二章(4)

 僕は携帯を枕元に放り、ついでに自分も布団に倒れこむ。


「……面倒なことになった」


 まだそこまで明るくもないけど、今の僕には辛すぎるから、自らの右腕で目を塞ぎ、アイマスク代わりにする。


 今からでも無かったことにならないかな。全部。

 屋上の事も、手紙の事も、全部無かったことにして、そうだな、この際、自殺も無かったことにして、僕も秋野も今まで通りの毎日を過ごす、というのはどうだろうか。……駄目だ。そんなのいつも通りだ。先延ばしにして、もっと状況が悪くなって、さらに決心がつかなくなるだけだ。だからあの日、全てに決着をつけようとしたんじゃないか。秋野にもそれなりの理由が有って、屋上に至ったわけで、今更になって面倒だから、やっぱ全部ナシなんてどう考えても有り得ないだろう。


 それとも、それすらも僕の思い込みか?

 あの掴みどころのない少女は、僕みたいな奴が、「おい、死ぬんじゃないぞ、真面目に少女であれ、そうだな、部活に入って、友達を作って、恋をして、失恋をして、あとはよく分からないけど、そうやって普通に高校生をやれ」なんて言ってみても、うん、わかった、何て言ったりするんじゃないだろうか。


 ……なんてね。

 いくらなんでも、そんなのは有り得ない。今、なんとなく僕に懐いているっぽい秋野だが、そんな分かった様な口を利いたら激昂するに違いない。それはそれで見て見たい気もするが、起こった勢いで平手打ちか、引っ掻かれでもしたら大変だ。痛いのは嫌いだし……。


 それに無かったことにするなら、もっと前からじゃないと意味がない。中学時代、小学校時代、いや、生まれたこと自体というのもアリだ。僕の人生が惨めなのは間違いないのだから、全部きれいさっぱりなくしてしまうのも悪くない。そりゃあ、良いこともあったけど、そんなのは釣り合いが取れていない。一万円落とした後に百円拾って、得したと思う奴もないだろう。


 ……さっきからなんか、秋野が居る気がする。いや、実際に部屋に居るとかじゃなく、雰囲気? オーラ? 気配? そんな感じ。


 腕をどけて、少し光にやられてから狭い部屋を見渡すけど、秋野は居ない。居たら怖いけど。


 でも何か、あるというか、するというか……。ええい、立ってしまえ。


 僕は夢遊病患者のように部屋を歩き回る。

 部屋の場所によって、気配に違いがあるような。より具体的には、濃いところと、薄いところと……。


 ――分かってしまった。それと同時に分かりたくなかったという思いが湧き上がる。匂いだ。秋野に掛けていたタオルケットから、感じ取っていたのだ。何がオーラだ。


 気持ち悪い、気持ち悪い! 死にたい!


 タオルケットを部屋の隅に放り投げ、布団の中に潜り込む。


 なあああああ! いやああああ! がああああ!

 恥ずかしい! 恥ずかしい! 恥ずかしい!


 ――振動音。


「ひゃあっ!」


 枕元に置いていたせいで、まるで脳みそを掻き回されたかのような振動だった。

 秋野なのか。そうなのか。何て顔したらいいんだ。

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