三章(8)

「ドキドキしたね」


 胸のあたりで大事そうに煙草を握る秋野。まるで宝物かなにかのように。全くもって、似合ってない。いや、色味からして、外国製のお菓子に見えなくもない。そう考えたら、少し似合っている気にもなるから驚きだ。


 人間の印象なんて、そんなものだ。


「ドキドキって。そんな風には見えなかったぞ、僕なんて、ほら、」


 ぎゅっ。


「え?」


 酒を持っていた手を、少し開いて見せようとした瞬間、秋野の手に包まれてしまった。熱い。手首のあたりで凄い速さで脈打つ鼓動。


 ああ、こいつ、生きてるんだ。

 俺は、いや、僕は。

 こんなこと、前にもあったような。

 誰と?


「ちょっと、秋野」


 さらに鼓動は早くなる。まるでこの缶が、僕か秋野の心臓で、二人して鷲掴みにしているような、そんな錯覚すら覚える。

 その手を振り払おうと、それでも嫌がっている風に見せないよう……いや、そうでなく秋野を傷つけないように、上下に手を振るが、しっかりと掴んで離れない。


「これで分かってくれた?」


「分かった、分かったから」


 少しでも距離を取ろうと、視線を反らして、体をねじる。

 良くないって、そんなの。


「あ、そうだ」


「んぁ?」


 唐突に秋野が手を離し、よろけてしまい素っ頓狂な声が漏れる。おいおい、世界一の間抜けか、僕は。


「火、買えばよかったね。ライターとか、マッチとか」


「ああ。そういえば……」


 現実的な問題に直面して、少し心が落ち着く。そうか、買うだけでほとんどクリアだと思っていた。

 それにしても、煙草の火が現実とは笑わせるが、今の僕には有難い。


「どうする? また入るの? それとも、別の店で買う?」


「マッチぐらいなら、どこか適当な店で買えそうな気もするけど……」


 正直言って、もうそんな体力は、いや気力か。なんでもいいけど、その手のものは残っていない。


 それぐらい心が疲弊してしまった。

 トドメをさしたのは秋野だけど。


「ねえ、家に行っていい?」


「な、なぜ」


 どうして唐突に僕の家なんだ、そんな話だっけ?


「コンロぐらいあると思うの」


 ある。コンロぐらい。

 くそ、無ければよかった。断る理由がないじゃないか。

 耐えられるのか、僕の心。

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