三章(7)

 せーの、と心の中で唱え、扉を開け入るが、入り口に段差があり、転びそうになる。なっただけ。転んではいない。セーフ。


 秋野の方を見ると、そんな僕には目もくれず、一目散に煙草の棚へ移動しており、ちらと見えた店の奥には、いかにも偏屈そうなオヤジが仏頂面で頬杖をついていた。

 何もかもに興味が無さそうな風貌だ。この世の全てを憎んでいそうな表情だ。


「と、どうでもいいか、そんなの」


 秋野が煙草なら、僕は酒だ。二本買うんだったな、たしか。

 僕は常温のコーラや麦茶を見つけ、そのあたりを探す。青い缶。これはお酒ですの表示。ううむ、これが酒か。発泡酒とかなんとか。発泡酒ってなんだ? ビールは炭酸だし、全部発泡酒じゃないのか? 何も分からん。


 秋野はすでに赤と白の箱を手に取り、偏屈オヤジへと歩を進めている。なんて仕事の出来るやつなんだ。僕なんかと出会ったために、勿体ないやつだ。


「これ、ください」


「……五百七十円」


 はっ。秋野はお金、用意していないはずだ。


 ええい、なんでもいい。

 僕は青い缶の横にあったものを、適当に手に取り、両手の非行の証を、同じく偏屈オヤジに見せつける。


「これもお願いします」


 偏屈オヤジは僕を、じろ、と一瞥し、それで興味を失ったのか、乱暴に商品を置いた台を、気にする素振りを見せながら呟く。


「八百四十八円」


 さっき秋野に言ったよりも、少し怒っているような口調なのは気のせいか。いや、気のせいなんだろうな。そういう誤解をされて、何度も衝突して、そしてこの偏屈オヤジが出来上がったのだろう。


 勝手な想像だけど。


「はい、これで」


 ポケットに入れて、くしゃくしゃになった千円札をトレイに置くと、受け取りもせずにレジを開けて、小銭を台の上に積み上げる。


 そんなことする必要あるか?


 まあ、いい。取りやすくて。

 ありがとうございました、と言ったか言わないか、自分でも分からないが、まるで泥棒のような気分で足早に店から出る。


 小銭を握る手と、背中にじんわりと汗をかいている。ふう、一仕事終えたって感じだ。このあとのお酒はさぞかし美味いのだろう。

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