6 : Flight

 地球歴一世紀初頭における航空部隊は弱い。高性能レーダー、レーザー砲、といった対空兵器の発達が航空機の進化を追い越し制空権を奪い、高速輸送任務や一部の状況を除いて使われる頻度は減少した。


 しかし、対空兵器といえども常に威力を発揮できる訳ではない。雨雲は電波を遮るシールドと化し、空気中の水滴や水蒸気によって高出力レーザーは威力を大きく減衰する。


 キャノピーは雨に濡れているが水滴は触れた瞬間、風防と一体化した高圧空気式ワイパーの前に消え失せる。気象予報によれば少なくともあと一時間は曇が天球を九割覆った上体が続くという。


 雨水に冷めた空母の甲板後方、一機の戦闘機が熱気を帯びていた。


 デルタ翼の表面はチタン合金製。翼端に一箇所ずつ、矢尻のように安定翼が突き出た小型の近距離高機動熱探知ミサイル、翼下六つは太く長い中距離用のアクティブホーミング式。見えないが胴体下部には三つの近距離用ミサイルもある。


 上下左右三百六十度を見渡せるディスプレイ付きフルフェイスヘルメット。酸素マスクも兼ね、緊張で上がった心拍数を下げようと深くペースの速い呼吸がくぐもって耳に良く届く。


 前方で作業員が慌ただしく動いている。焦点を近く、機首には六銃身ガトリング式の二十ミリメートル機関砲。口径が小さい分搭載弾薬数も多く、空対空戦闘では最も一般的だ。


 全長14.5m、全幅8.8m、主翼と操縦席の間には小さなカナード翼付き。垂直尾翼を一本立たせ、一機のターボファンエンジンが徐々に甲高く……


 戦闘機はコストが非常に高い。偵察、制空権獲得、対地攻撃、爆撃、あらゆる航空作戦を担うマルチロール機一機で主力戦車一台の二倍もの価格が相場だ。


 高性能なレーダー等、多彩な電子機器は一見便利だが、目的を絞った上での作戦には使わない機能も多い。何より嵩張ると重い。


 そこで、電子装備は操作系統と空中戦闘における対レーダー探知警報、回避用の高熱チャフ・フレアと最低限の機能だけを盛り、照準はミサイル任せ――ミサイル自体のコストは跳ね上がるが、使い捨てにする分には軽く安上がりだし、そもそも航空機が出番の少ないご時世である。


 目的は揚陸隊を援護する攻撃機の護衛。一応この機体でも地上攻撃は出来るが、小柄さと高い旋回能力が得意とするのは空中戦だ。


 ……心地良い振動に耽るのもここまでだ。前の作業員達はいつの間にか離れ、斜め後ろに屈んでいる人物が滑走路の先を指差す。


 直後、たかが外れるように身体がシートに押し付けられる。


 着込んである耐重力加速度スーツが手足を圧迫し、視界が僅かに暗くなる錯覚。


 一瞬の苦痛が終わり、ジェットエンジンの振動が身体に馴染んでくる。灰色の景色が後ろに流れ、暗い緑色の陸地が地平線から覗く。


 あっという間に白い砂浜と背後に控える森林の隆起がくっきり判ってきた。作戦地帯であるワイマナロ・ビーチに住宅はポツリと点在しているのみだが、海岸には粒のように見える人々や暗緑色の車両が……


 突如、敵意を向けていた地上が突如オレンジ色に瞬いた。一足先に着いていた攻撃機が既に地上へ爆弾投下を行っているらしい。


 地上攻撃機はこちらと違って後部に水平尾翼が付いており、搭載量を優先すべく胴も翼もこちらより幾分大型だ。


 だが重い分小回りが効かない。当然だが敵はそこをつけ狙う。


 HMDの四十五度上、額を狙うような赤い光点――三次元座標における敵位置を強調した映像に合わせ、操縦桿を左に倒す。


 斜め右上を黒い影が過ぎった。胴体と一体化した三角翼と後ろに付いた二本のバーナーは機動力に特化した戦闘機のものだと分かる。ポリゴンを組み合わせた角張ったボディが特徴的だ。


 ミサイル照準レーダーの反応が殆ど無い。見えない訳ではないが、形状と電波吸収素材によるステルス機である事は間違いない。


 緩やかに百八十度向きを変える。ズシリと身体が重くなる感覚を余所に、視界の左端から一瞬で右に消える物体――トビウオ型の亜音速機のフォルムに、体格は三周りも小さい。


 囮要因の無人機だ。搭載量は少ないが、ミサイルは厄介だ――ピーッ!


 音の聞こえる方向に操縦桿を倒すと、後ろ目に右から横切るデルタ翼機が見える。サイレンは止まったが、三百六十度を見渡せるヘルメットからは金属の翼が幾つも見える。


 ざっと数えて三角形が三つと小さいグライダー型が十機。人数では勝っているが、それ以外の奴が厄介だ。


 機体性能は劣るだろう。細長い胴から広い羽根が生えた形状では精々音速の一・二倍程度の速度が限界だ。機銃も無く、ミサイル数発のみの搭載。


 問題は中身。センサは人間の目の分解能に追い付き、不可視光線も見える。重力加速度に押し潰されもしない。


 人間にはマシンと違って経験や直感がある、とは良く言うが、その人間の英知の結晶相手にどうしろというのだ。数を揃える事を重視する無人機だからこそ、性能や装備は最低限なのは幸いではあるが。


 しかし兵器において最も重要な事項は、大量配備数出来るかどうか。量より質は頭数を揃えられない時の苦肉策でしかない。


 オアフ島は一部を除いて通信妨害が敷かれているが、ミサイルの照準に使われる強力な光線を乱す程の出力は無い。 


 ピピピピピ――不快な電子音にハンドルを上へ。機体は電波の反射をある程度逸らす構造にはなってはいるが、電磁波吸収素材を取り付ける金銭と重量の余裕も無い。


 血の気が引いてくる。薄まる景色の中、灰色の雲が機体を撫でる。だが鳴り止まない。


 操縦桿を逆に、頭がぼうっとする。同時にレバー前のボタンを押した。


 機体が後方から円錐状の白い火花を噴く。アルミニウムと酸素の急激な化合が膨大な熱と光と煙幕を作り、電磁波さえも狂わす。


 やっと警報は消えた。一際大きな橙の炎が見えるが、チャフが盾になってくれたのだろう。操縦桿を水平に戻す。


 煙を下方に脱出する敵機を発見。高度はそのまま迂回し、ケツを捉えた。


 低いロックオンの合図音に合わせ、スイッチ。羽根が火を噴いたかと思うと、煙を吐く一本のミサイルが緩やかな曲線を描き、無人機は躱す暇もなく散った。


 火球の上を飛び越えると、味方機が右から横切っていく。先には無人機、後にはステルス機。


 助けねば……身体が右側へ投げ飛ばされそうになる。急旋回に耐え、背後へ。


 レーダーの反応が乏しい。向こうは中々の金持ちらしい。もう少し近付けば確実だろうが……


 しかし、レーダーを躱すステルス技術が向上しようが、人間の目を誤魔化す事は出来ない。操縦桿を微調整しヘルメット中央の十字型の照準の中心に見据え、人差し指。


 一瞬で何十という雷鳴がつんざいた。幾多の光のラインが標的に向かう。


 上下左右に揺れる飛翔体を掠めるも、致命的なダメージを与えたような反応はない。


 なら出し惜しみ無しだ。レバー側面のボタンを数回押す。


 【熱を探知 照準完了】――トリガー。


 途端、火を噴く翼端──煙が急カーブを描き、機体と敵の影を繋ぐ。


 異様に眩しい。バイザーが光を弱めてくれたが、三角のシルエットから光源が複数別れていた。


 橙の爆発は内一つと融合していた。フレアにミサイルは阻まれたが、流線型の翼は姿勢が乱れている。


 追われていた味方機は離脱し、追っていた無人機は火球に変わり果てている。


 もう一度狙う。引き金と共に放たれる対物弾の嵐がターゲットを引っ掻く。


 ワンテンポ遅れ、見苦しい黒煙を翼から吐く敵機。三角形のフォルムが分解し、あっという間にオレンジの火柱に包まれた。


 旋回する時、後方に敵機反応アリ。後ろに敵討ちと追ってくる無人機が見える。


 蛇行しても後ろに張り付き。ロックオンされた不快な警告音がコクピットに響く。


 重力が横に歪む──警報が消える。旋回性能はこちらが上らしい。


 しかし再び鳴り出す。逃げ切れるか……


 後ろを向くと、機首からマズルフラッシュを発する敵機、その更に後方に味方機が映っていた。


 ハンドルを手前に―—一瞬、意識が遠のく。コクピットに戻った時、三百六十度雲に囲まれていた。


 一拍遅れて機体の向きを上に変える先程の敵が姿を現す。狙いを付けようと姿勢を直しているのが見える。


 まだだ――操縦桿を倒したまま、身体が重い。視界が段々暗くなる。


 やっと雲を抜ける。下には四十五度傾いた緑の森林……


 刹那、後ろで何かが光った。後方映像では、張り付いていた機体は翼が折れ、爆煙の中に消えている。


 最後に雲から出てきたのは友軍機――流石は俺より二年も先輩だ。


 ふと、ほぼ真上で並ぶ二機の直列を認める。


 操縦桿を後ろに倒した後は何度目にもなる人間の限界の境目が訪れる。Gスーツの性能を信じる他には何もない。


 聞こえる──骨もろとも伝う振動が意識をコクピットに呼び戻す。明転。


 緩やかに前へ、浮く重力が消える。ヘルメットの中に見える敵翼と四角い記号が一致――【ロックオン済】


 白い火花が翼から生え、素早い燃焼音の後、追い掛けていたグライダー型の機体は無残にも炎に包まれた瓦礫と化している。


 一段落終わったが、まだだ。見渡すと有人機は残り二機、ドローンはまだ半分。こちらは一人欠けてしまったらしく三機しか味方が見えず……


 突如として閃光が空を裂いた。横向きに走る複数に枝分かれするラインは稲妻のようにも見える。


 コクピットもろとも揺さぶられ、耳鳴り。視界も純白に染まる。


 苦痛は一瞬。感覚が正常に戻った時、標的は消えていた。


 代わりにあったのは五つのオレンジの光。やがて雲の中に消滅し、妨害されている筈の通信が息を吹き返した。






「電子ビーム命中! 敵の航空部隊の撃墜を確認」

「電子支援機到着! 当分は揚陸地帯と通信可能です」


 喧騒としていた旗艦の艦橋は刹那の喜びと希望に塗り替えられた。


「時間が掛かってしまったね」

「外すより断然マシです。何にせよ今ので制空権は取れたも同然です」

「見えもしない物で二十キロも先を飛ぶ飛行機を狙うってどんな感覚なんです?」


 好奇心強い二十歳間際のオペレーターがアジア系の若い司令官に尋ねた。


「苦痛だよ。仕事はそういうものさ」苦笑するハン。


「揚陸は無事に進んでます。同時並行の島南東部爆撃支援も想定より早く済んでます」

「これなら二時間後には真珠湾の確保が出来そうですね」


 報告が割り入る。一方で中華青年は重い顔つきだった。


「僕は予定通り北東部市街地の方に加わるよ」

「電子砲は良いんですか?」

「ただ攻撃するだけじゃ目的は達成出来ない。それに君達なら僕無しでも艦隊を動かせる」


 誰に言われるまでもなく、デスク脇に置いていた濃い藍色のショルダーホルスター二丁を着る。スティック状の武器らしき物も背嚢に詰め込んで彼は重い腰を上げた。


「皆さん、あとは頼みます!」

「若いのを現場に送るのは気が進まねえが、デスクワーク疲れた分はっちゃけてこい」と笑顔で送る年配のオペレーター達。


「どうかご無事で!」ハンの女性副官を始め、年少組は心配を隠し切れていない。二十五歳の指揮官は手を振り、指揮室を後にした。


 ブリッジの鉄製階段を踏み鳴らし降りる東洋人はイヤホン型の通信機を耳にはめる。


「カイル、無人機を一つ貸してくれないか?」

『二つでも良いですよ。でも元はレックスのだから終わったらちゃんと返してあげて下さい』

「僕じゃ持て余すさ。それに君には電波妨害の調査を任せている……とりあえず上陸舟で会おう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る