二章(7)
「乗る?」
何を言ってるんだろう、こいつ。そりゃあ、僕だって男だ。憧れが無いと言ったら嘘になる。ましてや女子と二人なら尚更というものだ。そう、前後が逆なら。普通、僕が運転して、秋野が……女子が後ろでしがみつく、というのを理想として思い浮かべるんじゃないか。
そして多分、僕はビビる。大いにビビる。半泣きになって、秋野に抱き着くだろう。ダッサ。まあまあ、半裸の男に言う事ではないな。
「私は気にしないけど、それでも、服は着た方が良いと思うな」
「うおっ」
後半の二行が口に出ていたみたいだ。普段話す人が居ないと、独り言が多くていけない。
というか、普通に着替えるか。
「ちょっと待ってて」
取り敢えず玄関口で秋野を待たせて、着替えると、
「はーい」
入ってきやがった。なんなの? 危機感ゼロなの?
「もうちょっと、警戒しろよ」
言いながら、さっさと服を着る。男の着替えなど十秒で終わる。
「ふーん。襲われちゃうとか?」
おおう。実際に口にされると、思ったより生々しいな。
どんな顔して言ってるのか、気になって秋野を見るが、開け放しになっていた窓の方を向いていて顔が見えない。窓自体を見ているのか、外を見ているのか。
「もしかして」
「ん?」
と思ったら急に振り向いてきた。相変わらず行動が読めない。危険な奴だ。
「ここから覗いてたの?」
ばれてやがる。
適当に誤魔化そうとも思ったが、それすら見抜かれたら最高に格好悪いし、素直に言うとするか。嘘苦手なんだよな。あれは高度なコミュニケーションと思っている。
「そうだよ。うるさかったからな。どんな奴かと見てやろうと、」
「ふーん」
思って、と言う前に秋野が被せてきた。聞く気が無いなら、聞かないでほしい。
「やらしー」
「ええ……」
凄い棒読みで罵倒された。街に行くときに聞いた、駅のアナウンスの方がよっぽど感情豊かと思えるぐらいの棒読み。
冗談言うのとか、慣れてないんだろうな。
「ふ、ふふっ、ふふふ」
そんな僕の表情をどう読み取ったのか、秋野は下手糞な笑い声を漏らす。笑ってるというより、笑おうと必死になってるみたいだ。
「……っぷ」
「ぷ、だって。ふふふ! 変な笑い方」
「お前が言うなよ! ……ぷっ、くく、ふはは!」
「ふふっ、魔王みたい、ふふふ!」
二人の笑い声が、狭い部屋に響く。
いつ以来だろう。心の底から笑ったのは。しかも二人で、一人は半裸だ。一人は落ちこぼれで、一人は優等生、ただし無免許でバイクを乗り回している。なんだこれ。世界一面白いんじゃないか、この状況。
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