一章

一章(1)


「どういうことなんだろうね、これは」


 僕の手には四つ折りの一枚の紙片が握られていた。大して使いもしない教科書を引き出しに突っ込もうとしたところ、変な感触があったから引き抜いてみたら発見したというわけだ。これはあれか、噂に聞くラブレターかとも一瞬も思ったが、自惚れちゃいけない。そもそもラブレターならもうちょっと可愛い便箋を使っても良さそうなものだ。


 僕はまだ人の入りもまばらな教室を見回す。真っ先に目に留まったのは、昨日の秋野である。本を読んでいる風だったが何故か目が合って気まずかった。考えても見れば自分の斜め後ろで挙動不審になっていたら気味も悪かろう。そりゃ睨みつけもするよな。

 昨日のこともあるしな。


 僕は平静を装って席に着き、取り敢えず紙片をポケットに突っ込む。目の前の席が空いている。まだ相田は来ていないのだろう、奴はいつも遅刻ギリギリだ。それより……。


「ねえ、何それ。ラブレター?」


 うっわ。

 右隣の浅倉がにやにやと締まりのない顔でこちらを見つめていた。

 よりによって、一番知られたくない奴に。


「いや、何でもない。つまらないことだよ」


「ふうん」


 まあ、そうだろうね、と言った感じで呟く浅倉。

 僕と同じで、本気でラブレターが入っているなんて思っていないんだろう。


「……」


 秋野の鋭い視線が刺さる。静かにしろとでも言いたいのだろう。

 ごめんごめん、と机に乗り出して謝る浅倉だったが、あまり効果は無さそうだ。なんといっても秋野だからな。

僕もなんとなく手を振り何がしかをアピールしていたが、何でこんなことやってるんだろうか。そもそも、手を振って何が伝わるのか。敵意の無さか。

 敵ね。さっきの手紙の内容が気になる。ラブレターじゃないにしろ、まさか挑戦状ってこともなかろう。僕は浅倉がまだ謝っているのを確認し、今なら見られないだろうと片手で手紙を開く。


『放課後に教室で』


 予期せぬ状況に頭が真っ白になったが、何度見直してもこの紙片はそれ以上の情報を与えてはくれず、却って混乱するばかりだった。筆跡を見ても、何の特徴も無く男だか女だか分かりやしない。いや、落ち着け。一つ一つ追って行こう。この手紙の内容は「用があるから放課後に教室で待っていろ」と言うことだろう。こんな短い文章で行間の読みようがない。集合場所も単に教室とあるので、恐らくはこの教室で良いのだろう。それはいい。しかし、誰が、どんな用があるっていうんだ。


 まずは教師からの呼び出しを考えて見たが、却下。成績とか授業態度のこととか、呼び出す理由こそあれ、こんなまどろっこしい手段を使う意義がない。

 いや待て、この手紙が僕に宛てられたとは限らないじゃないか?

 例えば僕の前の席、相田の野郎と間違えたって可能性はどうだろうか。僕は好きになれない性格をしているが、あれで結構女にはモテている。くそう、考えていて腹が立つ。これも無しであってほしい。


 とすると……。

 僕は首を動かし、横目で浅倉を見る。

 なるべく気付かれないようにやったつもりだったが、浅倉は目敏く反応し僕に向かって微笑む。思わず溜息が零れる。


 十中八九、こいつの悪戯だろう。そう考えればさっきの反応も頷けるが、だとしたら馬鹿みたいだな、僕。まあ、放課後になって見ればわかることだ。それまでは考えるにも値しないことだ、こんなの。


 僕は少し苛立って、紙切れをポケットの中で握り潰す。


 考えて見れば、こんな不躾な呼び出しに態々応じる必要があるわけがない。まあ、精々気分がよければ行ってみようかなという気になるぐらいだ。悪戯の可能性のほうが高いのだし。

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