一章(6)
二回目にはちょっと本気で泣きそうになった。一体どんな秘密があの手帳にあるというのか。特に使い込まれてもいないそれに(何なら新品かと思った)錬金術か死者を蘇らせる方法でも書かれているというのか。あるいはこの反応からして自作のポエムなんかが書いてあったりして。
本気で気になってはいたけど、帰りの電車では思考を巡らせることは無かった。単純に疲れていた。行きは吊革に捕まっていた僕だったが、帰りは流石に座っていた。荷物もあったし。
僕はなんだか霞がかった様にぼやっとした頭で考える。誰かが僕の家に来るなんて、引っ越してからは初めてのことだな。あまり喜ばしい来襲ではないけど。秋野は向かいに座っているが、心なしか焦っている様な。まあ、わからないでもない。僕だって人の手に日記だの手帳だのが渡ったら焦るだろう。どうにかして取り返したいと思うに違いない。まあ、生憎僕はメモを取る習慣も日記をつける習慣も無いけど。
外の景色に視線を投げるものの、ぼんやりとした輪郭が見えるのみだ。外灯が少ないから、この時間はトンネルに入るまでもなく真っ暗だ。電車から零れる光のみが辺りを照らしている。
「ここから近いの?」
駅からの道中、後ろを歩く秋野が呟く。駅から離れるにつれ、人通りが少なくなってくる。まるで人の流れから二人だけ取り残されたかのようだ。
「少し歩くかな」
「そう」
振り返らず答えた僕に、そっけない言葉が返ってくる。
僕は周りを見渡す。この時間に出歩いている高校生は中々居ないだろう。職質にでも遭うかもしれない。勿論僕一人ならどうでもいいようなことだが、今日は秋野と一緒だ。何か面倒くさいことになるかもしれない。用心に越したことは無い。
秋野の足音を聞きながら擦れ違う人をやり過ごすけど、特に怪しいのはいない。強いて言うならきょろきょろしている僕が一番怪しい。
もう少しで家に着く、といったところで僕の家の前に人がいるのを見つけた。外灯が無いので誰かは分からないが、随分と身長が高い。もしかしたら……。
思わず立ち止まる僕だったが、向こうの方から近付いてきた。秋野も警戒しているのだろう、足音がしない。
「敬か?」
聞き覚えのある低い声。同じクラスの相田のものだった。
「相田かよ。びっくりさせんな」
「別に驚かしたつもりはねーけどな。こんな時間に何してたんだ? 何だその荷物? サンタクロースか?」
問い詰めるような口調。浅倉もこいつも、何のつもりなんだろうか。
「言わないと駄目か」
振り返り背後を確認するけど、秋野が見当たらない。
見つかってないのなら、秋野について言い訳する必要は無いが、どっちだ?
「別に。つーか特に用も無いぜ。ただ歩いてたら、向こうからお前が来たから話でもしてやろうかと」
頭をぽりぽりと掻きながら周りを見渡す相田。その手と足がやたらと長く、制服が窮屈そうだ。
「余計なお世話だ」
「だろーな」
どうでも良さそうに言い捨てる。じゃあ声なんか掛けなきゃいいのに。
腹の中に黒いものが沸いてくる……何か言い返してやろう。
「お前こそ何でこんな時間に外にいるんだ」
「デートだよ、デート。浅倉と会ってたのさ。その帰りってわけ」
暗がりでも分かるくらいにニヤついている。こいつの笑い方は心底嫌いだ、聞かなきゃ良かった。
反撃しようなんて考えるんじゃなかった。
「おーおー。そりゃ良かったな。僕は今から、一人寂しく家に帰るとこだ。さっさと消えろ消えろ」
「お前が聞いたんだろうが……。まあ、そこまで言われたら帰るわ。ちゃんと明日も学校こいよ」
「へーい」
「じゃあ」
手をヒラヒラさせて背を向ける。しばらく小さくなっていく後姿を見ていたが、そういえば秋野は何処に行ったんだ。まさか帰ったか……いや、それで問題ないか。
ふと、相田と反対側の、さっき通ってきた道に視線を投げる。遠くの方に、しゃがんでる人? のシルエットがある気がする。
「秋野?」
反応が無い。
もしや霊的なものか、とか馬鹿なことを思いながらゆっくり近付いてみたけど、秋野で合っていた。しゃがんで猫を撫でている。猫の方も気持ち良さそうにごろごろ言ってる。猫を愛でる趣味があったのは意外だったが、そうしている秋野はなんだか絵になるな。猫の方は真っ黒だから良く見えないけど。
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