第3話発生直後の夜①

○ログハウス・内(深夜)

   灯りが消され、シンと静まった室内。

   一階とロフトに3つずつの膨らんだ布団。

   時計が針を刻む音が聞こえる。時刻は1時25分。

   遠くでジェットエンジンが大気をかき乱すような音が聞こえた。

   グ~っと何かが軋む音が聞こえる。

   やがてグググググ……と壁材の丸太が音を立てた。

   柱にかかる時計が小刻みに震える。

   ヨーヘイ(28・男・日本人)川の字に並んだ布団の中央で寝息を立てている。

   突如、ドン! と突き上げられる衝撃に体が浮く。

   ヨーヘイ、体が持ち上げられた勢いで足を畳んでしゃがむ。

ヨーヘイ「な、何や⁈」

   目の前の光景がブレて、何も識別できない。

ヨーヘイ「地震や!」

   ヨーヘイ、顔だけ掛け布団から出すようにして包まる。

   壁に掛けられていたオブジェや、食器の割れる音が聞こえる。

   室内の全員が短い悲鳴や雄叫びを上げている。

チョーの声「みんな、動くな!」

マンキーの声「うぉぉ、皿が落ちた!」

マサの声「布団で頭を守って、頭!」

   ヨーヘイはジッと様子を見ている。すると、布団ごしに背中を誰かが掴んだ。

   ヨーヘイが振り向くと、リディー(25・女・台湾人)がいた。目をつむり、

   恐怖に耐えるよう小刻みに震えている。

   ヨーヘイ、寝起きの絞まらない顔でボケっと考え込む。

   近くにあった枕を見つけると、リディーの頭の上に乗せた。

   リディー、正気を取り戻し、枕を払いのけると部屋の隅に身を寄せる。そこに

   はすでにシア(25・女・台湾人)がいた。

   ヨーヘイ、ため息をつくと、再び辺りを静観する。

   地震は二、三分ほど続き、やがてエンジンを切ったマフラーが如く、最後、

   小刻みに震えて収まった。

マサの声「……もう、大丈夫か?」

ヨーヘイ「らしいっすね」

   暗がりの中、一階の男性陣が立ち上がる。マサ(30・男・日本人)、

   チョー(31・男・香港人)、マンキー(23・男・韓国人)の三人。

   チョーは巨漢、マンキーは細身、マサは中肉なのでシルエットでも分かる。

ヨーヘイ「でも、余震に注意っすよ」

   ロフトの隅のリディーとシアが、再び固くなる。

マサ「とりあえず建物から出よ!」

チョー「避難や!」

ヨーヘイ「それなら、僕、鍵持ってるんで車回します!」

   と、声を張る。

ヨーヘイ「皆さんは荷物まとめといてください」

マサ「それなら頼むわ!」

   ヨーヘイ、梯子を下りようとする。

チョー「ヨーヘイ、気をつけろ、足元にガラスがすごい!」

   ヨーヘイ、地面に着こうとする足が止まる。


○ゲストハウス・リトルアジア・駐車場(深夜)

   高い杉の木立に囲まれた空き地に車が停まっている。

   ヨーヘイが隣接するログハウスから出てきた。

   レンタルしたバンへ向かうとスイッチで鍵を開ける。ライトが点滅する。

   そのまま通りすぎ、車の背後の林で立ち止まり、立小便する。

ヨーヘイ「ま、きっと断水してるやろしな……」

   立小便は続く。

ヨーヘイ「キー持ってて助かった……」

   小便が終わる。服を直すと、手を見つめる。

ヨーヘイ「手も洗えへんな。ま、しゃあない」

   そのまま運転席に乗り込む。

   ×  ×  ×

   バンがログハウスの横につき、メンバーが荷物を入れている。

   マサがオーナーと、ログハウスと本館とをつなぐ廊下で何か話している。

ヨーヘイ「どうしたんですか?」

   ヨーヘイが2人の元へ駆け寄る。

マサ「ちょっと避難先について聞いてたんや」

   オーナーが頷き、北東の方向を指差す。

オーナー「ここからすぐ先なんですけど、温泉施設があるんです。そこが緊急の避難

 先になっているんです。皆さんで行けそうですか? よかったら送りますが……」

ヨーヘイ「いぇ、場所だけわかれば大丈夫です」

オーナー「そうですか」

ヨーヘイ「温泉施設て、ホテルのような場所ではないんですか? 眠れる場所があっ

 たり、飲み物やトイレがあったり……」

オーナー「いや、残念ですけど、村人が共同で管理しているような小さな施設ですか

 ら、ちょっとした売店ならありましたけど……」

ヨーヘイ「そうですか……」

マサ「まぁ、しゃあないて」

オーナー「今、集落を出る道路の、田んぼの石垣が崩れて、住民でどかしているとこ

 ろなんで、もう少し待ってくださいね」

ヨーヘイ「え、手伝えますか⁈」

オーナー「いぇ、お客さんなんで。終わったら呼びに来ます」

   オーナー、踵を返す。

オーナー「でも、気をつけてくださいね。道路に石や破片が転がっている可能性があ

 りますから」

   そう言い残してオーナーが去る。


○南阿蘇村・集落へと続く道(深夜)

   メンバーを乗せたバンがゆっくり進む。

   ライトに照らされた光景。石垣が一部崩壊した棚田。路上で2台の車が立ち往

   生している。前の車の男性が一抱え程ある石をどかしている。

チョー「まだ終わってなかったんか」

   バンが最後尾に並ぶ。待つ間に更にバンの後ろに車が一台ついた。

   男性が石をどかし終え、ようやく車が流れる。

ヨーヘイ「見てくださいよ……」

   と、半笑いで前方を見つめる。

   先の田畑を抜けた二車線の農道に、車のライトがズラッと並んで光っている。

マサ「これは、たどり着くだけでも大変やな」

   ため息の聞こえてくる車内。


○温泉施設(深夜)

   バンが駐車場に入る。

ヨーヘイ「うぉぉおお……!」

   と、眩しそうに目を細める。

   駐車場に満ちる車とライトスタンドの灯り。

   車の周り、駐車場の隅には人が行き交っている。

ヨーヘイ「やっぱこの辺の住民が集まってるらしいっすね」

マサ「満車ちゃうか?」

   バンは慎重に辺りをまわる。

ヨーヘイ「オーナーさんが、50台は入るって言ってましたけど……」

マサ「それ以上やな……」

   灯りの消えた温泉施設の前には消防団が集まっていた。

   ×  ×  ×

   バンは数少ない空き場所に駐車した。

ヨーヘイ「エンジンそのままにしときましょっか?」

   と、運転席のヨーヘイは、助手席のマサに尋ねる。

マサ「あ、そっか……」

   震えるエアコンの排気口。

マサ「そのままにしとこっか」

ヨーヘイ「そうっすね、まだ寒いっすもんね」

マサ「ちょっと俺、どんな状況か聞いてみるわ」

チョー「私も行く!」

   マサとチョーが車からでる。

   ヨーヘイ、ドア窓から外の二人を見送る。

   窓に段々とモヤがかかる。

   ×  ×  ×

   マサとチョーが帰ってきた。

   車内から音楽が流れる。

マサ「あれ、音楽かけてるの?」

   ヨーヘイ、スマホを掲げる。

ヨーヘイ「ラジオっすよ。アプリ入れてるんです」

   ラジオパーソナリティーの声が流れてくる。

ヨーヘイ「情報収集にいいかなって」

マサ「ええな」

ヨーヘイ「阿蘇大橋ってとこが崩落したらしいっすね」

マサ「……あの渡ってきた橋かな?」

ヨーヘイ「どーでしょうね……」

   少し沈黙。

ヨーヘイ「他に何か分かりました?」

マサ「いや、みんな、何も分からんから、必死になってるみたい」

ヨーヘイ「そうっすか……」

   と、フロントガラス超しの光景を眺める。

ヨーヘイ「うちら旅行者ですもんね。いざという時に頼れる人がいない状況って、

 なんか寂しいもんですね」

   ガラスにかかるモヤで通りがかる人影がぼやけている。

マサ「とりあえず、明日早く出て、早くこの場所去ろ」

   一同、賛同する。

ヨーヘイ「電気消しますか」

   と、ライトを消す。

マサ「エンジンは切る?」

ヨーヘイ「もう残り、少ないっすよ……」

   エンジンメーターの残量は3/4。

マサ「これであと何キロ走れるかな?」

ヨーヘイ「リッター15kmだったとして、この車に40L入るとしたら……150km

 ぐらいっすかね」

マサ「博多までなら余裕そう?」

ヨーヘイ「なんで博多なんすか?」

マサ「ほら、これレンタカーだから」

ヨーヘイ「あ、そうか」

   ヨーヘイ、スマホを操作する。

マサ「まぁ、阿蘇から出れば補給できるか……」

   ヨーヘイ、スマホを置く。

ヨーヘイ「じゃあ念のために半分は残しておいて、それまでエンジンとエアコン、か

 けときましょう」

マサ「みんなもそれでい~い?」

   後ろの4人が賛同する。疲れている様子。

マサ「寒いから、何か着込んでな」

   皆、コートやオーバーを上からかける。

ヨーヘイ「ラジオはつけたままでいいすか?」

   と、後ろを振り向く。反論はない。

マサ「ん……いいと思うで」

   ヨーヘイ、音量を絞り、座席に深くもたれかかる。


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