三章(4)

 もしくは自傷行為かな。


 ……どっちも駄目じゃん。


「それはいいんだけど、ねぇ、今日デートしない?」


 心臓が跳ね、はしなかった。


 驚くほど冷静。驚くほど平坦。つまりはいつも通り。


「……話、聞いてた?」


「なんのこと?」


 本当に何のことかわからない、といった表情をする秋野。よく知らない人が見れば不機嫌そうとか思うかもしれない。無責任なクラスメイトとか。ちょっと前の僕とか。


「いいや、なんでも」


 浅倉ならあざとく首を傾げるだろう。そうやって、普通に、上手にコミュニケーションをとるはずだ。


「ふうん。有川君はデートの誘いが多いんだね」


「……あのさ、」


「冗談なの。有川君の事はちょっとは分かったつもり。デートの誘いなんてないって」


 いや、有ったけどね。

 たぶん、本気じゃないんだろうけど。


 ただそんなことを言ったところで、何も始まらない。

 むしろ何かが終わるかもしれない。

 ただ一言で何かが始まって、何かが終わるなんて。難儀だなぁ、言葉って、人生って。


「ふぅーう」


「お疲れなの? サボっちゃおうか」


「いや、流石に駄目だろ」


 とか言いつつも、それも良いかなとか思っていた。少なくともこのまま、チャイムを待ち、つまらない授業を受けるよりは楽しそうだ。


 楽しそう、か。

 少し前まで自殺しようとしていた人間の言葉とは思えないな。


「残念。優等生な秋野理子は不良少年にさらわれたかったなー」


「ええ……」


 なんだこいつ。めっちゃ尻尾振ってくるじゃん。


 嬉しくないとは言わないけど、なんか危ういな。不良少年あたりの言葉を相田か、浅倉にでも言われたら普通に喧嘩になりそう。


 まあ、秋野は相田でも浅倉でもないから、喧嘩にはならないんだけど。


 不意に、秋野がこちらから視線を外して、筆記用具や教科書なんかをいじりはじめる。何をそんな、擬態みたいな、と思ったが、廊下が騒がしくなって、普通に登校してくる時間になったのだと分かる。流石だな。そういえば教科書とかどうしたんだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る