一章(3)
寝ぼけているんじゃ無さそうだ。不貞腐れる秋野だったが、ただ眠っていただけで、別に呼び出しに応じたつもりはない。けど、それを言って何になる。
「……悪かった」
「いい。許す」
なぜ主導権が向こうにあるのだろうか。
欠伸ついでに軽く伸びをする。そういえば夢見なかったな。
「それで、何で呼び出したりしたんだよ。昨日のことなら黙ってやるって言うか、むしろ手伝ってやってもいいぞ」
「……本当に?」
あれ? 冗談のつもりだったのに、何か変な感じになった。
じゃあ一緒に死んで、とか言われたらどうしようか……いや、だったら昨日の内でやってるか? どちらにせよお断りだけど。
「今、有川君が考えてるのとは違うよ」
なんだ、心が読めるのかこいつは。そう言えば昨日もこんなやりとりがあったな。
「じゃあ、どういうのだよ」
「えっとね……生きる事かな。そう、生きる手伝いをしてほしいの。死ぬのを止めてくれたから」
「ええ……」
まじで好かれてんのかな、僕。死ぬ気になってみるものだな。あいつとの約束は守れそうに無いけど、あいつも破ったんだからこれぐらいのことは許されるのかな。いやいや、自惚れるな。平常心だ。
「生きる手伝いって何をすればいいんだよ」
「まずは、買い物かな」
買い物? どういう意味だ。何かの隠語か。果て、買い物……。
「そのまんまだよ。昨日……と言うかその前に、死のうと思ってたから身の回りのもの整理しちゃったの。この制服だって昨日着たものを、急いで洗ったんだよ」
なんと。そんなことをしてたのか。僕は死んだ後のことなんかどうでも良いから、家の片付けなんかしなかった。そのお陰で今日は何一つ不自由なく登校できたのだけど、秋野はそうじゃないのか。
几帳面というか……。そう言えば、制服の下も変えたから手帳を持ってくるのを忘れた。秋野のものか聞くチャンスだったのに。
「だから、買い物。服が一番急ぐかな。今日お風呂に入っても、着替えるものが無いの」
お風呂に入っても? 変な言い方をする。何か回りくどいというか。そう言えばあいつもこんな喋り方をしていたな。再会するまでは。
「それは……まあ、そうだな。だけど、浅倉に頼めばどうなんだ? そういうとこ入るの気まずいって分かるだろ」
下着とか買うんだったら目のやり場に困るし。そもそも、そんなことしてたら恋人同士みたいじゃないか。恥ずかしいわ。
「有川君だからお願いしてるの。浅倉さんなんて駄目」
「……うーん」
確かにさっきの一言は余計だった。冗談にしても人が人を手伝うなんて言うべきじゃなかった。まして自殺の手伝いなんて。これ以上安請け合いするべきではない、ないのだけど。
秋野は僕の反応が鈍いのを見て、明らかに動揺している。僕の方を見てはいるものの、視線を合わせようとはしないし、右手はずっと制服の裾を弄っている。第三者が見たら僕が無茶を言って、秋野を困らせているように見えるかもしれない。実際は正反対だとしても。秋野はもう目が潤んでいた。
「わかった、わかったよ。買い物ぐらい」
「……本当に?」
「ああ、だから泣くのだけは勘弁してくれ」
浅倉に目撃されたら、それこそ何て言われるか分かったもんじゃない。
「わかった」
言って、制服の袖で目を拭う。あーあ。皺になるじゃないか。折角洗濯したのに。
「それで、いつ行くんだ?」
「今から」
うわ、面倒臭い。
時計は既に五時を指している。今から買い物に行くとなると、帰る頃には完全に比嘉くれてしまう。やはり安請け合いするもじゃない。せめて少しでも早く事を済ませよう。
「そうか、なら直ぐ行こう。制服も買うなら街のほうに出るだろ」
「うん」
「なら早い方が良い。親御さんも心配する」
保護者みたいな言いになってしまった。浅倉に辞めろと言ったのにこれだ。
「親……うん、そうだね」
僕達は沈み行く夕日を背に、人気の無い校舎を後にした。
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