プロローグ(4)
今回の試験も出来が悪かった。配られた席次を握り潰して目の前のゴミ箱に放り込む。百五十二人中の百三十九位。中学入学以来、俺はワースト記録を更新し続けていた。自分はこの学校で下位十パーセントに入る馬鹿だと思うと、焦燥と屈辱とが頭の中で渦巻いて今にもどうにかなってしまいそうだ。消えてしまいたい、消えてしまいたいと呟く。俺は何でこんな事になっている?
ゴミ箱から向き直り自分の席へと向かうが、足取りは重い。鉛で出来てるんじゃないかと錯覚するほどだ。周りの連中は談笑しながら試験の結果を見せ合っているが、それすらも無様な俺をあざ笑っているかのように見える。ようやくのことで席に着くが、考えがまとまらない。足が震える。額に当てた手が汗でじっとりと湿っている。目を瞑ると周りの声がはっきり聞こえて来る。
――オレコンカイベンキョウシテナカッタカラナ。
――サンジュウバンカ、マアマアダナ。
――ヤベーオレマジアタマワルイワ。
がたん、と大きな音を立てて椅子が飛ぶ。前の席に人が居なくて良かった。自分のしたことによってどうなるか、とかまるで考えていない。ただ衝動に任せて目の前のものを蹴っ飛ばしただけだ。騒がしかったクラスが一挙に静かになる。やってしまった、と顔を上げると四十近いクラスメイトの視線が俺に注がれていた。
「……ああ、いや、なんでもないんだ……なんでも」
驚いたような表情が一転して、険しいものとなる。そりゃそうだ。口も利いたことがないクラスメイトが椅子を蹴り飛ばしたりしたら誰だってそうなる。何もおかしくない。この場合問題なのは口を利いたことがないのがこのクラスの全員、引いてはこの中学の殆どだということだ。
居た堪れなくなって、気付いたら教室を飛び出していた。この場には居られない。そもそも俺の居場所じゃなかったんだ。そうだ、俺がこんなところに居るのがおかしいんだ。こんな馬鹿どもと混ざるのは耐えられなかったんだ。靴箱を通り過ぎて、玄関から飛び込むようにして出る。上履きのままだ。
「……はあ、はあ」
一分も走っていないのに、息が切れている。当然だ、運動なんて馬鹿のすることだ。俺のような人間は頭を使ってこそだ。
百五十二人中百三十九位の優秀な頭を使って、
「うっ、ぐう……ひっぐ」
泣き慣れてなくて、気持ち悪い声が漏れる。
とにかく、歩こう。こんなところで泣いていたら惨めだ。今は休み時間だが教師が追ってきたりしないとも限らない。連れ戻されたら死んでしまいたくなる。死ぬのは駄目だ。高校まで生きなきゃいけないんだ。
当ても無く歩いていたら、折れた竹箒だの、タイヤの無いリヤカーだのが大量に置かれた、アスファルト製のでかいゴミ箱の様なスペースに辿り着いた。高く詰まれたゴミに隠れていれば、誰にも見つかるまい。俺は土嚢のようなものに制服が汚れるのも構わず腰掛けて、声を殺して泣いた。
「んっ……」
僕は起き上がり体を伸ばすが、目の前が奈落で肝を冷やす。一瞬で目が覚めた。それにしても変なとこで寝ていたせいで体中が痛い。それに寝覚めも最悪だ。よりによって中学時代なんか夢に見るとは。二度と思い出さないように心の奥底に封じ込めていたというのに、これも全部秋野のせいだ。まあ、でも。せめてもの救いは『この後』まで見ずに済んだという事だ。
秋野に倣ったわけではないが、僕も金網によじ登る。今の僕も体力には自信がないが、まあこのぐらいは……ん? 向こう側に何か落ちてる。
金網から飛び降り拾い上げる。それは手帳だった。
何の飾りも無い、女子高校生らしくもない手帳。
秋野の物だろうか。まあ、明日にでも渡せばいいかと思い、制服のポケットに乱暴に突っ込んでおく。
明日も学校だ。何だか分からないが、死ぬ気がしない。
階段の前まで歩き、さっきまで自分が居たところを振り返る。僕と秋野が死のうとしてたことなんか関係なく、いつも通りの、いっそふてぶてしいぐらいの不変さで屋上は構成されていた。少しぐらいは、世界の方もびびってくれたらいいのに。やっぱり死ぬことなんてたいしたことじゃない。
案外、飛び降りても何処までも続く青空に吸い込まれて、どこまでも飛んでいけるんじゃないかとか思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます