第5話脱出①

○車内(朝)

   ヨーヘイ(28・男・日本人)が目を覚ます。

ヨーヘイ「さっむ……」

   身震いする肩を抱き締めながら車内を見渡す。

   助手席にマサ(30・男・日本人)、その後ろの列に

   チョー(31・男・香港人)、マンキー(23・男・韓国人)、

   最後列にリディー(25・女・台湾人)、シア(25・女・台湾人)が

   目を瞑って座席にもたれかかっている。

   何人かが呻きながら身をよじり、体を起こす。

ヨーヘイ「あっ、すいません。起こしちゃいました……?」

マサ「いや、ちょっと起きてた」

   と、目を擦りながら答える。

   ヨーヘイ、微笑む。


○ゲストハウス『リトルアジア』前(朝)

   メンバーの乗ったバンが三角屋根のペンションの前につける。


○同・フロント(朝)

   メンバーらが玄関をくぐる。靴脱ぎ場(たたき)の脇にカウンターがあり、

   正面には机やカウチ、本棚などの並んだ8畳程の寛ぎスペースがある。

   しかし今は地震の影響で本棚や壁にかかった飾りなどが落ち、ガラスの破片等

   が床一面に散らばっている。

   外履きを履いたままのオーナー夫妻がメンバーらを出迎えている。

オーナー「どうか気をつけてくださいね。どの程度被災しているか、まだ分からない

 ですから」

マサ「いぇ、みなさんもどうか、この先大変でしょうけど……」

オーナー「お気になさらないで……大阪まで無事にお帰りに出来るよう祈ってます」

   メンバー一同、頭を下げる。


○南阿蘇村・国道(朝)

   すでに日は高く、朗らかな陽気に包まれている。

   二車線の農道をバンがゆく。


○車内(朝)

   運転席はヨーヘイ。他、席変わらず。

ヨーヘイ「大変でしょうね、これから」

マサ「せやな……」

ヨーヘイ「とりあえず東でいいんですよね?」

マサ「西へ出る唯一の大橋は、もう落ちてもうたらしいからな」

ヨーヘイ「ニュースやと、そこで1人亡くなったらしいですわ」

チョー「俺らが通った時に起こったらと思うと、ぞっとするわ!」

マサ「あんな立派な橋やったのにな……」

   カーナビが左折を告げる。

ヨーヘイ「おっと」

   と、ハンドルを切る。


○南阿蘇村・集落(朝)

   バンが脇道に入る。集落に入る細い道。

チョーの声「おぃ、こんな細い道、大丈夫かいや~」

ヨーヘイの声「やばいかもな~」

   しばらくバンは走る。


○南阿蘇村・集落の中の橋(朝)

   車が小川にかかる車の幅いっぱいの狭い橋に差しかかる。

   カーナビが(この先、道なりです)と告げる。

シアの声「だいじょうぶ~?」

リディーの声「慎重にね……?」

ヨーヘイの声「とりあえず渡ってみよ」

   バンがゆっくりと橋を渡っていく。

   橋の中央に、横一文字に亀裂が入り、段差が出来ている。

ヨーヘイの声「うわっ!」

   バンは急ブレーキがかかる。


○車内(朝)

   ハンドルにしがみついているヨーヘイ。

ヨーヘイ「びびった~……」

マサ「これ以上は危ないわ、引き返そ」


○南阿蘇村・集落の橋(朝)

   マサがバンの外に出ていて、Uターンの誘導をしている。


○車内(朝)

   マサが乗り込む。

ヨーヘイ「すんません」

マサ「しかたないよ」

ヨーヘイ「カーナビ鵜呑みにして走ったらダメっすね、今回は」

マサ「せやな、慎重にいかんと」

ヨーヘイ「とりあえず、国道ばっか使って行きますね」

   バンは走り出す。


○南阿蘇村・国道(朝)

   車が疾走する。目立った損傷はない。


○車内(朝)

   ハンドルを握るヨーヘイ、前方に目を凝らす。

ヨーヘイ「あ、店がありますよ!」

マンキー「おー、やった~!」

チョー「水が飲めるぞ!」

ヨーヘイ「入ってみましょっか⁈」

マサ「そーしよっか!」


○雑貨店前(朝)

   コンビニのような建前の店舗の正面に駐車スペースがある。

   しかしそこには二台の軽トラックが停まり、その脇に廃棄物が山のように積み

   重ねられている。

   バンは迂回し、店舗の脇に駐車する。目の前には瓦礫の山ができている。

   メンバー全員、車から降りる。

   ヨーヘイ、マサが瓦礫の山を見つめる。

ヨーヘイ「これ、今回の地震で出来たものでしょうか……?」

マサ「どうやろうな……」

   店舗正面に回り込んでいたチョー、マンキーリディー、シア、店舗の様子を覗

   き込む。店舗には照明が点いていない。

マンキー「これ、やってる?」

   ヨーヘイ、マサも覗き込む。

ヨーヘイ「……ダメちゃうかなぁ~?」


○同・中(朝)

   ガラス戸を押して入る。店舗の中は商品棚が倒れ、ガラス片、瓦礫などで足の

   踏み場もない。

   メンバーがため息をつく。

ヨーヘイ「すいませ~ん、誰かいませんか~⁈」

   店舗の奥に廊下が続いていて、窓から差し込む明かりが見える。

ヨーヘイ「すいませ~ん!」

声「は~い、ちょっと待ってください~」

   店舗の奥から女性の声がかすかに聞こえる。

ヨーヘイ「聞こえた?」

   ヨーヘイが辺りを見回わす。

チョー「聞こえた、聞こえた!」

   奥の廊下から中年の店員風の女性が姿を表す。厚手のエプロンをしている。

店員風の女性「はい、何のご用でしょうか⁈」

   と、店舗の瓦礫をかき分けやってくる。

ヨーヘイ「あの、すいません。営業していらっしゃるかなと思いまして……お取込み

 中でしたか?」

店員風の女性「ごめんねぇ~、こんな状況やからさ、やっていないんよ」

   メンバーら、静かにため息をつく。

ヨーヘイ「もしよかったら、お水でもあれば分けていただけないでしょうか? 僕達

 昨日の晩からまだ一口も飲めていなくて……お支払いしますので」

店員風の女性「そうなの~、でもごめんね。さっきまで商品の処分をしてたんやけ

 ど、もう捨ててしまってねぇ。いつまでも残しておけんから、腐ってまうし」

   確かに瓦礫やガラスは散らばっていても、商品はキレイに残っていない。

店員風の女性「気の毒やけど、他をあたってちょうだい」

   一同、戸惑うような表情。

ヨーヘイ「それでは、この辺りにまだやっていそうなお店に心当たりはありません

 か?」

   と、意を決した様に尋ねる。

   店員風の女性、少し考え込み、

店員風の女性「今の状況やと、どこもやってへんかもしれへんね~」

   メンバー一同、肩を落とす。

店員風の女性「役場にいけば、お水もらえるんじゃない? 避難場所になってるし」

ヨーヘイ「わかりました。役場に向かってみます。ありがとうございます」

   メンバー一同、姿勢をただして頭を下げる。


○車内(朝)

   メンバー一同、座席に座る。席はそのまま。

ヨーヘイ「困りましたね……」

マサ「うん、トイレもそうやけど、飯とか、水のことまで考えんとな」

マンキー「もうオレ、喉カラカラやぁ~」

チョー「私も」

   ヨーヘイ、ガソリンメーターを一瞥する。残り半分。

ヨーヘイ「こりゃ、とにかく補給できるとこまで、早めに行かないとダメっすね」

   ヨーヘイ、エンジンをかける。

マサ「せやな。それならやっぱ役場に先に寄ろか」

ヨーヘイ「了解っす」

   バンが発進する。


○南阿蘇村・国道

   軽快に進む車

ヨーヘイ「阿蘇出ても、しばらく何も無かったりして……」

チョー「縁起でもないこというなぁ~!」


   



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る