二章(9)
「うおおおおおおおおお!」
風がビシビシと体を叩く。
見慣れた景色が物凄い速度で通り過ぎていく。
安全運転はするな、確かに僕はそう言ったが、余りにも容赦がない。自転車にも自動車にも乗ったことが有るので、まあ、その中間ぐらいの乗り心地だろうと思っていたが、甘かった。
カーブの度に傾けるのはわざとなのか? そうしないと曲がれないものなのか?
気が付いた時には少しだけ、涙が出ていた。
「楽しんでる?」
秋野の声。
その声はいつもの秋野そのもので、教室で退屈そうな表情をしながら言っているかのようだ。
違うとすれば、秋野は他人が楽しんでいるかどうかなんて、気にするような奴じゃないってことだ。
教室では見れない一面。
それを見られるのが僕。嬉しいのかどうか、分からない。だって、今目の前の状況があまりにも怖すぎて、ちょっとそれどころじゃない。
返事の代わりに、掴んでいた秋野の服から手を離し、両腕で抱きしめる。
いや、なんでバイクってこんなに防御力低いんだ? これ横からちょっと突かれたら死ぬよね。だから、仕方ないんだ。
「……」
秋野はそれを、どう解釈したのか分からないが、さらに速度を上げ、すっかり知らない場所へと到達していた。
好きにしてくれ、もう。
「お疲れ様」
何時間経っただろう。やっとバイクから降りた僕は、丸太を模したベンチの上にへたりこんでいた。秋野が買ってきた甘ったるいコーヒーを飲みながら。全く情けない。
「ああ、疲れた……」
「ふふふ。初めてだと、そうかもね」
秋野は隣のベンチに座っている。この距離感が心地良い。隣に座ろうものなら、多分、僕は拒絶してしまうだろうから。
「サボったなぁ……」
「そうだね。サボっちゃったね」
遠くの方で電車が走っている。秋野がバイクを停めた此処は、山と言うのもおこがましい。丘でも言い過ぎな気がする。ちょっと周辺より地面が盛り上がっている、ぐらいで留めた方が適切だ。例の山々が邪魔で、あんまり景色も良くない。
それでも、ベンチはあるし、自動販売機も、トイレもある。駐車場はないが、別にどこに停めても良いだろう。秋野みたいな不良ライダーが溜まり場にしやすい親切設計だ。
「この後、どうしよっか」
あんまりにも無防備な秋野の言葉。
駆け落ちでもするか、とか言ったら、普通に付いてきそうだ。あ、いや、僕が付いて行く側か。と言うより、しがみつくというか。
「どうするって、帰って寝る時間でもないしな。飯でも食うか?」
言いながら、飯食うようなところあったっけな、とか思った。普通の人なら言いそうなことを適当に言ってみただけだ。自分ってものがありゃしない。
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