プロローグ(3)


「有川君は」


 うん? 僕の話に乗ってこない割には、秋野の方から話しかけてくるな。ひょっとして懐かれちゃったか。死ぬ寸前のメンヘラに好かれるとはな。自惚れでなく、どこか自嘲気味に鼻を鳴らす。笑えるぜ。


「何で死のうと思ったの?」


 僕が聞いても答えなかったくせにな。いつもならその高性能な頭で考えてみろよと皮肉の一つでも言えるが、口を衝いて出たのは本音だった。


「もういいかなって思ったんだよ」


 全く、とことん自分らしくも無い。日除けにしていた腕を伸ばして空を仰ぐ。


「もういい、ね」


「ああ。もういいんだよ、僕は。今までの人生で十分にわかった。僕は人生を楽しめない。人と上手く馴染めないんだ。人と笑ったり泣いたり出来ない。人の感情がこの上なく鬱陶しい」


「……」


 今まで溜め込んでいたものが溢れ出す。秋野は呆れているのか何も言わない。そりゃそうだろう。こんな事は人に、ましてやろくに話したことも無い奴に言うことじゃない。


「こんな性格だからね。友人なんか居ないんだけど、話しかけてくる奴はいるんだ。ほら、同じクラスの浅倉。秋野にも覚えがあるだろう」


「……後ろの席の人かな。浅倉って名前なの?」


「そう、そいつ。僕みたいな社会不適合者にも訳隔てなく接してくれるんだけど。有り難い、と思えるんだ。表層的にはね。口に出していうことも出来る。だけどもっと深いところ、心の奥底ではうざってえ、他にすることないのか、って毒を吐いてる」


 ふうーっと溜息をつく秋野。心底軽蔑してることだろう。それでいい。話しかけたことを後悔するといいさ。そうやって生きてきたんだから。


「わかるよ」


 意外な返事。僕みたいな奴に同意したらどうなるかって、分からないものかな。今度は声に出して笑う。


「今思ってることも、私は分かる。有川君が自分を嫌って、人生に絶望する気持ちも良くわかる」


「さいで。やっぱり優秀な人は何でもわかるんだね」


「またそういうことを言う……わかるよ、優秀じゃなくても。私も同じだから」


 ふうん?


「私もこんな性格だからね。お節介してくる人は居たけど、私は迷惑だと思ってる。そんなのは偽善ですらないんだって。周りの人に良い格好したいだけなの、ああいう人は。そもそも私は昔はこんな性格じゃなかった、自分がなりたくてこうなってるんだからほっといてって感じ」


「偽善……僕はそこまでは言ってないけどな」


 いつの間にか秋野の方を向いて喋っていたが、秋野は校舎を見下ろす形で俯いているから視線が合う事はない、というか髪のせいで秋野の目が良く見えない。その方が良い。視線を合わせて喋ることなんて慣れていないから。


「そう、だから私は性格が悪いんだと思う。有川君よりずっとね。性根が腐りきってるの。私が死のうと思った理由も言おうか。退屈だから。何でも人並み以上に出来ちゃってつまらないの。どう、怒った?」


「どうだろうな」


 勿論、今は怒ってなどいない。先程の怒りについて恥じているぐらいだ。持てる者にはそれなりの苦悩がある……ね。良くある話だとは思うが、どうもしっくりこない。はっきり言えば秋野は嘘を吐いてると思う。だからといって本当のところは何か、と問われたところでわからないが。そもそも、それが僕なのだ。人の気持ちが分からない、分かりたくもない。人の感情を勘定にいれたくない。

 言うまでもないが、嘘を吐かれた事に怒りはない。僕だって本当のところは隠しながら話しているのだし。


「私達って似てると思わない?」


「全く思わないね」


 僕は吐き捨てるように言う。誰かに似ているなんて冗談じゃない。


「そう」


 言うが早いか、がしゃがしゃと音を立てて金網を登る秋野。目で追いかけるが、体は起こさない。


「帰るね」


「おお。帰れ帰れ。自殺なんてするもんじゃないぜ」


「……有川君もね」


 確かに。

 階段を下りると共に秋野が視界から消える。特に見るべきものがなくなった僕は目を瞑り考えを巡らせる。僕はさっき、もういいかなと言った。人生が楽しめないだの、人と馴染めないだの尤もらしいことを言ったが、それは半分建前のようなもので本当はある種の義務感のようなものから僕の自殺願望はきている。今日死ぬ事は決められたことで、朝起きたら顔を洗うような当たり前さで僕は死のうとしていた。まるで神かなんかがそう定めたかのように。


 そんな事を考えていたら知らず知らずのうちに眠りに落ちてしまった。

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