そうなんですね。それはありがとうございした」

   マサ、ヨーヘイのコート袖をそっと放す。

役場の男性A「でも、あの道もまだ安全が確認できたわけではないので、交通規制が

 かかっていると思います」

ヨーヘイ「わかります。すごい陸橋が沢山かかってましたもんね」

役場の男性A「はい、よく確認しないと、大橋みたいに崩れたらいけないですから」

ヨーヘイ「なら、北へ向かう道ですか?」

役場の男性A「そうですねぇ~……」

   と、顎に指を当てて思案する。

村人の男性A「兄ちゃん、今、北の道は混雑で動かんで!」

   と、村人の男性Aが話に入ってきた。農作業着を着た高齢の男性だ。

ヨーヘイ「本当ですか⁈」

村人の男性A「おぅ、みんな阿蘇から出ようとして、詰まってもうてる」

ヨーヘイ「瀬の本、九重、大分県方面に抜ける道ですよね? 僕らもそこから来まし

 た」

村人の男性A「抜けるまで何時間かかるか分からんぞ? しかもみんな道が通れるか

 分からんまま殺到してるさかいに、後で交通規制がかかるかも分からん!」

ヨーヘイ「それはキッツイっすねぇ~」

   と、緊張感なく笑いながら応える。

ヨーヘイ「じゃあ出られないってことっすね? もう一泊して、落ち着いてから出た

 方がいいっすか?」

   マサ、ギョッとしてヨーヘイを見る。

役場の男性A「いや、ここに留まらない方がいいですよ」

村人の男性A「そうや、余震もあるし、食料も水も足りてないしな」

ヨーヘイ「そうっすよね。僕も昨日の晩、車で寝ましたけど、寒かったし、サイレン

 うるさかったし、歯も磨けてないし、出来れば早く帰りたいです」

役場の男性A「そうでしょうね……」

村人の男性A「それなら、この道はどうや?」

   と、白地図の中央右側を指差す。

   それは主要道から外れた阿蘇を取り囲む東側の山脈。

村人の男性A「ここに林業に使う山道があんねや。細いし、車一台ギリギリ通れるぐ

 らいの幅で、しかも道がいくつも分かれてるけど、上手くいけば、大分方面に抜け

 ることが出来る!」

ヨーヘイ「ちょっと待ってくださいね……」

   と、スマホの地図アプリを開く。

ヨーヘイ「そうか、竹田方面に抜けるわけですね⁈」

村人の男性A「知ってるんか⁈」

ヨーヘイ「半年前に旅行した時、高千穂の前に竹田の温泉に寄りました」

村人の男性A「あぁ、あの炭酸の温泉かいな?」

ヨーヘイ「はい、『ソーダの湯』ってとこです。日本で一番炭酸濃度の濃い天然温泉

 なんすよ」

   と、急にマサの方を振り向く。

マサ「そ、そうなんや……」

   と、戸惑いながら応える。

ヨーヘイ「じゃあ、この道通って竹田に抜ければいいわけですね? 地図見ながらな

 らなんとかいけそうです」

   と、スマホの地図アプリの画面を掲げる。

村人の男性A「待ちぃ。そこも地震で崩れてるかもわからんで?」

ヨーヘイ「え、現地まで行かないと分かんないんですか?」

村人の男性A「そうやろうな」

ヨーヘイ「そんな、Uターンできない所で行き止まりで立ち往生はキツイっすよ~」

   と、ヘラヘラ笑って応える。

役場の男性A「それでしたら、途中、他の役場にも寄られたらいかがですか?」

   と、白地図上を二か所指さす。

役場の男性A「ここから東にあと二か所、久木野と白水という所に南阿蘇の庁舎があ

 ります。そこで被災状況を聞きながら、通れそうなら通ってみるというのは?」

ヨーヘイ「そうですね、そうします。もし主要道が開通しているようなら、そちらの

 方を使うようにした方がいいでしょうしね」

役場の男性A「その方がいいですね。山道は元々荒れてますし、どうなっているか情

 報が入ってこないんで、分からないですから」

ヨーヘイ「分かりました! そうすることにします。御足止めしてしまって、申し

 訳ありませんでした!」

役場の男性A「また何か分からないことがお電話ください。皆さんが無事お帰りな

 るようお祈りしています」

ヨーヘイ「はい、何か分かったら情報提供しますね。そこにシール貼ってください」

   と、笑顔で白地図を指さす。

役場の男性A「ははは、期待してます。道中お気をつけて」

ヨーヘイ「はい、皆さんもお気をつけて。一日も早い復興を祈ってます」

   と、頭を下げる。マサも後につられて頭を下げる。役場の男性Aは手を振り外

   へと出ていく。

ヨーヘイ「おじさんも、大変助かりました。ありがとうございました」

村人の男性A「おぉ、ええで。困ったときはお互いさまや」

ヨーヘイ「僕ら何も出来ないのが歯がゆいですけどねぇ~。ところでおじさん、しゃ

 べり方が大阪っぽいですよね? 関西の方なんですか?」

村人の男性A「いや。でも若い頃、大阪で働いてたこともあったんや」

ヨーヘイ「へぇ~、それで今、農業を?」

村人の男性A「そうや」

ヨーヘイ「人生色々ですねぇ~」

   と、村人の男性Aと笑いあう。

村人の男性A「大阪はえぇとこやな。はよ帰って家族安心させたり」

ヨーヘイ「ありがとうございます。でも、僕実家は滋賀なんで」

村人の男性A「そうなんか? まぁ、阿蘇来てると知ってたら心配してるやろ?」

ヨーヘイ「別に旅行ぐらいで連絡してないんで、阿蘇無事抜けてから連絡します」

村人の男性A「それがええやろな」

ヨーヘイ「それじゃ、お気遣いありがとうございました! そろそろ行きますね」

村人の男性A「おぅ、気をつけていけよ!」

   と、お互い手を挙げて別れる。


○同・玄関前(朝)

   玄関から出てくるヨーヘイとマサ。

   スマホの画面を眺めているヨーヘイ。

ヨーヘイ「そういえば、ケータイはまだ電波繋がんないっすね」

   と、スマホをポケットに仕舞う。

マサ「ヨーヘイ、お前、すごいな」

ヨーヘイ「神経の太さがっすか?」

   と仏頂面で応える。何も答えないマサ。

   二人がバンに着く。


○車内(朝)

   すでにチョーを含め全員座席に着いている。

ヨーヘイ「っていうことで、これから役場に寄って、状況を窺いながら行くことにな

 ったから。それでいいっすか?」

   皆が口々に「賛成」と呟く。

ヨーヘイ「それじゃあ、行きましょっか」

   と、ヨーヘイがエンジンをかける。

チョー「おぃ、ヨーヘイ。よかったら運転変わって」

   ヨーヘイ、振り向く。

ヨーヘイ「え、大丈夫?」

チョー「おー、休憩したし、大丈夫! 私、運転したい!」

ヨーヘイ「危ないで? 何があるか分からんし」

チョー「大丈夫、気をつけて運転する」

ヨーヘイ「そこまで言うんなら……どうっすかね?」

   と、助手席のマサに尋ねる。

マサ「いいんちゃう? 一昨日は一日運転してたんやし」

チョー「さすがマサ、話が分かる!」

   と、チョーがバンを降りる。

ヨーヘイ「まぁ、そう言うんなら……」

   と、エンジンを切らずに運転席を下りる。

   チョーが運転席に着く。

   ヨーヘイ、助手席の窓を叩く。

   マサが窓を開ける。

ヨーヘイ「僕、ナビしたいんで、助手席でもいいっすか?」

マサ「おぉ、任せるわ」

   と、マサが元チョーの席に、ヨーヘイが助手席に座る。

チョー「それじゃあ、出発やぁ~!」

   と、バンを発進させる。


○南阿蘇村長陽庁舎駐車場(朝)

   バンがゆっくりと駐車場を進む。

マサの声「安全運転でな~」

マンキーの声「人轢くなよ!」

リディーの声「チョー、ちょー安全に!」

チョーの声「お前ら、ふざけんな!」

   バンがゆっくりと駐車場を出ていく。


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