三章(5)

 不良少年である僕なんか、まあ、どうでもいいんだけど。

 ……不良少年、ねえ。


「そんなに不良が良いなら、煙草か、酒でもやるか?」


 瞬間、買い物に行った日の、むわっとした煙草の匂いを思い出す。

 あんなもん、やりたいはずがない。


 馬鹿がやるものだ。少なくも今、この年齢では。


「本当!?」


 がたん、と何かが何かとぶつかった音がして、そっちの方を見る。

 秋野がこちらをキラキラしたまなざしで見つめている。


 あれ。本気?


「実はちょっとやってみたかったの」


「お、おう。マジか」


 結構乗り気なのか。

 あんな健康を害するだけの物、やりたいと思わないんだけど……。

 万が一、絶対にないとは思うけど、ハマったりなんかしたら、生涯にどれほどの金を使うことになるか分からない。生涯?


「うん。でも、ほら、買うところとか、ないだろ。今は自販機だって、何かカードとか要るみたいだし? うん」


「買えるところ、知ってるよ」


 なんでぇ。

 強がってみたけど、所詮は僕程度のはったりは、何でも知ってる優等生には敵わないのか。


 教室の外が少し、ざわつきはじめる。

 僕達の会話を聞いて、とかじゃなくて、普通に人々が登校してきているのだろう。


「う、うん。じゃあ、取り敢えず後にしような。誰かに聞かれたらまずいだろ」


 いつものその場を取り繕うだけの言葉が、スラスラと出てくる。

 だが、そんな僕の必死の叫びも秋野には届いておらず、なんか、僕じゃなくて遠くを見ている気がする。


「そうだね。うん。聞かれたらまずいの。だから、もう今すぐ行っちゃおう」


「えっと、一応聞くけど、どこに」


 何で何で何で。

 こんなに積極的なキャラクターだっけ。どうしちゃったの本当。悪貨は良貨をとか言うけど、僕という悪貨が駆逐しちゃった? 悪貨ならぬ悪化の不良少年の僕としては、この使い方が合ってるかも分からないけど。


「非行に。大丈夫。一日ぐらいサボっても、何にも変わらないよ」


 僕の手を引いて、鞄は落ちて、椅子も倒れて、大きな音が鳴る。

 やっと登校してきたクラスメイトも訝しんでいる様子。


「さあ、行こう。悪は急げだよ」


 なにそれ、聞いたことない。

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