一章(5)
手始めに制服を求めて洋品店に入った。制服自体はその場で手に入ったが、刺繍を入れないといけない体操服は後日輸送することとなった。どうするのかと問う僕に秋野は「それまで体育は休むよ」と告げた。残念そうだったのは体育が好きだからだろう。全く羨ましいことだ。その後に秋野の要望で、スポーツショップに入った。そこまで運動に思い入れがあるのかと思いきや、普段着を買うとのことだった。地味な(体育教師がきているあれだ)ジャージを試着し「似合う?」と聞く秋野には苦笑するしかなかった。「お前らしい」と皮肉で返したものの、秋野は嬉しそうにはにかむだけだった。そういう顔も出来るのか。次に秋野が求めたのは下着だった。流石に女性下着の売り場はしらず、二人してモールを彷徨う事になった。勿論、僕は店には入らず外で待っていたのだが、否応なく秋野の胸のことに思いを巡らすこととなった。必死で相田の顔を思い浮かべてクールダウンを図ったのだが、傍から見たら相田を想いながら興奮する変態に成り下がっているように感じた。流石に店から出てくる秋野に顔を合わせられなかった。最後に日用品を見て回った。本当に見てるだけで、一時間ほど経って買ったのは精々、歯ブラシとタオルぐらいだった。その二つすら、散々迷った挙句、僕が選んだものだった。ちなみに、日用品の良し悪しなんて分からない僕がどうやって選んだかと言うと、いくつかの候補のうち僕が使ってるものがあったからそれを指しただけだ。
モールを後にする頃には十時前だった。
流石に疲れた。腹が減った。眠い。
秋野は紙袋やビニール袋を両手に携えて機嫌が良さそうだった。あまり表情には出てないが、今にも飛び跳ねそうな雰囲気だ。
「お腹がすいた」
秋野が小さく呟いた。いくら機嫌が良くても食欲には勝てないらしい。
「そうだ」
持ってて、と荷物を渡される。何事かと思ったら、先程の駄菓子屋まで走っていった。そんな秋野の後をのろのろと追い掛ける。どっちにしろ、駅に戻るにはこの道しかないのだ。秋野はたこ焼きを二つ買い、僕に並ぶ。
「ごめん、それ駅まで持ってて」
頼まれたらやぶさかではないが、この荷物の中には秋野の下着も入ってるわけで、それを男の僕が運ぶのはどうなのだろうか。本人が気にしてないようだし、いいか。
駅までの道はやたらと込んでいるが、ホームまで行ってしまえば空いていた。帰宅ラッシュとも無縁なのが僕たちの住処なのだ。
「はい、あげる」
荷物を置き、ずっと座っていたら尻が痛くなりそうな硬い椅子に腰掛けたところで、秋野がたこ焼きを差し出した。
「付き合ってくれたお礼」
「……おお。ありがとう」
久し振りに食べたたこ焼きは、少し冷めていたけどすごく美味しかった。これなら小学生の僕が楽しみにするはずだ。秋野は猫舌らしく、あんまり熱いとも思えないたこ焼きをはふはふ言いながら食べていた。その仕草はどことなくハムスターのような小動物を想起させた。
「そう言えばさ」
食べ終わったたこ焼きのパックをホーム備え付けのゴミ箱に放りながら言う。電車はまだ来ない。秋野は口にたこ焼きが入っているので、何も言わず視線だけ僕に向ける。
「昨日屋上で手帳拾ったんだけど、あれって秋野の?」
「……!」
秋野は目を見開居て驚き、次の瞬間、ごほごほと咳き込む。
飲み込んだのか。
背中をさすってみるが、これって何の意味があるのだろう。吐いたら嫌だな。
「……見た?」
目に涙を浮かべ、顔をたこみたいに真っ赤にして恨みがましそうに言う。こいつの眼力はちょっと凄まじいものがある。
「いや。見てない」
「そう、それは良かった。見られてたら消すところだったの」
消されるのか。
そこまでのものなら見ておけば良かった。
「私ので間違いない。だから、返して」
怒ってるわけではないのだろうが、語気が強すぎて怖い。ちびってしまいそうだ。いや、嘘だけど。
「今は持ってない。家にあるから明日、」
「行く」
言葉を遮られた。
「今から行く。取りに行く」
「でも遅いし、」
「取りに行く」
「はい」
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