二章(11)

「物が無くて落ち着かないかもだけど、適当に寛いでて」


 秋野の家は、僕と似たような間取りのワンルームだった。

 広さは僕の家よりちょっと狭いぐらいだと思うが、物が極端に少ないからか、むしろ少し広く感じる。そういえば捨てたとか言ってたような。


 制服と鞄と布団。

 僕と同じ歯ブラシとタオル。

 調理できそうなのは備え付けのコンロぐらいのもので、冷蔵庫もレンジも炊飯器も無い。一体何が出てくると言うんだ。


 食材は、パンとか、カップスープだとか、簡単に食べられそうなものがいくつか。


「しまった」


「どうした?」


 台所で調理? をするはずの秋野が素っ頓狂な声を上げる。

 返事をしたついでに、立ち上がり台所に向かう。心配したとかでなく、座布団も椅子も無しにフローリングに直で座るのが苦痛だったからだ。多分。


「何も無いんだった」


「え?」


「調理器具。あと食べ物も。整理したのを忘れてたの」


「ええ……」


 凄いポンコツじゃん。本当にあの秋野か?

 学校でもこんなんだったら、何かが違ってたかもしれないのに。

 いや、いつもと違う所を見せてくれていることに、感謝すべきなのかもしれない。


「ふっ」


「……笑った?」


 やっべ。鼻息が漏れてた。

 だいぶ気持ち悪いな。

 自意識過剰だし。


「いや、笑ってない。大丈夫」


 言いながら、鼻と口とを腕で隠す。流石にばれるか?


「嘘。笑ってたの」


「いや、その、あれだ。決して馬鹿にしたわけじゃないというか」


 むしろ自嘲というか。


「ほんとに?」


 目つきが怖い。やっぱり僕の知っている秋野で間違いないみたいだ。

 手に汗かいてきた。


「ああ、本当だ。なんなら、あれだ。命賭けるぜ」


「……そう?」


「マジマジ。大マジ」


 急にトーンダウンする秋野。命賭けるってそんなに信用できるワードか?

 自分で言っておいてなんだが、今時、小学生でも使わないと思うんだが。


「なら、いいけど。馬鹿にしたんじゃないなら、何で笑ったの?」


 そう来るか。

 いや、普段見せない表情なのかな、とか思ってふざけて……。


 何だろう。

 そういうことは言いたくないな。


「……可愛いなー、とか」


 秋野の目がほんの少し見開いた気がする。


 完全にやっちまった。


 怒らせたか?

 気持ち悪かったか?


「……何言ってるの」


 秋野は体を翻して、玄関の方へ向いてしまったので表情が分からない。

 声もいつもの冷め切った、冬の日の朝一番に顔を洗う時に蛇口を捻った様な……ってほどでもないな。冷たいは冷たいけど、冬ではなくせいぜい秋ぐらいのものだ。秋野だけに。


「その、何と言うか、秋野でもこういうミスとかするんだな、みたいな?」


 みたいな? じゃねーよ。

 誰に聞いてんだよ。


「ミスばっかりだよ。人生も何もかも」


 これはまずいって。

 絶対にやらかした。完膚なきまでにやらかした。

 かといって、上手い言葉も見つからない……。


「そうだ、腹減ってるな。うん、腹減ったから来たんだよな。そこのパンでいいから食おうぜ。パン。いやーパン好きなんだよな」


「……ふふっ」


 いけたか?


「特にコンビニのパンがさ。ダブルクリームパンが好きなんだよ。お! こんなところにあるじゃないか! 貰っていいか?!」


 もはや何キャラだよ。

 自分が分からなくなってきたけど、まあ、秋野の、ためなら……?


「どうぞ」


 秋野は相変わらず顔は見せてくれないが、両手を後ろで組んで、楽しそうにゆらゆら揺れている。楽しそうに、だよな?


 攻撃への予備動作とかじゃないよな?

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