一章(2)
その時、チャイムの音がして、僕の思考は中断する。この音は本当に耳障りだ。これからの人生でこれ以上癪に触る音に出会う事は無いと思う。
「行こうよ、敬。全体集会だよ。一日が始まるよ」
そんなもの始めたくない、と思いつつ浅倉に強引に手を引かれ教室から出る。他のクラスメイトはようやく重い腰を上げたところだったので、必然的に廊下には僕たち二人だけになる。
「ねえ、秋野さんと何かあったでしょ」
「……何か、ねえ」
そりゃ無いといえば嘘になる。実は死のうと思って屋上に行ったんだけど。先を越されてた、なんて言える筈も無い。自分のことを棚に上げて、秋野が自殺しそうだったから止めたんだよ……これも無しだ。結局、僕が口にするのは、
「何も無いよ」
これだけだ。
まあ、誤魔化せる筈も無く。浅倉は僕の目を覗き込むように顔を近づける。その迫力に思わず視線を逸らす。
「嘘だあ。さっきなんか目で会話してたし。気付かないとでも思った?」
「そりゃ睨まれたら誰だって、なあ」
何故か言い訳っぽくなってしまう。そんなんじゃないのに。
ちら、と浅倉の表情を見るが、何だろう。訝しんでいるというよりは、虐めて楽しんでいるような。
「いやー。一匹狼気取りの敬がそんなことになっているとはね!」
心底楽しそうに微笑む。その顔は小学校の頃のあいつと区別がつかないほどだった。思わずこっちも笑いそうになるが、僕はそんなキャラじゃない。
「一匹狼を気取ってるつもりはない」
そう、これでこそだ。いちゃもんつけてこその僕だ。
「そんなこと言ってもね。周りはそうは思わないものよ。少しはあたし以外とも仲良くしたら? って秋野さんがいるんだっけ」
「……はあ」
お前と仲が良いつもりもねえよ。秋野なんか何を況やって感じだ。
話していたら階段に差し掛かっていた。この学校の階段は真ん中が吹き抜けていて、あれだ。怖い。通るときはいつも足を滑らせて落ちていく自分をイメージしてしまう。
「あたしも嬉しいよ。この調子でどんどん友達を増やしていって欲しいものだ」
おどけながら言う浅倉。何か足音が変だと思ったら、階段の縁だけを使って降りていた。何考えてんだ。落ちて死んだらどうする。
「お前は僕のなんなんだよ」
内心ハラハラしながら、それを悟られぬように吐き捨てる。
「勿論、彼女じゃない」
「…………」
「冗談だってば。そんな嫌そうな顔しちゃ駄目だよ」
誰のせいだよ。
何だか気まずくなって黙っていたら、浅倉も黙り込んでしまった。二人して粛々と歩くその姿は、さながら死刑台に向かう罪人のようだ。結局、体育館について「じゃあ、後で」と自分の列へと歩く浅倉を見送って、僕も先に並んでいた相田の後ろに陣取った。
待て、後でと言ったか。やっぱりあの手紙は浅倉が認めたものだったのか。
集会は退屈そのものでしかなかった。ひたすらこの集会というものの存在意義について考えさせられた。まあ、それはその後の授業についても同じだった。意味も分からない授業なんて念仏か、どっか異国の訳の分からない言葉で話をされるのと大して変わりはしない。だが、睡眠導入には一役買ってくれたらしく、午後の授業が終わる頃にはすっかり夢の中に入ってしまった。
――起きて。
肩が、頭が、左右に揺れる。
誰だ、僕の眠りを妨げるのは。
――ねえ、起きて、起きてよ。
より一層強く肩を揺さぶられる。
文句の一つでも言ってやろうと顔を上げると、そこに居たのは秋野だった。
あれ、呼び出したのは浅倉じゃないのか。僕はまだ寝ぼけているのだろうか。
「来てくれたのは嬉しいけど、眠っちゃうのはひどいと思う」
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