第4話発生直後の夜②

○南阿蘇村(深夜)

   連なる山々の裾野にあるはずの集落に明かりはなく、

   ある一カ所にのみ目映く無数の光が集まっている。


○同・温泉施設・駐車場(深夜)

   満車の駐車場にはアイドリングしている車のライトや、

   施設脇に立てかけられたスタンドライトの灯りが

   煌々としている。


○車内(深夜)

   バンはエンジンがかかっていない。

   フロントガラスにモヤがかかっていて、外のライトの灯りがぼやけて見える。

   バンの座席にグッタリと身を預けるメンバー一同。

   運転席にヨーヘイ(28・男・日本人)、助手席にマサ(30・男・日本人)、

   その後ろにチョー(31・男・香港人)、マンキー(23・男・韓国人)

   最後部座席にリディー(25・女・台湾人)、シア(25・女・台湾人)

   聞こえる音は、音量を絞ったラジオだけ。

   運転席のヨーヘイ、吐く息が白い。

サイレン「(う~っ!)というけたたましい警告音」

   ヨーヘイ、ビクッと顔を上げる。

チョー「な、なんや?」

マンキー「うっせ~!」

   と、他のメンバーも起き出し、耳を押さえたり、もだえたりしている。

   ヨーヘイ、車の電源を入れ、窓を少し開ける。

サイレン「住人の皆様、こちら、南阿蘇村役場、防災無線です!」

マサ「なんやろな……?」

   全員、静まり耳をすます。

サイレン「本日、午前1時25分ごろ、南阿蘇村を震源とする、震度7の地震が

 発生しました」

   無線の声が辺りの山に反響し、何重にも同じ言葉が聞こえてくる。

サイレン「付近の住民の皆様は、各家指定の緊急避難場所に移動してください。

 家屋倒壊などの危険性もあるので、そのまま家にとどまったり、何かを取りに戻っ

 たりしないでください。……くり返します、住人の皆さまは―――」

   2,3度くり返すと、無線は終わった。

   終わってからしばらく、反響がグモグモと辺りに響いた。

   車内の全員が、緊張した体勢を解く。

マサ「ここが震源やったんか……」

マンキー「1時25分て!」

ヨーヘイ「バーベキュー終わって一時間ぐらいしか寝てないっすね」

チョー「震度7て、どれぐらいや?」

マサ「東日本の地震より、少し弱いぐらいかな……」

   沈黙。

マサ「寝よ?」

   一同、頷く。座席に深くもたれかかる。

   ヨーヘイ、ケータイで時間を確認する。

   午前2時半。

   ケータイを置き、目をつぶる。

   ×  ×  ×

サイレン「ウ~~~~ッ!!!」

   車内の何人かが、身じろぎする。

サイレン「ご町内の皆様、こちら南阿蘇村役場、防災無線です!」

   一同、目を瞑ったまま。

   やがて放送が終わる。

   ヨーヘイ、ケータイを手に取る。

   午前3時すぎ。

   窓の外、以前より灯りは少ない。

   再び静かなひと時。

サイレン「ウ~~~~~~~ッ!!!」

   ヨーヘイ、声を上げずに笑い出す。

ヨーヘイ「さすがにしつこくないっすか?」

   ヨーヘイ、むっくりと起き上がる。

ヨーヘイ「もう3時過ぎっすよ!」

   マサ、チョーも起き上がる。

マサ「な……ほんまやな」

チョー「おれらを寝かさん気やな」

ヨーヘイ「誰得なんすかね、この無線? こんだけ呼びかけて、今更、誰も家に残っ

 てるわけないし、百歩譲って残ってたとしても、もういいじゃないっすか。それで

 も家にいたいんだから……! それでも引っ張り出したいなら、直接言いにいけ

 ばいいでしょう⁈」

マサ「……ほんまやな」

ヨーヘイ「あ~、今すぐ止めてくれって、叫び出したい……」

マサ「ま、しゃあないて、非常時なんやし……」

ヨーヘイ「あ~、耳栓持ってきてたらよかった……」

   と、ヨーヘイ、マサ、チョーは再び床につく。

   ×  ×  ×

   とてもか細いラジオの音。

   ヨーヘイ、ウトウトしかけている。

チョー「(小声で)ヨーヘイ、起きてるか?」

   ヨーヘイ、後ろを振り返る。

ヨーヘイ「うん、どうしたの?」

チョー「私、トイレ行きたくなった。ついてきて」

ヨーヘイ「……まじか~」

   と、ヨーヘイ、チョーはゆっくりドアを開けて外へ出る。


○温泉施設脇の農道(深夜)

   真っ暗な農道を二人の影がゆく。背後の温泉施設には、灯りはもうスタンドラ

   イトを除いて数えるほどしか灯っていない。

チョー「困った、どこですればいい? 宿に戻るか?」

ヨーヘイ「宿に戻っても、水が流れないと思うよ」

チョー「あ~」

ヨーヘイ「"小"なら、そのへんですればいいじゃん」

チョー「"小"って、どういう意味や?」

ヨーヘイ「アソコから出るのが"小"で、尻から出るのが"大"だよ」

チョー「なるほど~、それなら"大"やな」

ヨーヘイ「まじか~……」

チョー「バーベキューで食い過ぎた」

   二人の足が止まる。

チョー「どうする? 尻拭く紙も無いぞ」

ヨーヘイ「持ってきといて良かったわ」

   と、ポケットティッシュを差し出す。

チョー「まじか、おおきに!」

   と、ティッシュを受け取ると、土手から棚田の畔へと上がる。

チョー「もう我慢できん!」

   と、脇の茂みの中へ隠れる。

ヨーヘイ「おい、せめて穴掘れよ!」

チョー「なんでや⁈」

ヨーヘイ「なんでって……ここの農家さんが着た時、もろにそれがあったら、

 引くやろ!」

チョー「わかった、掘って埋めるわ!」

ヨーヘイ「約束やで!」

   静かになるチョー。

   ヨーヘイ、ため息をつく。


○駐車場(深夜)

   スタンドライトのみ灯っている。車のライトはすべて消えている。


○車内(深夜)

   寝息を立てているメンバー一同。

   運転席のヨーヘイ、膝を曲げ、肩を抱き、目を瞑っている。

   弱いラジオの音。ヨーヘイが深い呼吸をくり返す。口元を覆うジャケットから

   白いモヤがあふれ出ている。

   ヨーヘイ、目を開け、ケータイを手に取る。

   午前4時15分。

   ドア窓から空を眺める。一面に水滴がついている。深い紫色に染まっている。

   ケータイに視線を戻す。電池の残りの残量は50%。

   アラームの設定画面へ。全ての時間のアラーム設定をOFFに切り替える。

   ケータイの電源を切ると、深く溜息をついて、座席にもたれかかる。


   



   


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る