7 : Penetration

 オアフ島南部、ホノルル、十一時二十二分。


 貧困にまみれた巣窟を抜け、建物の狭間から開けた場所が見えてくる。定期的に灰色の巨大な輸送機が建築の影に隠れては飛び立つ。


 ヒッカム基地の北側、居座っている管理軍を一泡吹かせるべく、住宅地に紛れた反乱軍が奮起していた。


 雲は半分貿易風に流され、太陽がほぼ真上から顔を覗かせる。半分だけ影が下りるアパート郡の麓で蠢く集団が……。


『援軍はまだかよ!』

『落ち着けミハイル、ちゃんと攻撃は予定通りに行われる、時計でも壊れてるのか?……お前らもそろそろ構えとけ』


 詰まらなさそうなスピーカー越しのロシア訛りに一つ後ろのロバートはなだめる。


 車のヘッドライトのようなつり目を見合わせた二人は左腕に四十ミリメートル口径の砲口を斜め上に仰いだ。


『なあロバート、何か変じゃないか? 見りゃ分かると思うが向こうの警戒が薄過ぎだぞ』

『分かってるってのルーサー。そのために精鋭こんだけ集めてるんだ。失敗フラグ立てんな』


 どこか腰の引けた黒人を隊長がからかうが、遠くから聞こえる銃声に気を取られ緊張はほぐれそうにない。


 海に囲まれたうえに直射日光が差す雨期のハワイは蒸し暑いが、パワードスーツの中はエアコンの効いた車同然だった。


『ラケシュ、何かアドバイス無い?』

『そうだな……フェンスは爆破しても足に絡むから気を付けるんだ』


 気の強い女性の質問に、インド系の青年が空港を覆う有刺鉄線付きの金網を眺めた。彼らが居るのはダニエル・イノウエ空港の北東、飲食店街が建ち並ぶ薄汚れた路地裏。


 後方にも仲間が大勢居るが、殆どはスーツ無し。額に汗を垂らし、誰かは水筒を傾けている。


 遠目に見える左から右に集まる敵達は、こちらに気付いていないのか。


『あとあの建物への攻撃は駄目だぞ。捕虜が居る。俺達は救助チームの為の陽動だ』

『お前は後ろから小突くだけじゃんか、シモン』

『ジェシカ、言っとくがお前らより装備重いんだからなこっちは』


 三脚を立てているチタニウムの人型に男勝りな女性がぼやいたその時だった。


 ……ォォォォォオオオオオ!……


 一部の兵士が空を見上げた。


 地平線から飛び出し、徐々に近付いていく轟音の正体は、斜めに滑走路目掛けて突っ込んでいく三角形のシルエット──武装を大量に搭載した広い主翼が晴れ掛かった雲をかき分けている。


『うへえ、嫌な音』

『馬鹿言え、メッサーシュミットとは大違いだ』

『発煙榴弾発射用意!』

『障害物撤去ロケット着弾まで、五、四、三、二……』


 カウントダウンの最中、激しい燃焼音が後ろから聞こえる。直後、頭上から幾つもの彗星が滑走路に向かっていく様が兵士達の眼に焼き付く。


『撃て!』


 弾けるポップコーンを何十倍にもしたような破裂音が無数。


 飛行場に続く景色が爆炎の中に消える。視界が戻ると、今度は眩い白燐光が滑走路を覆っていた。


『行けえ!!!!!』


 煙の向こうに何があるかは見えぬが、兵士達は勢いと煙幕を信じる以外にない。


 先陣を切るのは戦車に劣らぬ砲塔にタイヤ八つ履いた機動戦闘車。雲を突っ切ると、未舗装の草原は荒れ地に変わり果てている。


 装甲を無数の弾丸が跳ねるが、十トン超の巨体が退く素振りはなく、チェーンガンの報復が訪れる。


 唸る脚部ローラーと共に地面を滑り進むパワードスーツ部隊が続く。最後に前衛の盾を頼りに装甲機動車と共に歩み寄る歩兵達。


 榴弾が滑走路を削り土砂を巻き上げる光景に、スケートの如く掻い潜る人型が混じる。


『ミハイル、あの車両だ』

『分かってる』


【距離五十五メートル Lock On】


 狙うは四十口径もの機銃をせわしなく動かす市街地掃討車両。レーザー状に伸びる仮想上の照準線が正面装甲を刺した。


 身体を左右に揺らしながら肩装甲がパカッと割れる。出現したのは直径三十ミリメートル、円錐形の地対地ミサイル。


 直後、前方に伸びる白煙のライン──姿勢が崩れぬスーツの後方からも噴煙を吐き出す。


 弾頭は厚さ数十センチメートルの外壁にめり込んだ。


 ベキッ!──橙色に光ったと思うと装甲には野球ボール大のクレーターとひび割れ。


 危険に曝された装甲車は脆弱部に更なる集中砲火を浴び、沈黙。攻撃が止んだ時は電装を剥き出しに鈍い火花を上げていた。


 殺意たっぷりの巨大な砲門。腰から下はキャタピラがコンクリートをミシミシと踏みつけている。


 他の戦闘車両とは防御力が格段に違う重戦車は同等の戦車砲さえ数発耐える可能性を持っている。


 だが重戦車は少なく見積もっても質量は四十トン。管理軍は空輸で補給を頼っている故に重量物の輸送は限られる──一体ずつ撃破して損耗を確実にするのだ。


 鉄壁目掛けてグレネードランチャーを横に広い大柄な外骨格が一つ――ノイズ混じりの掛け声と共に戦車が爆発に包まれる。


 音はポンポン小気味良いが、分厚い正面装甲相手では分が悪い。


『ラケシュ、サム、その位置から履帯を狙えるか?』

『やってみよう』


 左方から迫る歩兵の群れに機銃で威嚇する二人。肩からサブアームを生やした方が連射を激しくし、傍に居るもう一人が九十度旋回。


 ポンッ――緩やかな丘を描く缶状の榴弾は足元で火柱に変貌する。


 ふと、標的の背後に蠢く不自然な影……【距離二百十五メートル】


 【望遠モード】――山と市街地を背に、平たい胴に八脚の甲殻類型自律戦車が向かってきている。


『ラケシュ、下がれ!』


 サムに従って夢中になっていた事に気付くインド人。左翼の群れは以前より勢い付いていた。


 しかし、北西側は反乱軍の陽動部隊が居た筈だが……


『思った通りだ! これだから俺の勘は良く当たる!』

『慌てんな! パニック映画だとお前真っ先に死ぬぞ!』

『二人とも落ち着いて下さい!』


 一番年下のピーターの喝で、副隊長、隊長共に意識を戦場に戻す。


『でも良くあんなに多く隠せたな』

『ここより西はまだ制圧途中です、待機中のが動き出したんでしょう。電気駆動なら動かなければレーダーやサーモセンサにも引っ掛かりにくい』

『うるせえ、なら解決策出してくれ!』


 ヒステリックな黒人だが、もはや誰も取り合わない。


 何より、それどころではなかった。


『サム!』

『ピーター、頼む。ボブ、煙幕を張れ!』

『パワーユニットは動かねえが無事だ!』


 突如、胸から火花を散らし、仰向けとなった機銃手に隊一番の年少者が着く。通信機越しの声は元気だが、金属の人型は動きがぎこちない。


 白い煙が負傷者を隠すが、遠目に見える多脚戦車は雲の中へ銃口を向けている。


 味方以外に見えない煙幕の中で甲高く不快な感触が頭上を過ぎる。操縦者込みで二百キログラムのチタン人形は同胞の手を掴み、起こされる。


 先輩をおぶったピーターは脚部ローラーに任せて整備車両達が居る後方へ逃走。インド系の隊員も隊長達に合流した。


 突如、敵意を剥き出しにしていた合金の甲殻がオレンジに光った。


 管制塔方面の風景が黒煙に隠れる。機械の行軍は悉く爆発が叩き砕き、コンクリートもろとも耕された茶土と四肢が千切れたロボット達の亡骸が残されるのみ。


『うちの砲撃班は優秀だな』

『数学得意じゃなきゃ難しいらしい。俺は苦手で適性無かった』


 南方からは艦隊の艦砲が計画されていたが、予定通りといったところか。危機が去った訳ではないが、生存率は間違いなく上がっただろう。


『豆ヘリだ!』


 そんなロバートの考えは相棒の警告にかき消された。隣ではルーサーはがガトリングをぶっ放している。


 コクピット周囲で火花と引っ掻く音がした。が、所詮は肌に茨が刺さった程度。


 黒人男性は本能的にバックステップ、ふらついた姿勢でローラーが地を駆ける。次の瞬間、ルーサーが立っていた場所を無数の対物弾が過ぎった。


 滑走路の舗装に無数の穴を空け、格の違いを見せる。分隊を円形に回るような移動で、グレネードを回避。


『あのハチドリを追っ払ってくれ!』

『残念ながらこっちも手が離せない!』


 普段は温厚なボブさえも焦りが隠せていない。部隊の右翼、バイクから座席を取り払い、代わりに人間の頭ようなセンサ類と機銃を備えた形状の自律戦闘二輪車が、滑走路を暴走しながらマズルフラッシュを放っている。


『俺が行く!』


 惑う部隊から離れて迂回するのはミハイル。肩からロケットが露出している。


 見下ろすヘリガンナーがちょこまかと動くゴキブリを殺さんばかりに追うが、装甲を犠牲に速力を得た影を通り抜けるだけで当たらない。


 ヘルメット裏に標的を囲う枠と【Lock On】の文字――撃て、と念をスーツの頭脳が読み取り、燐光。


 少し遅れて大気ごと揺らす衝撃と耳鳴り。やったか、どうか……


『危ない!』


 何がどう危ないのかは分からないが、リーダーの警告でロシア系兵士は来た道を九十度曲がる。


 視界が歪む。おかしくなった重力感覚が戻った時、ミハイルは自分の足から来る激痛に叫び、【脚部損傷】と赤い点滅がバイザーで強く主張している。


 肝心のヘリコプターは傷一つ無い。興味を失ったか、負傷兵には機銃を向けさえしない。更に真下には誰かが立っていた。


 黒っぽいジーンズにファー付きの袖なしオレンジ色ジャケット、と戦場には不釣り合いな軽装。その手に握る銃が足を引きずるスーツへ向く。


 頭上で甲高い音――殺意を差し伸べていた男は跳び退いた。その少し後方で鈍い音と共に滑走路に拳大の穴が出現していた。


(シモンの奴、撃つんなら初めっから撃て……)


 どこかで見守っているであろうラテン系のスナイパーに礼を言う暇も無く、誰かが撃ってくれた発煙グレネードに紛れ、チタンアームが滑走路を掴む。


 けれども迫り来る超常現象は腕で必死に歩こうが、五酸化二リンの雲に迫る人影は近づくばかり。


 何も起きなかった。確かに相手は引き金を引いている。


 エネリオン感知の適性が無い外骨格武装兵には見えないが、誰かが助けてくれた事は間違いない。


 では誰だ……右横三メートル、発煙弾が切れたのか、雲を払ううように人影がベールを脱いだ。


 ヘルメットは無く、短い黒髪とアジア系の特徴である細いつり目。


 知り合いではないが、ハワイ諸島防衛の要とも言われる超越した者の存在は北アメリカ大陸でも知れ渡っていた。


 実際に彼が居なければロサンゼルス艦隊の到着までにハワイ諸島は完全に制圧されていただろう。


 目がチカチカする火花。衝撃波がヘルメットにこだまする。


 瞼を開けると、先端から潰れた杭のような物体がアスファルトに転がっていた。


 明るい茶髪にくっきりした目鼻立ち。肌色素は若干薄い。


 銃が力を吸い取る。そして脳裏に直接映るような輝き。


 銃身が指し示す直線をなぞる。標的と一致すれば……そこだ。


 茶眼が狙いを定めた小型ヘリが甲高く悲鳴を上げる。突如、吊された糸を失ったかの如く、丸っこいボディは投げ出され、黒煙を吹きながら滑走路を転がっていった。


 黒煙の中を何かが動く。慌てて指を突き出した。


 指先から直線を描く素粒子は、姿を現した何者かの半メートル右を通過するだけに終わる。


 改めて確認すると、闇の中で戦ってきたような黒い装束。手には刃渡り一メートルの太い中華刀。


 軌道を決めてから物理的干渉を起こす故、反応速度が極めて高いトランセンド・マン相手には通用し難い。ましてや殴り合いの距離において。


 背中に手をやる。刹那、レオノフが携える尖った菱型のナイフ――クナイの横っ腹が湾曲したミドルソードのスイングを上に跳ね上げた。


 敵が勢いのまま横に一回転、脛を狙う。


 後方へジャンプ――躱したレオノフはクナイを投げた。


 難なく剣で弾かれたが、ナイフは手中に戻り、再び投擲。


 何度も放たれる刃先を硬い刀身で防ぐ。クナイの柄に細いロープが繋がっているのが見えた。


 振り降ろし――甲高く鳴いて地面に着いたクナイを掴む。ロシア系青年は引き戻そうとするも、お互い譲らず。


「ぐアッ!」


 突然、敵が火柱に包まれた。首を回す。


 十時の方向、何十メートルか離れて擲弾筒を向ける合金板の鎧姿――戻って指を突き出す。


 素粒子の束は煙を通り抜け、空気を通過した時とは違う、エネルギーを消費したような“世界を書き換えた”手応え。


 たかが外れたように武器を引き戻す。リュックに手を突っ込み、取り出したのは二フィートの金属の丸棒。


 棒は伸縮式で三倍まで伸び、細い先端にクナイを括り付ける。


 自ら煙の中へ、槍を圧す。得物が何かによって止まり、雲が晴れた。


 左肩が血を流していた。顔の前で斜めに掲げた大剣が軌道を斜め上に逸らしているが、表情には余裕が無い。


 慈悲無き振り降ろし――刀は頭上を守ったが、トルクで負けて押され、のけ反る。


 やむなく切っ先をコンクリートに立てて盾に、左右に揺らして竹竿の如くしなるクナイの嵐を阻みながら掲げ、突進。


 太い身から放たれる体当たりを正面から柄で対抗し、停止。接触したまま足の位置を変えるが互いに一進一退。


 ガコン!


 拮抗が消えた。先端が潰れた金属杭――三十ミリ弾が苦痛に歪む相手の顔面で跳ね、後ろによろめく。


(良い腕だ)


 味方してくれたであろう狙撃手に感謝し、半円を描くように振り払い。


 穂先はエビ反った敵の鼻先を掠めた。振り抜いて石突を立て、掴まる。


 足の負荷が消え、腕に全て掛かる。竿の伸縮をバネ代わりに、両足を伸ばし敵へ。


 刀身で受け止めた相手は力の限り跳ね上げ、その勢いでレオノフは後ろへ宙返り――切り上げる槍先が刀をもう一押し。


 向こうが完全にバランスを崩した所で着地、五メートル程離れたまま槍を片手で水平に一直線。


 手から槍を伝い、クナイの先端に沿う素粒子の束が示すはターゲットの左胸――ほんの標に過ぎない。


 槍が爆発した。ソニックブームを残して穂先が棒から離れる。


 エネリオンが構成する円柱は槍先の運動エネルギーを増幅し、クナイはマッハ数にして十五。


 大気を引き裂いたのと同時に、轟音を上げて刀が叩き付けられたガラスの如く四散した。


 肋骨や肺組織もろともクッキー生地のように胸をくり抜いた穴は遠目にも分かるだろう。血液を送るポンプを失った人物はバタリと意識を失った。

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