二章(12)

「は、はあ。じゃあ、食べるぞ?」


 さっきまで自分が座っていたところに向かう。

 なんだか心臓の鼓動が早い。

 何かを振り払うかのように、乱雑に座り、一心不乱にカロリーの塊を取り込む。

 口の中がパサついて、ようやく少し正気を取り戻した。


 ――これなら、余計なことは言わないで済む。


「私も、食べようかな」


 パンの山から適当に一つ取って、僕の隣に座る。

 肩と、腕と、腰と、足とが秋野に触れる。


 まずいまずいまずい。いや、パンはうまいけど、ちょっとそれどころじゃない。汗とかかいてないか? 臭くないか? 心音とかうるさくないか?

 秋野は気にならないのか?


 ちら、と横目で見るが、まるで涼しい顔でパンをかじっている。ハムスターかなんかみたいだ。


ふぁひ?」


「ああ、いやあ、何も……」


 何もじゃないだろ。ああ、気持ち悪い気持ち悪い。


 恥ずかしい!


「ん。有川君はさ」


 パンを飲み下して、どこか虚ろ気な目で話しかける秋野。

 なんだろう。やっぱり気持ち悪いねとか、今すぐ帰ってとかかな。

 なんて。


「こういうパンが好きって言ったけど、部活とかしてたの?」


 うん。そんなわけなかった。しかし、部活か。パンが好きと繋がるか?


「どうして、また」


「んん。部活してる子って、コンビニで済ませたりする……と思うの。そうなのかなーって」


 そういうことか。

 部活、部活ね。あんまり思い出したくないし、どころか知らないと怒鳴ってもいいぐらいだけど、不思議と気分じゃないな。


「まあ、やってたけど。あんまりいいもんじゃないね」


「ふうん」


 興味ないのか? ここ何日かで知ったような気でいたけど、やっぱり掴みどころがないという印象は変わらない。

 秋野が部活とかしてたら、どうだったんだろうな。普通に友達が出来て、普通に試験勉強とかして、放課後遊びに行って、ちょっとしゃれた店で飯とか。


「うまかった?」


「ああ、美味いんじゃないか? 知らないけど」


「違うの。部活。レギュラーだったの?」


 おっと。こういうとこだよな。コミュニケーションに難があるとこ。


「悪い悪い。パンのことばっか考えてた。そうだな……レギュラーだった。どころか、プロになれるんじゃないか、とか思ってた。他にも習い事というか、やってることがあって、そっちも誰にも負ける気がしなかった」


 気が付けば秋野がじーっとこちらを見つめていた。ほとんどゼロ距離で。やべ、語りすぎたか。陰の者はしゃべる機会があるとこうなりがち。


「ごめん。面白い話じゃないな、こんなの」


「ううん」


 秋野が首を振り、髪が当たりそうになる。

 あっぶね。


「聞かせて。全部」


「全部って。今日で終わらないかもしれないぞ」


 それは嘘。話すのが面倒なのが半分、照れくさいのが半分。


 いつもの悪癖。


「いいよ。今日は泊っていくんだね」


 マジ?

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